伍 龍生初の恐怖
「テルやーテルやー」
[なんでしょうか]
暇を持て余していた私は、テルに話しかけた。
テルが現れてから、暇になると毎回話しかけている。
「数日序盤の所で結構やったんだけどさ、レベルが今7なんだよ。この森に出てくる魔物のランクっていくつぐらい?」
[GとFランクの魔物が出現します。スライムやゴブリンなど、食物連鎖の底辺にいるものです。たまにゴブリンの上位種族ホブゴブリンが現れます。ホブゴブリンのランクはEです。]
先日のあれか…。
私は昨日の出来事を思い出した。
猫の子、可愛かったな。
「ちなみに私は…?」
[嵐風龍─個体名ヴェニウェルのランクはSSSランクです。最上級のランクです。噴炎龍、幽海龍、煌土龍のランクも同じです。]
「原龍種はSSSなのね。他の龍種は?」
[龍種はSSかSランク、竜種はAからBです。]
なるほど。
なら…。
「あの魔物は何?って聞いた時、その魔物についてと一緒に魔物のランクも教えてくれない?」
[了解しました。]
よっしゃ!
私はガッツポーズを決めて喜んだ。
テルはなかなか頼りになるサポーターである。
「今日は結構進むぞー!」
◯
「ねぇテル、私さ、やっぱりおかしいと思うんだよね」
私はある木を見ながら言った。
[何がですか。]
「この木、さっきもなかった?」
実を言えば、既に三回は見ているのだ。並びも形も全く同じものを。そして、私自身同じところをグルグル回ってるんじゃないかとも思っている。
別の言い方をするならば、迷子である。
[デロッター大森林には、所々に迷道があると言われています。可能性の一つとして参考にして下さい。]
参考も何も絶対それだろ。
[幻覚の場合もあります。]
それ、状態異常に入るんじゃないの?
[入りますが、個体名ヴェニウェルの場合無効ではなく耐性のため、個体名ヴェニウェルを上回るものは打ち消すことはできません。]
あ、なるほど。
「……一回飛んでみるか」
一つ目の打開策として、私は空を飛んだ。迷道ならば上手くいくかもしれないが、幻覚ならばおそらく何も変わらないだろう。
「うーん、変わらないねぇ〜」
つまり、幻覚ってことか。
確認した私はそのまま地に下りた。
すると、先ほどまでは見なかったものを見つけた。花だった。綺麗で青くて小さくて百合みたいな花だった。
それが奥の方までビッシリ生えている。
「テル、この花は?」
[ユエテリアと呼ばれる幻惑花の一種です。群生植物であり、花粉に幻覚を見せる効果があります。草にはその幻覚を止める作用がありますが、それを知らないものが多いため、この花に惑わされて抜け出せなくなったものも多いといいます。別名ユエラ草。]
「じゃあ草をかじればいいの?」
[はい。しかし準備をしなければ変な所へ出る可能性も…]
「いただきまーす、あぅ」
今更だけど、今、テルが凄く重要なことを言っていた気がするんだけど。
[あ。]
「え?」
「んが?」
目の前にいたのは、豚の頭をした大柄の人型魔物だった。
[あれはオーク、Dランクの魔物です。〈魔力感知〉から百体ほど、オークの集落と思われます。]
「……なんでこんなところに…?」
[先程の続きを言います。準備をしなければ別の場所へ出る可能性もありますのでご注意ください。]
それをもっと早く言ってくれ!!
[言おうとしましたが、個体名ヴェニウェルが先に葉を食べてしまいました。]
……私のせいか…。
とにかく、私はオークの集落ど真ん中に出てしまったらしい。
オークが全員私をじーっと見つめている。
「は、ハロー…?」
その瞬間、オークたちが声を上げて私を追いかけ始めた。
「敵だぁぁーーーーっ!!!」
「皆武器を取れぇぇー!!」
「血祭りじゃああああ!!」
「久しぶりの食料じゃああああ!!」
「ギャーーーーーーーっ!!!!」
「まてーー!!」
「追いかけろ!!絶対に逃がすな!!」
私は絶叫しながら逃げるが、オークは武器を持ってドシドシと追いかけてくる。
飛べば逃げられそうなのだが、まだ木と木の間を通り抜けて速く飛ぶことができないことと、オークが飛び道具を持っているので迂闊に飛び出せないのだ。
なんなんだよあのブタ頭!
豚のくせに超速いんですけど!!
テル曰く、私の速さは普通の魔物と比べて速いらしい。しかし、私が出てきたところは木の根が入り組んでいて障害物が多く、その速さが発揮されない。一方オークはこの地形に慣れているようで、決して軽やかとは言えないが難なく普通に私を追いかけてくる。
「だあああもおお!〈風刃〉!!」
私は〈風刃〉を使って根を斬り裂いた。
細切れに小さく切り刻み進むと、目の前が急に広がり岩壁が現れた。私はそこにオークが入れないほど小さな穴を作って中に入った。
オークは私をその穴から引きずり出そうと中に入ろうとするが、穴に体が入れないとわかると、腕だけを強引に穴に入れて手探りで私を探す。私は捕まるまいと、穴をさらに深くして潜り込んだ。
もうどれくらい経っただろうか。
オークの声も聞こえなくなり、気配も感じなくなった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
怖かった……!すごく怖かった……!!
この世界に来て初めての恐怖だった。
{恐怖耐性を獲得しました}
うっさい!!
「うぅっ…ふぅっぐふっ」
声をできるだけ押し殺して、私は泣いた。
ゴブリンやスライムとは全く違う。今までは奇襲だったから成功していたけど、真正面での戦いはこれが初めて。
殺し合うということがこんなにも怖いことだったことを、改めてわかった。
色々と甘かった。
考えも覚悟も、全部が甘かった。
私は、いつだって死と隣り合わせの場所にいるんだ。
一歩間違えば死ぬかもしれない、そんな世界にいるんだ。
「くっそぉ……どうすればいいんだよ………!あぁもうっ!……っ今は……とにかく、落ち着こう……!」
まず、オークは…殺そう。
殺らなきゃ殺られるし、それにDランクだったらゴブリンなんかよりも経験値が手に入る。
…食べられる…かな?
お腹は空かないけど。
[個体名ヴェニウェルは周囲の魔力を吸収して生きているため、食料は不要です。しかし、食べれば魔力や体力回復にはなります。]
「…食べよう」
魔力や体力を回復できるんだったら食べてた方がいい。
オーク、豚だたし焼いたら美味しそう。
[オークの肉は巷では高級肉です。]
テルナイス情報。
オークは百はいない。
なら、できることは多いだろう。
「……しっかりやろう。全部を考え直そう。甘い考えを全て直そう。ここは私がいたところとは全く別の場所なんだ。甘い考えはここでは命取りになる。弱肉強食、私は、死ねない」
死ねないから、私を殺そうとするものは、殺す。
まだ私は幼体だ。
早く成体にならなければいけない。
「オークを殺らなきゃ」
隠す必要は無い。
ここには、私を知る者は誰一人もいない。
だから、永倉奏恵という名の人物はもう捨てよう。
私は穴の入口を見ながら言った。
「ははっ…たかが豚に負けてたまるかよ…!」
◯
オーク集落にて
「あのミニドラゴン、絶対捕まえなきゃな」
「あぁ、ドラゴンの肉なんて滅多に食えないもんなぁ」
「子供ドラゴンみたいだったけど、筋とかあんまり無さそうだし肉柔らかそうだよな」
「あんなドラゴン初めて見たよなぁ」
※ドラゴン=竜種のこと
「これ、何を話している」
「「「長老!」」」
若いオークの前に、オーク集落の長である長老が現れた。
彼は158歳と、オークの中でも珍しく長命なオークである。それ故、誰よりも物知りで経験豊富なオークだった。
「それがですね、子供ドラゴンに会ったんですよ」
「子供ドラゴン?」
「えぇ、薄緑色の鱗が滑らかで翼の生えたドラゴンだったんですよ」
「何?」
子供の竜種がこんなところにいるのはおかしい。それに、緑色系の鱗を持つ竜など、草竜や木竜くらいだ。しかし草竜も木竜もこの森にはいない。
そう言えば最近、原龍種の一体がこの世から消えたと風の噂で聞いている。確か嵐風龍だった。
その龍は今のオークが言ったのと同じ薄緑色。
まさか……!
「いや、そんなはずは……!」
「長老?」
「その竜、どのような能力を使っていたかわかるか…?」
「一個しか見ていないですけど、風系でしたよ?」
「……!!総員戦闘態勢には入れ!その子供ドラゴンに備えるのだ!」
「ちょ、長老!?」
若いオークの一人が、長老に駆け寄って聞く。
「何故一体の竜に全ての戦力を…!」
「戯けが!お前達が手を出したのは、おそらく原龍種が一体、嵐風龍様であるかもしれないのだぞ!!」
「「嵐風龍?」って何?」
「まさか知らないのか!?」
若いオークは知らない。
しかし、老いぼれオークは知っている。
「嵐風龍様とは、天候を司る最強の龍種だ!我らオークなど、すぐに殺されてしまう!」
「何言ってんだよ長老、昨日のドラゴンからそんなの感じ取れなかったぜ?なんかの間違いじゃ……っ!!」
「……来おった…!」
子供のオークでもわかるほどのオーラを放つものが、集落の近くに現れた。
殺気を振りまき、周囲の魔力を吸収しながら、それは現れた。
「……嵐風龍様だ……」
◯
オークの集落が目の前にある。
オークの数に変わりは無い。
「死んで私の糧となれ」
女子供関係無い。
オークはオークだ。
「風斬り舞々」
私がそう言うと、私の手から出た渦を巻いた風がオークを切り裂いた。
これは、私が〈風刃〉を元にして作った新しい技。
{能力〈風斬り舞々〉を獲得しました}
そのまんまの名前で獲得しちゃったよ。
まぁいいけど。
この技のおかげで大体三割くらいを削った。
{経験値を獲得しました}
「多いな…」
豚のくせに豚のくせに豚のくせに豚のくせに豚のくせに豚のくせに。
[広範囲攻撃をお勧めします。]
広範囲……。
嵐だと周りに影響が出すぎる。
ただの風でもいい訳じゃない。
「竜巻……ストーム……トルネード?」
瞬間、風が渦巻き、オークが風力で吹っ飛び上がった。
{経験値を獲得しました}
どういうことだか、私にはさっぱりわからなかった。
[個体名ヴェニウェルの固有能力〈風の絶対王者〉による効果です。この能力は所持しているだけで風に干渉するため、元々詠唱は不要です。]
うーん、確かそんなようなことを能力説明欄に書いてあったようななかったような……。
[書いてあります。出しますか?]
いや、いいです。
それより今はオークだ。
「ここにいるオークは全て狩る……ん?」
強風が荒れ吹く中を、一体の老いぼれオークが歩いてきた。ゆっくりだが、着実にこちらへ向かってきている。そして私の前に来ると、跪いて言った。
「御誕生、お喜び申し上げます。新たなる嵐風龍様」
「!?あんた、私のこと知っているのか?というか、嵐風龍を知っているのか?」
「160年近く生きていれば、嫌でも耳に入ってきます。そして、近頃先代嵐風龍様がお亡くなりになられたということも、風の噂で存じ上げております。あなた様がお生まれになって、わたくしめは、とても嬉しく思います」
160年!?
長くないか?
[本来オークとは、20~30の寿命です。オークの上位種ハイオークかと思われます。]
[鑑定結果]
種族名 ハイオーク
Lv39
生命 8000
魔力 3000
ハイオークやん!
そんなことを思っていると、若いオーク達も老いぼれオークの後ろに群がってきた。
オーク達から戦意は消えたが、だからといって殺すのをやめるという訳にはいかない。
まぁ一応嵐風龍について何か知ってるようだし、話くらいは聞こうかな。
風を治めて、私はハイオークに問うた。
「ハイオーク、お前は嵐風龍についてどれだけ知っている」
「嵐風龍、また、皇龍、龍王と呼ばれているということ。原龍種の四体の姿はあまり知られていないということ、です。これが全てでございます」
「知られていない?」
「原龍種と我々オークは格が違います。それは他の魔物も同じです。人間族の国の王と一般市民が普通に出会えないのと同じように、神と同等でいらっしゃられる原龍種の皆さんとは全く会えないのでございます。ですから、姿を知っているものは少ないのです。知っていたとしても、それはおとぎ話か本で知ったぐらいでしょう。…これで宜しいでしょうか」
「あぁ、まぁいいよ、結構聞けたし」
ランクがSSSなんだし、会おうにも会えないだろうね。
[原龍種は、それぞれ司るものに合った場所に住んでいると言われています。噴炎龍ならばイドルネス火山、幽海龍ならばジュエラシー深海底神殿、煌土龍ならばイーンディーグ世界大迷宮、嵐風龍ならば天空島のように。]
私は嵐風龍だから天空島?
[はい。しかし、先代嵐風龍が亡くなった今、この世界に天空島は存在していません。天空島とは、嵐風龍自身の魔力と風を使い、嵐風龍が生きている限り永久に雲上で浮き続ける島のことです。天空島の広さも、嵐風龍の魔力量で決まると言われています。先代嵐風龍の天空島の広さは、原龍種四体が楽に入るほどの広さだったということです。]
そんなに広かったのかよ。
[今の個体名ヴェニウェルでは、個体名ヴェニウェルがギリギリ入る程度です。]
その個体名ヴェニウェルっていうのやめてよ。
他の呼び方で頼むわ。
[了解しました。]
「さて、これであんたらに用は無くなったってわけだ」
「…助けてくださるのですか?」
「そんなわけないだろ。先に襲ってきたのはそっちだし、私は目の前に私に降りかかる危険の芽は全て摘むつもりでいる。つまり、一度私に牙を向いたあんたらオークは、皆死確定ってことなんだよ」
「そんな!せめて私の首だけで!」
「甘い考えは命取りになる。私はあなた達が襲ってきたおかげで気づけたんだよね。あんたらの死は、私からのお礼ってことで……死ね」
パチンと指を鳴らすと、オークの首が全て吹っ飛んだ。
無詠唱で〈風刃〉を発動させたのだ。
{能力〈詠唱破棄〉を獲得しました}
{経験値を獲得しました}
{個体名ヴェニウェルのレベルがLv6からLv7に上がりました}
{個体名ヴェニウェルのレベルがLv7からLv8に上がりました}
{個体名ヴェニウェルのレベルがLv8からLv9に上がりました}
{個体名ヴェニウェルのレベルがLv9からLv10に上がりました}
{能力ポイント2000を与えられました}
{個体名ヴェニウェルのレベルが一定値に達しました}
{嵐風龍・幼体から嵐風龍・第二形態に進化可能です}
{進化しますか}
「この場合進化した方がいいのか?」
[進化する場合能力を多く使うので、近くに食料があった方が良いです。]
テルありがとう。
「そんじゃあ、進化しようかな」
{個体名ヴェニウェルの進化する意思を表明}
{確認しました}
{個体名ヴェニウェルを嵐風龍・幼体から嵐風龍・第二形態に進化します}
その瞬間、私の体から光か出てそれが次第に私を包んだ。
そして、私は意識を手放した。
今回から、毎週火曜日の投稿にしたいと思います。
この先変更があるかもしれませんが、何卒よろしくお願い致します。
読んでくださりありがとうございました。