弐 転生
「……どこ?」
私の意識が戻った時にいたのは、暗い穴の中ではなくだだっ広い草原の上だった。
体を撫でる暖かな風、青々とした草に色とりどりの花。
一つ気がかりなことといえば、目線が低いということだけだろう。
嫌な予感しかしないのは私だけだろうか。
もちろん、ここには私しかいないのだけど。
「…よし」
意を決して私は自分の姿を確認することにした。
目を瞑りながら手を顔の前に出して、ゆっくりと目を開ける。
「…」
目の前に映った私の手は、人の手ではなかった。肌色の指も皮も無ければ手相もない。代わりにあったのは、薄緑色の鱗と鋭い銀の爪だった。よく見れば全身がその鱗で覆われており、尻尾や翼までついている。
「人じゃ……ない」
なんだこれ。
人じゃないなんて。
あの女神様、人間族にしてくれるって言ってたじゃないか。
これじゃあまるで……。
あ。
「ステータスオープン」
目の前に半透明の板が現れ、私のステータスが表示された。
〈ステータス〉
名前 無し
性別 無し 年齢 0歳
種族 原龍種 嵐風龍・幼体 Lv 1
属性 風 雷 水
生命 600
体力 540
魔力 600
攻撃力 105
魔力攻撃 115
防御力 98
敏捷性 76
幸運 25
耐性 ・状態異常耐性・全属性耐性・天候無左右・寒熱耐性
固有能力
・風の絶対王者・嵐創・天候操作・波起・水の覇王者・雷の覇王者
能力
・成長補正(Ex)・言語理解・鑑定・道具箱・魔力視
「んん!?」
私はもう一度よくステータスを見た。
間違いない。
「無し…」
性別が、変わっていた。というか、無くなっていた。女から無性別とか、どう考えてもないだろう。名前も無くなってる。
全属性魔法適正とかつけるとか言ってたのに風と雷と水になって、適正が耐性に変わってるし。
「どうし……あ」
思い当たるのが一つあった。
あの黒い穴か!?
絶対あれだ!
女神様なぜか途中から怒ってたし、その後に穴が出てきたからそれしかない!
とは考えたものの、どうすべきかはわからなかった。
「……今どうこうやっても、やっぱり無駄だよね…。どうしよう」
ゴロゴロと転がりながら私は考えた。転がるたびに草の匂いがし、豊かな自然を感じさせた。
ソレフィアが言っていたことを思い出した。
『私が創った世界ルゼラヘイムは、緑豊かで綺麗な世界です!』
「確かに、緑豊かで綺麗な世界かも。ここ以外知らないからなんとも言えないけど、少なくともここは綺麗だな」
そう思うと、少しだけ心が軽くなる気がした。
人間族になれなかったことは残念だけど、これはこれでなんとかやってみようかな。
なんとかなる気がしてくるし。
「そうだ、能力とかあるし……ん?能力?」
…能力って、確か魔物が持ってるっていうアレ?
ということは、私は魔物?
『魔物は人間族と敵対するもの達です。安易に近づいたりしてはだめですからね?』
どうしよう。
その安易に近づいたりしてはいけないものに転生してしまっていたのか…。
「……考えるの、やめよう。できることを今やろう。これをずっと続けてたら終わらない気がする。そうだ、気を取り直していこう」
そう自身に言い聞かせ、能力の確認を始めた。
ソレフィアが鑑定の能力を入れてくれていたおかげで、私は自分の能力を鑑定しながらスムーズに確認をすることができるのではないかと考えた。
そしてまず初めに、自分の種族について鑑定した。
[原龍種-鑑定結果]
ルゼラヘイムに存在する龍種の原種であり、この世に四体存在する。
古から存在する龍。
どの龍種、竜種と比べても比にならないほどの強さを持っている。
人間の間では、古代龍とも呼ばれている。
原龍種の種類は、
噴炎龍
幽海龍
嵐風龍
煌土龍
の四つである。
[嵐風龍-鑑定結果]
魔物。
原龍種の一種。
四種ある原龍種の中でも一番の強さを誇る恐龍。
風を操り嵐を呼び寄せ、天候すらも思いのままにする。
別名皇龍、龍王。
宗教化している者の間では、龍神とまで言われている。
[幼体-鑑定結果]
生まれてまもない幼い子供の体。
〈鑑定〉で色々してみると、何故だろうか物凄い寒気がしてきた。
「人間族よりもやばい種族だ。しかも龍種で一番って…」
まぁともかく、種族鑑定はできたんだし能力鑑定もできるでしょ。
能力いこう。
成長補正(Ex)と固有能力に謎なのがあるから、今はそれだけでいいかな。
[成長補正(Ex)-鑑定結果]
レベルアップ時に上がる能力の向上率が10倍上がる。
特に伸ばしたい能力を設定すれば、さらに3倍がプラスされる。
[風の絶対王者-鑑定結果]
ありとあらゆる風を操ることができる。
強い風を吹かせたり無風にもできる。
自身を風のように加速させたり、風に乗ることも可能。
風を読むこともできる。
風から情報を読み取り、その風が吹いた場所で何があったのか知ることができる。
風を使った探知も可能。
この世に一体のみこの能力を持つことができ、持っているだけで風に干渉する。
一定範囲内で所持者より弱いものは、風に干渉、操作することすら不可能となる。(例外もある)
自然系能力の中で一番の権力を持つこの能力は、生物界の頂点を意味する。
・常時干渉・不可能干渉・絶対上下関係・権力剥奪・干渉力略奪・風操作・風起・乱れ風・風力変化・風量変化・風読み・風視・風乗り・風化・風結界・速度上昇・風便り・風探知・風源感知
[嵐創-鑑定結果]
嵐を創り出す。
天候操作と同列使用することで、一箇所に数種数個の嵐を顕現可能とする。
・嵐創・嵐操作
[天候操作-鑑定結果]
天候を操ることができる。
晴れさせたり曇らせたり雨を降らせたりなど、思うままに変更可能。
・晴陽・陰り雲・雨空・豪雪
[波起-鑑定結果]
どのような場所においても、あらゆる波を起こすことができる。
小さいものから大きいものまで、自身が制御している限り誰も波に干渉させない。
波を乱すことで、災害を起こすことも可能。
波の権力者は、どのような波においても干渉させ、操ることができる。
・波の権力者・波起こし・地波・乱波・波読み・視波
[水の覇王者-鑑定結果]
水を操ることが出来る。
水においては水龍以上の干渉力をもつ。
相手が制御する水の力が自身よりも弱い場合、干渉権限を略奪する。
・権力略奪・水操作・水圧変換・水起・濁流・水流読み・水源感知
[雷の覇王者-鑑定結果]
雷を操ることができる。
自身が制御する雷は、誰にも干渉が不可能となる。
相手が制御する雷を、相手が自身よりも弱い場合干渉権限を略奪する。
電気も同等の権力を持ち、雷龍以上の干渉力を持つ。
・権力略奪・雷電操作・雷起・落雷・黒雷・雷視電視・地雷・電導率上昇・雷電源感知
「……これは、女神様が言っていたチートというものでは?特に、〈風の絶対王者〉ってやつ。まるでヨー〇ッパの絶対王政みたい。でも他の固有能力もえげつないなー」
呑気なことを言っているが、ただ事ではないことは私自身もわかっているつもりだ。
それでも私一人しか…いや、私一体しかいないのだから、どうにもできないのだ。
「…飛んでみたいな」
突然私の中に出てきた変な欲求だった。
せっかく翼があるのだ。人間の時では成し得ないことも、この体だったらできるかもしれない。
飛んだらどんな風景が見えるのだろうか。
あの頃はよく鳥になって空羽ばたきたいとか思っていたものだ。鳥が羨ましいと何度思ったことか。食べられるのは嫌だったが。
「まず、動かすところからだよね」
翼の方に神経を集中させて、動け動けと念じるように動かそうとした。
すると、パタパタと翼が動いた。体の内を熱い何かが流れている感じがした。
…これが魔力というものかもしれない。
〈魔力視〉というものを使ってみたいな。
「…能力って、どうやって使うんだろう」
使うぞって思いながら言えばできるかな。
「…〈魔力視〉」
すると、ラメが入ったような七色の光が目に映り、それが膨大な情報として頭の中に入っていった。その情報量を頭が整理できず、猛烈な頭痛として私を襲った。
「っいったぁぁいっ!!!解除解除解除解除!!!!」
頭痛が無くなり、私はものすごく安堵した。
痛かったぁぁ!超痛かったぁぁ!!
何あれ!!
「私の小さい頭では、まだ使い切れないということ…?」
すると、突然近くの草がガサガサと揺れ、半透明な水色の物体が現れた。
プニプニしてるなぁ。
「えっと〈鑑定〉」
[鑑定結果]
種族名 スライム
Lv 2
「ふーん、スライム…」
どうやら、このプニプニしたプリンのようなこれは、スライムというらしい。
なんか可愛いな。
小さい時によくスライムで遊んだっけ。
思い出してふふと笑っていると、頭の中に言葉が響いた。
{能力〈鑑定〉の熟練度がLv1からLv2にレベルアップしました}
{鑑定結果を更新します}
「お!?」
[鑑定結果]
種族名 スライム
Lv 2
生命 12
魔力 2
項目に生命と魔力が追加されていた。
どうやら使えば使うほど、熟練度が上がり能力の能力が向上するらしい。
そこで私は考えた。
あの頭痛に耐え続ければ、〈魔力視〉の熟練度が上がって最終的には使えるようになるんじゃ!?
そう思っていると、スライムがうねうねと動き出したかと思えば、突然体を膨らませて黄色い液体を飛ばしてきた。
「うおっと!」
咄嗟によけた私は、その液体が当たったところを見てみた。草が生えていたそこは、ジュワーと音を立てて溶けている。
もしや……。
〈鑑定〉…。
[鑑定結果]
酸液
酸かよ!でも、心の中で唱えたけど使えたー!
内心ガッツポーズを決めながら、スライムを見て思った。
レベル制って言ってたし、倒せばなんかあるかな。
経験値がもらえるって言ってた気がするし。
とにかく、使える能力は……。
〈風の絶対王者〉の風操作で、なんとかできるかな?
こう…カマイタチみたいな感じで……。
「んぐぐぐぐぐぅ〜っ!」
風を集中させてなんとかまとまりができ始めている。
何も無いところから、白っぽい鎌っぽい何かができ始めている。
も、もうちょいぃぃ〜っ!
そして、形が安定した。
「い、いけぇ!カマイタチ!!」
スライムを風の鎌が斬り裂いた。
パキンという音が聞こえたと思ったら、スライムの体が原型をとどめてなかった。
{経験値を獲得しました}
倒したってことかな?
{能力〈風刃〉を獲得しました}
「ふ、あれ?私、カマイタチって言いながらやったんだけど」
代わりに風刃という名で能力として獲得したらしい。
どちらでも万々歳なのだが。
まぁともかく。
「勝ったどー!」
◯
それから私は、自分の能力を確認しながら四体程のスライムを狩った。
確認していった能力は、どれもこれもとんでもなかった。
〈嵐創〉や〈波起〉に関しては酷かった。
「〈波起─地波〉」
すると地面がまるで波のように上下した。それに驚いたのか、小鳥が木から飛び立っていった。
結構広範囲らしい。
地波というのは、名前そのままの能力だということがわかった。
「でもこれ、私自身は何も影響ないんだね」
そう、地面は揺れても、私には全く影響がなかった。
ただ、やはり周りには多大な影響を与えてしまうようで、止めるタイミングを誤ると地面がうねったまま止まってしまい、木が何本か根こそぎ倒れるという事態が発生した。
それは〈嵐創〉でも同じだった。
「〈嵐創〉」
イメージとしては、暴風とか横殴りの雨だった。実際にそうだったのだが、規模がまるで違った。
花が根こそぎ取られ、木は引っこ抜けそうになり、草は私の周りから全てちぎれていった。
風や飛んでいく物のせいで地面が深く抉られていく所も多々あった。
もちろん私にはなんの影響も無い。
風が強く吹いても飛ばされないし、雨が降っても視界が悪くなることもない。天候無左右という耐性のおかげだろう。もしかしたら、単に術者には影響がないだけかもしれないが。
だとしても、これ耐性じゃなくて無効じゃない?
ドンっと変な音がし、そろそろやばいと思い解除する。
後ろで何か重いものが落ちた音がし、振り返ってみると恐らく風で折れたと思われる木の幹が無残な姿で転がっていた。所々に血がついている。
「…………」
{経験値を獲得しました}
{嵐風龍・幼体のレベルがLv1からLv2に上がりました}
{能力ポイント300が与えられました}
「…能力発動させただけなのに…。きちんと制御できるようになるまで、ちょっと使わないでおこう。……ステータス見よう!」
すぐさま切り替えてステータスを開いた。
せっかくレベルが上がったのだ。
どれほどになったのか知りたい。
〈ステータス〉
名前 無し
性別 無し 年齢 0歳
種族 原龍種 嵐風龍・幼体 Lv 2 (+1)
属性 風 雷 水
生命 800 (+200)
体力 700 (+160)
魔力 770 (+170)
攻撃力 200 (+95)
魔力攻撃 220 (+105)
防御力 171 (+73)
敏捷性 142 (+66)
幸運 32 (+7)
耐性 ・状態異常耐性・全属性耐性・天候無左右・寒熱耐性
固有能力
・風の絶対王者・嵐創・天候操作・波起・水の覇王者・雷の覇王者
能力
・成長補正(Ex)・言語理解・鑑定Lv2・道具箱・魔力視・風刃
「ん!?」
あれぇ!?なんか全部約二倍になってる!
「犯人は…お前だ!成長補正(Ex)!」
おそらくこの能力が私の能力を倍にした。
〈鑑定〉で見てたけど、実際にこうなってるとなんか怖い。
「私のレベルが10を超えた時どうなってんだろう……」
ここに来て初めて不安になった私だった。
◯
神界にて
「どうやら上手く転生できたようだな」
「何を!あなたがやったことは、主神である私の意に反することです!たとえあなたが魔神であったとしても、許されることではないのですよ!?」
ソレフィアの前にいる黒髪の男。
彼は、魔物を管理する魔神アルベリア。
彼はとても勝手な神であり、且つ頭のキレる神であった。
「しょうがないだろう。原龍種の一体である嵐風龍が欠けてしまって、すぐにでも代わりの龍が必要だったんだ。天候の化身とも呼ばれ、龍種最強の彼がいなくなった時、世界のところどころが異変に見舞われていたんだぞ?それを治めた俺は、むしろ感謝されるはずなんだが」
「それとこれとは別です!彼女はそんな事は知りません!それに、今まで苦労してきた彼女に、更なる苦労をかけるなど…!」
「関係無いよ」
「…っ!」
「どんな生き物でも、苦労をしないで生きたものはいない。それは、あなたが最もわかっていることだろう?」
「……」
それからソレフィアは黙ってしまい、悔しそうに姿を消した。それを見ながら、アルベリアは笑いながら言った。
「キヒヒッ、まぁ勝手にやったことは俺も少し謝ろう。詫びに、少しだけ優遇してやる」
パチンと指を鳴らすと、光と共に水晶玉が現れた。
「せいぜい楽しませてくれよ?新たなる龍の王よ」
不敵な笑みを見せながら、アルベリアは水晶玉に映る嵐風龍を見ていた。
読んでくださりありがとうございました。