参拾弐 少年と青年
今年の一つ目参ります!
青年は唖然としている。きっとフードの中の髪が見えていて、オークションの前に見たそれと似ているだとか思っているんだろう。ついでに声も。
本人なのだから当たり前なのでそんなに驚かなくてもいいと思うのだが、突然アジトにそんなやつが押しかけてきたら誰だって驚くだろうと私はくすりと笑った。
「おい、てめえら何者だ!」
「名乗らせるなら先にそっちが名乗れっていいたいところだけど、これから死ぬ人の名前なんて覚える気無いし、そんな人達に名乗る名前もないよ。さ、壊しに来たからさっさと死のっか」
「んだとこの野郎!」
「「「え?」」」
「誰が野郎だ!」
嘘は言ってない。のに何でアトラ達がそんな驚いた顔すんのさ。
強奪=破壊でしょうよこの場合は。
ていうかさ、何で毎回野郎野郎言われにゃならんのだ!私男じゃないもんね!女でもないけどさ!心は女なのよ。
「シー達はあの後ろの奴らお願い。瞬殺かもしれないけどこっちが終わるくらいまで長引かせてほしいな」
「ヴェニーちゃんの頼みなら幾らでも」
「アトラは私と一緒にいてね」
「了解だ」
シーは片手を振り上げると水の壁を作り出し、青年と数人の仲間を分断させて私がやりやすいようにしてくれた。イーラとレクトもシーの方に移動し、私とアトラと青年だけがその場に残った。
身構えているのは青年だけで、私達は構える事無くゆったりとしていた。
「そう身構えないでよ。早く死ねとは言ったけど別に君にはそんなこと思ってないんだからさ。 ちょっとお話しよっか」
「え、は、話……??」
「そ。話」
おー、頭に疑問符が浮いてるのが見える。なんで私が君と話がしたいのかわからないからだよね。
「君の影魔法は素晴らしいものだからさ、奴隷でいるのは勿体無いと思ってるんだ」
「……んで、……て」
「ん?」
「何で、奴隷…知って……」
「首元だけ別の魔力が入ってるからね。隠しても無駄だよ」
私がそう言うと、顔を青ざめた青年は首元の布地をぐいっと引き上げた。
「奴隷の首輪は呪いの類いさ。呪具とも言う。首輪に相手を服従させる呪いを仕込み首に装着する事で効果を発揮させる。この呪いを破る方法は、奴隷と主人との間で交わされる主従契約の契約書を破るか、首輪を作った奴より強い魔力で首輪に魔力を込めて破壊するか」
そう。その二つしか解放する方法は無い。手っ取り早いのは後者だが、これをできる者は数が少ない。そもそもどれ程の術者が術を仕込んだのかわからないのだから飼い主が解けるかすらも定かではない。よって、大体が前者なのだが、そもそも奴隷を解放するなんて善人がするようなことを買った本人がする事は殆ど無い。
「そこで君に提案があるんだ」
「提案…?」
「もし私の出した条件を呑むなら、君の事を奴隷から開放してあげよう。ねえ、自由になってみない?」
前述の通り、奴隷の解放方法とは二つでする者は少ない。よって、開放され自由となった奴隷は砂漠からダイヤを見つけ出すような割合しかいない。つまり物凄く少ない。
さあ君は、一生に一度しか無いような自由になれる機会をどうするのかな?
「……子供を」
「ん?」
「もう子供を攫わなくてすみますか」
「そりゃ勿論」
「強要されたりしませんか」
「それを強要する奴なんていないよ」
「……どこにでも行けますか」
「もっちろん!!」
この世界は果てしなく広い。人が未だ到達した事がない未開の地なんてざらにある。
私は大仰に手を広げて青年に近寄った。
「君が思っているよりも世界はずっと広い。私でさえ知ってはいても見た事の無い場所ばかりさ。この世に行き止まりなんて無い。止まるべき場所は無い。生きとし生けるもの全てには無限の可能性と未開の未来で溢れているんだ。立ち上がって歩む人は前へ進んでこそだよ。君の足は何の為にある。前に進むためさ!人生においても、運命という名の理不尽においても!だからね、立ち止まるなんて勿体無い!」
停滞は愚者のすることさ。
人生の振り返りや、小さな思い出を思い出す事は生きていく上で大事な事だと私は思う。けど、何もせずただそこに立ったままでいる事が、自分にとって何になる。折角足があるのに、命があるのに、過去に囚われて未来に恐怖して。
本当に止まったままでいいの?
そのまま首輪に手をかける。鉄を首に巻いたような無骨なそれだが、中にかけられた術はかなり複雑だ。魔力も多く使われている。
けど、私には何も関係無い。どんなに言葉を並べても青年が納得しなくちゃ意味が無い。
「君へ提示するのはただ一つ。ある子供と一緒に旅をすることだよ」
「え、それだけ…?」
「そ。それだけ。簡単でしょ?子供が誰だか、君はきっと想像が付くがはず。昨夜売り出されなかった一人の子供。これでわかるでしょ?」
「…っ」
心当たりなど一つしか無いと言うような顔でうなずいた。それを見た私は、きっと彼はこの誘いに乗るだろうと確信した。
「引き受けてくれるね?」
「――っ、はい!」
「よしっ」
バキン!
首輪を握り締めて鉄と術を壊す。ゴッと鈍い音を立てて落ちた首輪は、もう誰も縛り付けることはないだろう。
「さあ、これで君を縛るものはもう何もない。……これを持って、その場に待っていてほしい。必ず少年を送る。少年が進む道を、君がしっかり見ていてほしい」
あとは…と私は青年の耳元で囁くと青年は驚愕の表情でこちらを見た。恐らく青年の主人すら知らない事実だったのだろう。
何故私が知っているかは彼には内緒だ。
「じゃあ、また後でね」
そう言った瞬間に青年を別の場所に転移させた。
私はアトラを連れて地下に降りる。風で確認はしたが、実際に入ってみると中は存外暗かった。灯りの一つもない通路を歩き、またさらに下に降りる。そして、目的の檻の場所までやって来た。
檻を破ると、私は横たわっている物――一人の少年に近寄った。
これは思った以上に酷いな。
あれから二、三日経過しているとはいえ、少年はそれ以上に衰弱している。頬は痩せこけ、全身も皮と骨だけのよう。髪もボサボサで薄汚れており全体的に汚い。所々にある小さな傷は恐らく最初に来た頃に抵抗した際できたものだろうと考えられるが、そのまま放置されて菌が入り込んだのか化膿してしまっていた。
生きていることが奇跡的と言えるような状態だが、そこは種族的な頑丈さと生命力で耐えていたのだと思われる。
私はまず首輪に手をかけて破壊し、少年の体を抱き上げた。
「えーっとどうしよっかな。とりあえず、【クリーン】【ヒール】【キュア】。そんでもって、【ホーリーウォーター】」
順番にかけていくのはこの四つ。漢字表記にするなら清潔、回復、治療、聖なる水かな。ヒールとキュアって現象をしっかりと認識していないとおかしくなるんだよね。ヒールは体力を回復するもの。キュアは傷を治療するものってね。
ホーリーウォーターは水を飲ませたかったんだけど、普通のクリエイトウォーターだと魔が強すぎるから弱った体には毒になりかねないから聖がつくこっちにしたんだよね。聖がついているけど一応水魔法なんだよこれ。不思議だけど水を媒介にしてるからなんだよね。魔法ってほんとよくわかんないや。
ま、浄化作用が入った水を飲んだから体内の傷や病気に関するものは消えているだろうし、喉も潤って腹も多少は膨れたでしょ。
「う、…ん……」
少年が身動ぎ小さく呻いた。
「あ、気がついたな」
「だね」
「ぅえ……?」
「おはよう。気分はどう?目ぇ覚めた?」
「ぁ…は、い………え?」
状況が全く読めないのか少年は硬直して目を泳がせた。そして、首に何もない事に気がつく。その瞬間少年の涙腺が決壊した。
「え、あ…な、何で…」
「うん、声は出るようだね。君、この指何本に見える?」
「えぇえっと…視界が歪んでて、よく見えない……です」
「うん正常だね、指は出してないよ」
頭をポンポンして撫でながら少年の前に幾つか果物を出して食べさせた。
さすがに肉は空だった胃にはキツ過ぎるからやめた。種族的には必要なのだろうが体調を考えるとまだ駄目だ。健康になってから食べてもらおう。
「お腹は膨れた?」
「は、はい、ありがとうございます!」
目がきらきらしてる………可愛いなぁ!!
「可愛いなぁ!!」
「あ、あのう…」
「主、心の声が漏れてる」
「へ?あーえっと?気にしない気にしない。でー君、名前を聞いてもいいかな?」
「あると……アルトです」
アルト……アトラとなんか名前似てるな。多分スペルもArtoとAtraでほぼ一緒でしょ。
私は膝からアルト君を下ろし、彼に目線を合わせた。
「アルト君、おいで。一緒に外に出よう」
「で、も…」
外に出る抵抗がまだあるのかな。
どうにかして出さないといけないんだけどなぁ。
「君には今二つの選択肢がある。一つ目は、ここに留まってまた飢えて餓死する道。もう一つは、ここから出て自由に旅する道」
「…………」
「餓死か自由かは君の選択の自由。けれど、君の首にはもう何も無いよ。縛るものは無い。気持ちを抑えないで………君はどうしたい?」
「ぼ、僕は……」
俯いたアルトは暫くそのままでいた。迷うことなど何も無いはずなのだ。それでも答えを出さずにいるのは外に出る事への不安か恐怖か。
いずれにしても出すのだけれど。
「僕は、外に出ます!」
「よし来た!」
「うわっ」
私はすぐに転移して青年が待つ所に跳んだ。
青年は突然現れた私達に驚いていたが、アルト君を見てすぐに落ち着きを取り戻した。
アトラも少し遅れて跳んで来た。
「え?え!?」
「はいはいちょっと落ち着こっか?待たせたね、青年」
「はい……あと、僕は青年じゃなくてウォーグです」
「そっか、ウォーグ君ね。こちらアルト君。二人共、これからお互いが旅のパートナーだから仲良くね」
私はもう一度アルト君と向き合った。
「私は君に、沢山のものを見て、沢山の人に出会って、沢山の事を学んでほしいと思っている……隣にいるウォーグ君と一緒に」
そう言いながら、私は薄緑のマフラーをアルト君の首に巻いた。急ぎで編み込んだマフラーの編み目は崩れる所なく均等になっており、頑丈で柔らかな作りになっている。
私が夜中超特急で仕上げた割にはなかなか良い出来だった。
「うん、おっけーおっけー。あ、これウォーグ君のね」
私が渡したのは太めに毛を編み込んだ三つ編みの紐だ。ウォーグ君はそれを受け取ると、自身のベルトループに通して結んだ。
これらどちらも、装備するだけで効果を発揮するアクセサリーである。何せ私の龍毛を使ったのだ。効果が無い方がおかしい。
「あとはこれね」
「「……お金?」」
「そ。このお金を元手にして、これから頑張ってね。まだアルト君は小さいからウォーグ君が管理してほしいかな」
「わかりました」
「無駄遣いしちゃ駄目だよ」
苦笑いするウォーグ君の横でアルト君が不安そうな顔をしている事に私は気付いた。
私は膝を折って話しかける。
「どうしたの?」
「あの、またどこかで会えますか?」
おっとその事か。いやぁ困ったなぁ。私としてはもうこれ以上関わるつもり一切無かったんだけど、この子は再会をご所望ですかな。うーんどうしたもんかなぁ。
まぁでもどう転ぼうがこの子の自由。正直に言おっか。
「さあ、わからないなぁ」
「え」
「会えるかもしれないし会えないかもしれない。君が生きている間に叶う望みかどうかは、私にはわかりかねないよ」
「そ、そんな…」
「でも」
「?」
「君がいつか誰かを救えるくらい強くなった時、きっとまた会えるよ。時間は有限だが沢山ある!なんてったって君達二人は長命種だからね!また会えることを楽しみにしているよ」
私がそう言うと、アルト君はパァっと顔を輝かせ、しかしすぐに硬直してしまった。
この反応二回目かな?
「ぼ、僕種族言ってませんよね!?」
「それは僕もですよ。言ってないのに何で知ってるんですか」
「ウォーグさん、もですか?」
「ええ、さっきこっそり」
「ほんと、二人共凄いと思うよ。片や竜人族、片や…迷彩蜥蜴の獣人族と長耳族の混血種珍しい組み合わせだ。たしかに他じゃあ見られないし気付かれない。ウォーグ君は耳が髪で隠れよく見えなかったしね。アルト君に至っては竜の血よりも人の血の方が濃いみたいだから、目立つ所にその特徴が表れなかったから余計に気付かれなかったんだろうね」
ウォーグ君はそっと耳の辺りに手を当てた。
ボソリと「耳あそこなのか」とアトラが言ったのが聞こえた。
「ま、そういう事だから………………二人共、こっちおいで」
二人は私に近づいてくると、私は二人の首元を抱き寄せて後頭部を軽く摩った。
二人はわかりやすく驚いていたが、私はすぐに二人から離れてアトラの隣に立った。
「じゃあまたいつかどこかで!バイバイ!」
〇
アトラと二人を見送って姿が見えなくなった頃、不意にアトラが話しかけてきた。
「本当なのか、あれは?」
あれ?あれーあれーあれー……あぁ、あれか!
「会えるって話?幾つかある選択を選び取ったらね。まぁ不可能ではないよ」
「選択?」
「そ。…そう言えば、二人の縁について言ってなかったね。アルト君が〈勇ましの縁者〉、ウォーグ君が〈つわものの縁者〉。勇ましとは勇気ある者――つまり勇者。つわものとは兵又は強者を示す。勇者と強者との縁がある二人はいずれ必ず勇者と出会う。その時、仲間になるか否かで、私に会えるかどうかが決まるんだよ」
「そうか、勇者は主の所にやってくるから」
「そ。彼らはどちらを選択するかな?」
まぁ縁があるというだけでそこまで到達できるかはわからないけどね。ま、あの二人なら大丈夫でしょ。ちょっとしたご褒美もあげたし。
「さあ?二代三代先の話なんだろ?気長に待ってればいいんじゃないか?。それより、戻らないか?多分噴炎龍様がじっとしていない気がする」
「あー暴れられたら困るね。じゃあ帰ろっか」
振り返ると空が白んできている。夜明けは近いようだ。
日が出る頃にはあの二人も隣街付近までには行けるだろう。
転移際に、二つの星が白む空の中で一際輝くのが見えた。
これにて奴隷編終了です。
2ヶ月もお待たせしてしまってすみません。
毎回毎回、もっと書くの早くしろよと思うのですがなかなかできません。
元々怠惰な性格があるので。自覚はあるのですが難しいです。
文字数を少なくすれば解消…………できますかね?
追記
魔法の表示を【】にしました。