弐拾陸 捜索
今回はいつもよりも長いです。
ほんの少しだけ。
まずは街の中心からっと、その前に〈風便り〉でここで何があったか、もう少し詳しく見てみよう。
シシエナの証言だけでは不確定な要素が多すぎる。
実行犯の人数、身体的特徴、魔力の特徴、侵入経路は…転移だから空中か。まあどれにしても情報不足は駄目だからね。
さて…全て見させてもらうよ。
〈風便り〉
──────────
店の三階、居住スペースに、一人の老婆と小さな子供がいた。
子供は木の板に絵を描いたり絵本を読んだりしている。老婆はそれを微笑みながら見ていた。
「お祖母様、お母様は今何してるかな?」
「そうさね。きっとアリエーンの誕生日プレゼントを探しに行ってるさ。一週間後だろう?良い子にして待ってたら早く帰ってくるさ」
「やった!わたし、それまで良い子で待ってる!楽しみー!」
老婆はアリエーンと呼んだ子供を撫でると、そのまま抱き上げて膝の上に乗せた。
キャッキャと嬉しそうに笑って、アリエーンは老婆に読み聞かせをしてもらおうと頼んだ。
その直後、窓から一羽の鳥が中に入ってきた。
メッセージバードという、人の言葉を記憶してそれを相手にそのまま伝える事ができる怪鳥だ。一般的に録音鳥と呼ばれている。
それが中に入ってきたということは、誰かから伝えなければならないことがあったのだろう。
老婆はメッセージバードの頭を撫で、録音された音声を再生した。
「私の麗しい母様、愛しいアリエーン、元気にしてる?私は元気よ。アリエーン、ママはパパと一緒に最高の誕生日プレゼントを探しているわ。そして今日ね、ようやく探していたものが見つかったの。明日の朝まで滞在して、その日の朝に出立するわ。貴女のプレゼントを絶対に壊さないように慎重に運ぶから、少し帰るのが遅くなるかもしれないの。でも!誕生日の前日には必ず帰ってくるから、それだけは心配しないで?母様、アリエーンの事お願いね。あと、怪我とかにも気をつけてね。私も怪我しないように気をつけて帰るから。じゃあ、母様よろしく。アリエーン、良い子にして待っててね。貴方を心から愛するママより」
「お母様からだ!お祖母様、お母様からだよ!」
「そうだね、じゃあこっちからも元気な声を届けてやろうかい」
「うん!」
そしてメッセージバードに声を録音し、老婆はそれを外に放した。
それはまっすぐ来た方向へ飛んでいく。
アリエーンはそれを姿が見えなくなるまで見続けた。
そして、それがとうとう見えなくなった頃、時刻は既に昼となっておりアリエーンは老婆に「お腹が空いた」と訴えた。
それを聞いた老婆は「ちょっと待ってな」と言ってキッチンの方へといなくなった。
そして部屋には、アリエーンだけが残った。
一人本を読んでいたその時、アリエーンの目の前で時空が歪んだ。
それは転移魔法の時に生じる空間の歪みだった。
そこから、黒い装束の何者かが現れた。
「…だれ?」
「お兄さんはね、お嬢ちゃんを迎えに来たんだよ」
「??」
黒装束の、自らを「お兄さん」と言った男は、アリエーンに手を差し伸べた。
「お嬢ちゃんのお母さんに頼まれて、お嬢ちゃんを迎えに来たんだ」
「お母様に?」
「そうだよ」
「今すぐ会えるの?」
「ああ、お兄さんの魔法を使えば一瞬でね!お嬢ちゃんもお母さんに会いたいだろう?」
「でも、お祖母様が…」
「すぐに帰ってこれるさ。心配いらない、ほんのちょっとだ」
「じゃあ、行く!お母様に会いたい!」
「そうか……」
男はニヤリと笑い、アリエーンの手を掴む。グッと力を込めて絶対にはなさにように。
「お兄さん、痛いよ」
「ごめんね、しっかり掴まないと離れたら危険だから」
「…うん」
「じゃあ行こうか……………地獄へ」
「え?」
その瞬間、男とアリエーンは空間の中に消えた。
そこに、アリエーンの魔力が消えたことに気が付いた老婆がまるで絶望したような顔で部屋を探した。
「アリエーン、どうしたんだい?……アリエーン?っ、アリエーン!?アリエーン!!」
何度も何度も、アリエーンの名前を呼ぶ。
その声に気が付いた下の店で働く店員が息を切らせてやってきた。
老婆から事の顛末を聞くと、青ざめた顔で外に飛び出し、周辺を探し始めた。
しかし、何も見つからず、時間だけが過ぎ、夜になると帰ってきた。
「あああ…ああぁ……!!」
「店長っ、しっかりしてください!きっと、きっと見つかりますから!」
その日の夜、老婆はその場を動かず、一睡も眠ることはなかった。
──────────
「………」
この老婆がシシエナ、店員がロコで、この小さな女の子が攫われた孫娘のアリエーンちゃんか。
名前がちょっと……。まあそんなこと関係ないか。
で、この黒装束の男がアリエーンちゃんをさらった奴だな。
背格好や声、そして自称お兄ちゃんというくらいだから男だろうな。
まあこれ全部レクト達に送ろう。
…勿論映像そのままはやばいから身体的特徴と魔力の特徴だけを伝えよう。
私は紙を出してさらさらと紙に記していく。そして増加魔法で三つに増やす。そしてそれを…
「アトラ」
「何だ」
「これを急いであの三人に渡してきてくれ。早急にだ。そいつの仲間もおそらくだが同じ格好をしているだろうから」
「了解した。すぐに戻ってくる」
「頼んだよ」
アトラは一瞬で部屋から姿を消した。
それを見たシシエナがまたギョッとして見る。
「い、今のは…!!」
「ああ、アトラはね、無属性魔法に長けてて、転移魔法は十八番なのさ。勿論この件とは関係無いから、疑いはかけないでね」
「勿論さ。あたしゃ恩人となろうもんに疑念を抱く程疑り深かないね」
「わ、私もです!」
「そ。ならいいよ」
それじゃあ改めて、捜索再開と行きますか。
風を操作し、〈風便り〉で見たモノと同じ特徴の人物を探す。
まだ一日とはいえ時間は多少経っていた。
だけど、そんなことは私には関係無い。
何故なら私は、たとえ人化して弱体化していようが嵐風龍であり龍神なのだから。
時間の経過など関係あるかー!ってね。
ヒュンヒュルンヒュルルンヒュルヒュン
外へ、もっと外へ、細かく、もっと細かく、細部まで…。
私の中に多くの情報が入る。
砂粒の一つ一つという、そんな細かい情報までが、私の頭の中に蓄積されていく。
小さな頃の私であれば到底処理することのできない情報量を、一つ一つ丁寧に紐解き解析し処理していく。それは一年間の中で私が獲得した能力であった。
今の私であれば、音楽を流しながら本を読んで、歌いチェスをして遊ぶ事など簡単にできるようになっている。
どこかな〜。
セキサイトの街の周辺は草原に囲まれている。
その近くには森林地帯があり、その先には多くの村や街が広がっている。
森林地帯は小さな山にできており、その広さは常人が歩いて二週間で踏破できる程である。道の舗装はされているため馬車も通ることは可能だ。馬車であれば一週間程で通り抜けることが可能となる。しかし、この道を通る者は少ない。
魔物は差程強い物が出てくる訳では無いが、魔狼の一種と呼ばれる森狼が多く棲息し大きな群れを作っている。
単体ならまだしも群れとなった狼ほど厄介なものは無い。
街を訪れる観光客や商人達の馬車を襲う事も少なくはない。戦闘経験のある冒険者を襲うなど日常茶飯事だ。
公道であるはずなのに人通りが少ないのにはそういった理由があるからである。
人目は無い、しかし大事な商品となる奴隷が駄目になる可能性が高い。
そんなリスクを背負いながら移動するほど、奴隷商人はギャンブラーではない。
彼らの多くは悪巧みが得意な策士だ。堂々と人目のある道を通り街の中に侵入するなど容易い。寧ろ、できなければ奴隷商として成功することは無いだろう。
そして、最も多く共通する点が、彼らの殆どが金に目がない守銭奴であるという事だ。
犯罪奴隷ならば恐らく捨てるだろうが、違法に手に入れた奴隷は希少な者が多い。それを森に捨てるなど金をドブに捨てるようなものだ。
まず、勿体ないと考える。
命あっての物種だが、命よりも金銭を優先する奴隷商人は、目先の命よりも先行きの利益を考える。その先で自身がどれだけ儲かる事ができるのか……それが大事なのだ。
よって、私の中からこの森林地帯は選択肢から消えた。
次、周辺の街。
こちらは、セキサイトと比較するとそこまでは発展していない、例えるならば田舎の中にぽつんとあるデパートのような立ち位置にある街だ。
この街の最近の人の出入りを見てみると急激に増えた様子は無く、オークションに参加するような人物らが立ち入った様子は見られなかった。
広い間隔をあけて広がる街の姿を見ても、怪しいものはどこにも見ることはできなかった。
地下に繋がるような場所も無ければ、それらしい仕掛けも無い。
あるとすれば食品庫。異常な程に食品を詰め込まれた倉庫があるくらいであった。
それはそれで別の疑いをかけそうになるが、それはすぐに〈全知全能〉によって解決されたため、私は街から視線を外した。
そして再びセキサイトの風に感覚を戻そうとしたその時、レクトより〈思念伝達〉で連絡が入る。
─王よ、アトラより伝達された情報を元に調べたところ、恐らくアジトとして使われたであろう建物を発見致した。
アトラはしっかりと情報を届けてくれたらしい。
転移魔法を使用して二十秒程で既に帰ってきていた。勿論私は気が付いていた。
─ナイス。他の皆は?
─我もイーラもシーも、ほぼ同時に到着致した。現在すぐそばにおりますぞ。
─…中に入ったりしてないよね。
─イーラが危うく……しかし止めました故ご心配無く。
─気付かれないよう魔力の隠蔽はしてある?
─はい。今のところ気付かれた様子はございませぬ。
─目星を付け確認できるまで中に入らず隠蔽して気付かれないようにする……うん、上出来。イーラ止めたレクトも良くやった。
─お褒めに預かり光栄でございます。ですが、我らには現在気付かれない索敵方法を持ち合わせておりませぬ。それ故に中を探る事はできず……そこで王のお力を拝借する事は可能でありましょうか。
たしかに。土はなんか微妙だし、水や火が中に浮いてたら不自然過ぎるもんね。
─勿論だよ。言い出しっぺは私だ。で、場所は。
─街の東側にある赤褐色の屋根瓦の三階建ての建物でございます。目印として、その周辺に我らが立っております。
─……ああ、見えた。なるほどここね。…少し待て。
─は。
私は風を操り、少し開いている窓から隙間風を装って建物の中に侵入する。
三階から侵入した風は隅々まで風を行き届かせる。三階には誰もおらず、二階、一階もまた同様に人の影は見当たらなかった。
そして、見つける。
─見ィつけた。
地下室への扉。建物にそぐわない厳重過ぎる分厚い扉。
怪しさ丸出しだ。
─入りますかな。
─まだ駄目。もう少し。
扉のほんの少しの隙間からまた侵入する。通路は長く、底が見えない階段をいくつも下っていく。
風で探る前に気配や魔力で調べてみると、地下には両手両足の指の数でも数えられない程の生命反応があった。老若男女問わず、しかも感じ取れる魔力も感じ取れる気配も全てがバラバラだった。
数カ所に分けて纏まりのある気配はおそらく違法奴隷だろう。そこから魔力は殆ど感じられない。感じ取れたのは魔法が使えない程小さい魔力だけだった。それ以外は、まるで封じ込められたように無い。
私は全てを確認するべく、風を地下室全体に広げていった。小さな隙間風のような弱い風を。
そこで最初に聞こえてきたのは、二人の男の会話だった。
「今回は上玉ばかりだな。絶対に高額で売れるぜ」
「混血種も沢山いますからね。お客様を盛り上げて、沢山買ってもらわないと。ああ…今から耳元で金貨が落ちていく音が聞こえます」
「守銭奴ご苦労さまよ〜。しっかし、国も冒険者ギルドも哀れだよなー。王様の知らねえとこで貴族が俺達から奴隷買ってるし、そんな奴も腐る程いるもんだから迂闊に手を出せねえなんてよ。こちらとしちゃ願ったり叶ったりだが……ギヒッ、今なら大声で腹が捩れるくれえには笑えるぜ」
「仕方ありませんよ。爵位は低くとも貴族は貴族。下手に手を出してでもしたら、冤罪をでっち上げられてギルドを潰されかねませんから。たとえ潰されなくとも信用が無くなれば、いくら大陸を跨いで人気のある冒険者ギルドと言えど、大ダメージでしょう。潰れてくれると嬉しいのですが…」
「貴族の領分に手え出せねえ冒険者ギルドなんざあ怖くねえなあ。今はつえー奴はみーんな魔物の方行っちまったからもっと怖くねえなあ」
「ええ、そうですね」
「そういや昨日飛び入りで一個入ってきてたな。…おいそこの下っ端」
「ヒッ、はいっ!!」
乱暴そうな見た目の男は近くを通り過ぎようとした下っ端の男を呼び止め、下っ端と呼ばれた男はビビりながら返事をして止まった。
「 今すぐ商品のリストを持ってこい。あと、影もだ」
「か、影、ですか……?」
「ほら、いつも真っ黒なコートを着ているあの男ですよ。わかりますね?では行きなさい」
「ぅあ、はいっ!」
一見優しそうな見た目の男が命令し、下っ端の男は言われた事を遂行すべくまるで逃げるように走り出した。
そして、走り出してから二分程で男は紙束を携えて帰ってきた。もう一人の漆黒の男を連れて。
「おい影ェ、てめえ勝手に商品増やしてんじゃねえよぶち殺すぞ」
「……申し訳ございません」
「混血種だから良かったものの、さして珍しくない種族のものだったらあなたの事を切り捨てるところでしたよ。まあ商品が多いに越したことはありませんが、今回は許します。次はありません」
「寛大な心、感謝致します」
「その子供、今はどこに」
「同じくらいの年齢の混血種の子供と同じ場所に」
「魔力封印具は」
「付けました」
「よろしい。では警備に戻りなさい」
「はい」
「あなたもご苦労様です。もう通常業務に戻って結構ですよ。しかし、今の会話は忘れなさい。漏らせばどうなるか……わかりますね?」
「っは、はい!し、失礼しますっ」
下っ端の男が見えなくなるのを確認すると、二人はその光景を鼻で笑いながら言った。
「マジで、ああいうのって下っ端感やべえよな」
「同意するつもりはありませんが、なかなかに面白い光景です。まるで猫に怯える鼠…」
「羽虫だろ」
「カエルとか?」
「……鼠のがしっくりくんな」
「ではやはり鼠で」
「……コレなんの会話だよ」
「下っ端の逃げる様についてですよ」
「ああそうだったな」
傍から見ればどこからそのような話題になったのかわからない会話でも、二人の男はそれはそれは楽しそうに話していた。元の話を知れば、逃げ出した下っ端の友人達は顔を引き攣らせるだろう。たったそれだけのことから、どうやってそんなにも楽しそうに会話ができるのか、おそらく理解もできないはずだ。
しかし、そんなことは彼らには関係が無い。他人の評価など、彼らは必要としない。受け入れるのも、踏み込ませるのも、彼らが許すのはただ一人だけだ。
「ここの支部は陰気くせえから早く帰りてえぜ」
「まあ、あと三日の辛抱ですよ。そしたらココもおさらばです」
そして、優しそうな男と乱暴そうな男は互いの拳を押し出して言った。
それはまるで、合言葉のような。
「さあ、始めよう。今宵は宴だ」
「夜の帳はもうすぐ下りる」
「「全てはボスのために」」
「じゃな」
「ではまた後で」
会話の内容からして、影って呼ばれた男がアリエーンちゃんを攫った奴かな。
それに、混血種の子供がまだいるってのも、ねぇ……。
一応確認してみるか。場所も同じような所にあるっぽいから丁度いい。
でも先に影の方を確認しよう。
攫った奴なのか確定してるわけじゃないから、確証が欲しんだよね。
私は先程と同じように風を動かす。基本的に地下には風が吹かない。だから、絶対に怪しまれないように、移動する際にできる風に扮して動かす。
そうして追いついた影は、地下深くまで潜っていた。
そこには、啜り泣く声や叫び声、そして理性を失った途切れる事の無い言葉だけが木霊していた。
「ひっぐっ…うっ、うううぅっ……」
「…………」
影の目の前で、檻の中で泣く子供がいた。
少し前に攫ってきた混血種の子供だった。
その首には奴隷の証である首輪が、その手足には魔力を封印し行動を制限する鎖が伸びていた。
これからこの子供は奴隷として競売にかけられるのだと思うと影は胸が痛んだが、己も奴隷である事を自身の首輪に触れて再確認する。これは、同情であると。
「お兄…さんっ……」
子供が、影に気が付いた。
子供は涙が溢れた目を擦り、そして未だ零れ落ちる涙を拭いながら言った。
「お母様はぁ?何でいないの?ねぇ…何でぇ?手と足が上手に動かせられないよ。魔法も何もできないよ。…わたし、良い子にしてたよ?お母様に会いたいよぉ」
「……」
「うそつき……」
「……」
「お兄さんのうそつきっ…!」
「……」
反論する気は元から無い。
しかし、攫ってきた子供から向けられる言葉の刃は、死にたくなる程強く心を抉った。
だが、命令とはいえ、子供を攫ってきた事は事実である。刃を向けられるのは当然の事であり、それを全て最後まで聞く事が、自死する事ができない、許されない自身への罰だった。
だからこそ、影が思うのはただ一つだった。
「君達が、良いご主人様に買われるように……」
闇オークションに参加するような奴らだ。当然善人など一人もいないだろう。いるのはろくでもない無法者ばかりだ。
そんな中から当たりを当てるなど、自身に隕石が降るくらいの確率だ。
それでも、せめて祈るくらいはと、影は攫ってきた子供一人一人に言葉を送っていた。
しかし、その言葉は泣き続ける子供には届くことはなく、ただひっそりと掻き消えた。
「うっ、うぅっ……ひぐっ、ひっぐ……っ」
影は未だ泣いている子供をそのままにして、足音を立てず、その名の如く影のように暗闇に紛れて消えた。
ヴェニウェルの風は何でもできる……。
我ながら書いていて恐ろしい……。
ブクマ、感想お待ちしております。
読んでくださりありがとうございました。




