捌 質問
「なるほどねぇ…」
勇者とは魔物の最大の天敵。
そんなものが現れたら、倒そうとか考えないものはいない。低ランクの魔物達は大抵そう考えるらしいが、高ランクの魔物にとってはどうでもいい話でもあるらしい。
私にとってもどうでもいい話だ。なにせ勇者の目的は魔王討伐なんだから。
「魔王は討伐されても、時が経てばまた復活する。これまで何百人も勇者が討伐し、何百回も復活してきた。だが、今回の魔王は前と少し違うらしい」
「違うって、どこが?」
「まず魔力の質だ」
「質?」
魔力に質なんてものがあるのか!?
腐ってるとか新鮮とかそういう系!?
[魔力の質とは個人が持つ魔力の純度のことです。若く良質な魔力は属性の色がよく出た透き通った魔力をしており、老いた悪質な魔力は属性の色が上手く出ず濁った色の魔力をしています。あなた様が〈魔力視〉で個体名ユダと個体名チルティーを見た時に、個体名ユダの魔力は濁っており個体名チルティーの魔力は透き通っておりました。]
確かにそうだったかも。
じゃあ魔王の魔力ってのは?
[魔王の魔力は漆黒です。濁りの無い黒をしており、オプスレヴァのように輝きます。オプスレヴァとは黒銀の宝石で380,000LD、金貨三枚と銀板八枚の値段で売られます。さらに、装飾品としてならばその数倍で売られるほどです。]
高ぇ……!!
金貨ってあれでしょ!?
金の貨幣でしょ!?
それの数倍って……!
[魔力純度は100%であり、先程も申し上げた通り濁りの無い半透明の黒です。純度100%の魔力を持つ魔物は、原龍種、魔王の五体のみです。]
まぁ、私そんな所に入っちゃってんの?
感心しながら言う私は、ユダに魔力の質について聞いた。
「魔力の質がどうかしたのか?」
「濁っているらしい。それも、薄汚い泥水のようにな」
「泥水…」
[魔力が老い以外で濁るのは負の感情です。]
テルが教えてくれた。
だが引っかかることがある。
[老いる以外で濁るのは負の感情]というところだ。
今まで綺麗なものだったのなら、魔王という存在はどういうものだったのか。
イメージする魔王は、なんかこう「世界征服だー!フハハハハ!」とか言ってそうなやつなんだけど。
「魔王ってさ、どんな奴なの?」
「魔王と言っても魔物を束ねているから魔王と言われているだけで、そこまで害はないんだ。だが、魔王がいる限り魔物が溢れ、魔物がいるだけで魔王が生まれる。魔物はどうやっても生まれてしまうから、魔王は延々と生まれ続ける。しかしな、一代前の魔王は少し変わった魔王でね。魔物と人間の共生を願う心優しき魔王だった。魔王も魔物であるから、人間を敵視している奴が多いんだ。憎むとか、憎悪の塊って奴はいないと聞いている。その中で言ったら、前魔王ナデュースは異質だったかもしれないな。彼は、魔王であって魔王でないような、優しすぎる魔王だったよ。結局、勇者によって討伐されてしまったがな」
「随分と詳しく知っているな…」
「…………」
「詳しくは聞かないさ。でもその話を聞くと、今までの魔王は世界征服だとか人間滅ぼそうとか、過激な発想する奴はいなかったんだね」
「そうだな、魔王も人種の王と同じで、魔物は国民と同じようなものだ。魔王は、国民である魔物を守るために戦う。そして魔物は、その王を守るために戦う。そう考えれば、魔物も人種も同じようなものだ。まだ、魔物の方がマシと言っていいがな」
テーブルを片付けながらユダは言う。
人間族の国で過ごしていた時に、何かあったのだろうか。聞きたいことは山積みになっていくが、今は抑える。彼にも事情はある。それをガンガン掘り上げるほど、私はデリカシーの無い奴ではない。
いや、無神経ではない、かな?
とにかく、今は聞かないのだ。
「チルティー、今日はお前だけで魔物狩りをしてきてくれ。嵐風龍と話がある」
「わかったにゃ、時間はかけたほうがいいかにゃ?」
「できればそうしてくれ」
「よぉーし、じゃあ準備して行ってくるにゃ!」
チルティーはそう言うと、家の中から袋を持ち出して森の中に入ってしまった。
「一人で大丈夫なのか?」
「心配要らない。あれでもチルティーはSランク冒険者に遅れをとらない実力の持ち主だ」
「Sランク…」
「冒険者の中では最高位だ」
冒険者……。
そんなものがあるのか。
[冒険者とは冒険をする職業の総称であり、人種の街には冒険者組合と呼ばれるものがあります。危険な職業と言われていますが、人種の多くがそれに所属しています。]
「へぇ……て、一番強い奴らと同じくらいって、チルティーどんだけ強いんだよ」
「わしが強くしたからな」
「……」
本当に、ユダって何者?
怖っ!
内心そう思っていると、ユダは椅子を一つ残して全て家の中にしまっていった。
ちなみに出たゴミは全て燃やした。
ユダは家から出ると椅子に座り、ゆっくりと目を開いて言った。
「さて、嵐風龍、お前はわしに聞きたいことがあるんだろ?」
「!」
「言ってみろ、できる限りで答えてやる」
バレていた。
だが、相手が答えてくれるというこの状況、見逃せるはずがない。ならば、遠慮なく聞かせてもらおう。
「ではまず一つ目、ユダは貴族だったで間違いないか?」
「ほぉ?どんな根拠で?」
「結構引っかかったことだ。普通は平民だから姓は無いだが、ユダは平民になったから姓は無いと言った。そしたらもうわかるだろ?ユダは元は貴族だったが、何かしらの理由で平民に落ちた。もしくは、平民になりすましている。私はそう考えるが、どうだ?」
「……」
ユダは俯いて黙った。
元々ユダは口調は別として、礼儀や作法はなってるし、基準はわからないがそこそこいい格好もしている。テル曰く、ユダの服の生地は結構高いらしい。まぁ正解なのか間違っているのかわからないが、正直どちらでもいいというものだ。
ユダの正体が知れればそれでいい。気になることが明かされればそれでいい。
私的にはそうなのだ。そう思っていると、ユダは肩を上下させながら大声で笑った。
「あははははははっ」
「な、なんだよ、間違ってたか?そんなにも面白かったか?」
「いや、八割方合ってるからな、そこまで当たるとは思ってなくてなあははっ」
おいおい笑いすぎだろ……。
クラスメイトの中にもバカでかい声で笑い続ける馬鹿がいたけど、これはこれでアレだな、うん、うるさいな。
まぁ、あの女は魔女みたいな気持ち悪いのだったからまだユダの方がマシだけど。
「八割合ってるってことは、ユダは貴族だったってことで間違いないんだな?」
「そうだ、わしは元は貴族。わしの本名は、ユダ・アニマス・レフォルトだ」
「へぇ、ミドルネームが入っているのか」
「ミドルネームが入っているのは国の中でも上位貴族だけだ。普通は入らん」
「なるほど」
ユダは元貴族。
答えてくれるかは五分五分だったけど、答えてくれてよかったよ、マジで。
「それで、他には?」
「いや、あとの殆どは答えがNOだった時のやつだったからあとこれだけでいいかも。ユダ達の滞在時間と目的。答えられるなら答えてくれるといいな」
「そんなことは簡単だ。身の安全のためだ。今の国は些か物騒だからな。少し離れたこの森の方が幾分も安全だ。今はこの森に来て一月経つ」
「…そっか」
それからは魔法の練習から世界の勉強などなど、まるで学校みたいなことが毎日続いた。それでわかったことが幾つかある。
まず、この世界は三つの大陸に分かれている。
亜人、つまり獣人族などが多く住む大陸アルマニウス。
人間族や耳長族、矮人など、様々な人種が住む大陸フレミュー。
魔王が住み、魔族が多く住む大陸ジゴニヴィア。ジゴニヴィアは魔大陸とも呼ばれるらしい。大陸同士のいさかいは無いものの、誰もジゴニヴィアには近づかないし入りたくもないという。
マジで嫌われてんなぁ。
ユダはアルマニウスの国の貴族らしい。ちなみにこのデロッター大森林もアルマニウスにあるらしく、今自分がどこにいるのかハッキリとしてきている。アルマニウスも一番大きな大陸で、緑豊かな自然が特徴だそうだ。
この森を見れば一目瞭然と言ってもいい。
フレミューは近代都市が多く産業が発展しており、ジゴニヴィアは高ランクの魔物が多いことが特徴だ。近代都市と言うと、おっ?と声を出してしまいそうだが、近代と言ってもこの世界での近代は魔導列車や魔導車輪など、魔力駆動式道具が交通機関に取り入れられた魔導都市のことらしい。
普通の街や村ではそんなことはできないため、少し進んだその街を近代都市とし、魔導都市と呼んでいるそうだ。
この世界には科学というものが存在しない。
だから、この世界では私がいた世界と同じものは二度とお目にかかれないのだ。似たようなものはあっても、同じものはない。これはこれで、案外寂しいものだ。
「ユダはフレミューに行ったことあるか?」
「まぁ指で数える程度な。魔導列車や魔導車輪がそこかしこで走りまくってて、そこだけ世界が変わって見えたさ」
「おおー」
「だが、緑が少なかったな。あと、空気が薄汚い。アルマニウスと比べたらそれがダメだったな」
「大きな都市にはあるあるの件ですな」
向こうの世界は昔はスモッグが霧みたいになってるところもあったらしいし、まだいい方かもしれないけど。
でも汚いっちゃあ汚いんだよねぇ。
「チルティーが帰ってくるまでに、風魔法をマスターさせとかなきゃ。帰ってきたらびっくりさせたいね」
「なら、能力を介して風の流れを読め。魔法は常に理の中にあると言っていい。風を感じながらやれば、自然とできるようになる。まぁ、能力がある分、魔力のコントロールが上手くできるはずだ」
「風を感じる…ね」
風に関して、嵐風龍ほど強いものはいない。
造作もないことだ。
風とは空気の流れ。空気の流れが止むことは無し
能力が発動してるのかわからないけど、面白いくらいに流れがわかる。
[固有能力〈風の絶対王者〉は発動の有無なく、それがある時点で常に常用されています。]
前に風結界のときに[常用しますか?]的なこと言ったよね?
[能力の細かな能力は任意で発動します。しかし、まとまりである〈風の絶対王者〉は違います。常に発動中です。停止することは不可能です。]
不可能ですか、停止できないんですか。
まぁそれはそれで別にいいんだけど。
とにかく今は風を感じよう、この世界に流れる一つ一つの風を全てを。
コオォォォォ、と風が吹く音。
ガサガサ、と木が揺れる音。
羽ばたく瞬間、歩く瞬間、呼吸する瞬間。
そういったあらゆる瞬間で空気が動き、風が生まれ、世界中を駆け巡る。
「この世を駆け巡るあらゆる風よ、我が魔力に集いし風の力よ、万物を斬り裂く刃となり、我が前の敵を穿て……ウィンドカッター!」
風の刃が目の前の丸太をスパパンと細切れにする。
今更だけどさ、この詠唱…物凄く恥ずかしい!
なんでみんな普通にできるのかなぁ!?
ユダも言う時と言わない時あるけどさ、大体滅茶苦茶長い詠唱してる時あるからね!?
[詠唱とは魔法を発動させるための発動キーです。人種の中でも無詠唱でするのは難しいとされ、できる者は少なくそれを専門とした魔導師が多いです。個体名ユダは熟練者と思われます。]
獲得できる能力の中に無詠唱でもいける感じのやつあったよね?
[能力〈詠唱破棄〉があります。これは能力のみならず魔法にも適用可能です。常時発動されることを推奨します。]
よっし常時発動!
これで小っ恥ずかしい長い言葉を言わなくって済むわ!
〈詠唱破棄〉バンザイ!
一応何も言わないで言ってみよう。
「……ん!」
その瞬間、刃が丸太を真っ二つに斬り裂いた。
なんとか成功である。
できると凄く嬉しいんだよねぇ!
やっぱりこっちの方が合ってるよ!
「この調子でどんどんいこう!と言いたいところだけど、一応実戦はしておきたいんだよね。敵を目の前にして急に使えないとか、そういうの嫌だし。ユダに言って少し出てこようかな」
◯
とある洞窟───
「ぎゃあっ!」
「ま、待て…!頼むっ助けてくれぇ!」
「うわあああ!」
男達の叫び声が洞窟に響く。
その奥からは、何人分かわからないほどの血が川のように流れ出ている。バキバキと折れ、ブチブチとちぎれる音。その音を出すものは、喜びを感じされるように喋り始める。
「やはり人間族以上に美味い食い物はないな。しかし、この男どもは肉質が悪いな。微かに酒の味がする。日頃酒を飲みまくっているような奴らか。まぁハズレはハズレだが、食えたことにまずは喜ぶこととしよう。かはははははっ」
すると、それは誰もいないところに向かって命令した。
「ワーム共、残りの血肉は貴様らにくれてやろう!その代わり血の一滴も残すではないぞ!?」
グラグラと洞窟内が揺れ、壁が破壊されたかと思うと、その中から数体のワームが現れた。そして、男達の血肉を岩ごと食らい尽くしていった。それが終わると開けた穴からその場を去っていった。
「さて、そういえば最近竜共がうるさいな。確か、嵐風龍が復活しただっけか?俺には知ったことじゃないが、少しばかり気になるな。挨拶を兼ねて会いに行くのもいいな。……まぁ、久しぶりに龍を食うのも悪くない…」
のっしのっしと歩きだし、洞窟からはい出たそれは。
「久しぶりの地上も悪くない」
強い大顎を持つ大型肉食系Aランク魔物ゼネヲアリゲイツだった。
◯
「行ってきていいぞ」
「マジで?」
「あぁ、実戦も必要だとわしも思うし、早く上達して欲しいからな」
「ありがとう」
聞くと、ユダはすぐにいいと言ってくれた。
「だが、チルティーが帰ってくる夕刻までには戻ってこい。いないとわかったら何をするかわからないからな、あの子は」
「ははっ、怖いねぇ。じゃ、私は行ってくるよ」
「なるべく早くな」
「了解〜」
私は森に向かって歩き出した。
別に飛んでもよかったのだが、はばたく瞬間に木が滅茶苦茶揺れるものだから、魔物が逃げてしまうのだ。
だから歩く。
さーて、誰で試そうか。
「早く出てこないかなぁ」
///////嵐風龍の風の便り///////
チルティーの毛皮がモフモフしているから、チルティーが丸くなるとユダはモップと間違えてしまうらしい。
何度か踏みつけてしまったことがあるとか
読んでくださりありがとうございました。