拾参 怒り
「…っぐ、ま、待て……っ!」
気絶をなんとか耐え、チルティーは痛みを感じながら必死に声を出した。
痛い、頭がぐらぐらする。
肋骨も何本か折れたみたい。
前脚も軽く捻ってるし、左脚もここまでの痛みだともう不能と思っていいでしょう。
全身に走る痛みを堪えながら、体をゆっくりと持ち上げる。そして、立ち上がったチルティーは、ユダのところへ向かおうとするリーボンノを睨みつけながら言った。
「行かせ、ない……この先には、絶対に…!」
勝てないことは百も承知だ。
それでも、ユダ様の所へは行かせはしない!
「そんなに、行かせたくないのか?」
「ゲホッ、当たり前ですよ。己の恩人を無下にするなど私の騎士道に反しますし、何よりそれはユダ様が許さない。もしそんなことをすれば嫌われてしまう、隣に、傍に、居させてもらえなくなってしまうから。だから私は、全力であなたを阻止するんです」
「……一周回って哀れだな」
「何ですって?」
チルティーは、リーボンノが哀れと言った意味がよくわからなかった。
哀れだなんて、言われたことがないからだ。
「あぁ、お前は哀れだよ。いや、お前みたいなやつはみんな哀れだ」
「…哀れなどではない」
「哀れさ、実に哀れだ」
「……」
リーボンノは続けた。
「俺たち魔物は他の魔物なんてお構い無し、自分が助かっていればそれだけでいい。忠誠を捧げるなんてことはしないね。例え従うのなら絶対的な強者だけだ。この世は弱肉強食なんだよ」
「……やめてください」
「それなのにお前はたかだか一人の人間族のためにその命を使おうとしている。それが、俺からして哀れ以外の何があるって言うんだ? えぇ?」
「…やめてください」
「騎士道に反する?獣の血が多く混ざったせいで獣人族にもなれなかった成り損ないの獣族が、一端の人間族みてぇなことしてんじゃねぇよ」
「やめて…」
「その証拠に、獣化しても獣人族は人型を保つが、獣族であるお前は保たれていない。寧ろ本来の姿になっている。そんなんなのに、人間族みてぇなことしてるってわらえるなぁ、おい。ってことはよ、そんなお前と一緒にいるユダってのは、随分と変わった馬鹿なんだなぁ!」
「黙れっ」
チルティーの顔は怒りに満ちていた。怒りを隠すことは到底できやしなかった。自分を悪く言うのは別に構わない。何とでも言うがいい、そう思っている。だが、ユダを侮辱されることだけは、我慢ができなかった。
チルティーにとってユダは、恩人であり、仕えるべき人であり、象徴であり、そして、たった一人の大切な家族なのだ。
「ユダ様を……馬鹿にするな。お前のようなやつが、侮辱していい相手じゃないんだ…!今すぐその言葉を撤回しろ!!」
チルティー自身でも驚くぐらい怒っていた。どんな時でも、演じる時以外は自分の感情を押さえ込んできた。
今までユダ様を馬鹿にする奴なんていなかった。
主をこんなふうに言われると、こんなにも怒りが沸いてくるなんて…。
初めてが多すぎて困るな……。
「ユダ様を…………主を侮辱した罪、その命で償え」
そう言ったチルティーの表情は、怒りという感情を越えて無表情になっていた。
それを見て、リーボンノはゾクッとした。体の中の本能が、小さく危険信号を出している。楽しさと期待だけだったものの中に、小さな危機感が体を走った。
「命で償え、か。はっ!なかなか言うじゃないか!俺が本気を出していると思っているのか!?だがお前はどうだ!本気を出していて俺に勝てないんじゃあ、償えと言ってもお前の手では俺を殺すことはできないぞ!!」
「別に私が殺るわけじゃない」
確かに私の手ではこいつを殺すことは叶わない。しかし、あの方ならば……、嵐風龍様ならばできる!
「私がするのは足止めだ!!」
そう言ってチルティーはリーボンノに突進した。眉間に激突したことで、リーボンノは少々怯んだ。しかし、それをチルティーは見逃さなかった。
「【ビルドアップ】!【パワーステップ】!【テンションアップ】!」
三重に魔法をかけ、自身を強化する。そして、四方八方から超高速での攻撃が始まった。連続での攻撃で、ダメージは少ないもののジワジワと体力を削っていた。この攻撃は、小さい箱の中にピンポン玉を思い切り打ったように跳ねるように、木や地面を蹴り超高速の突進をすることを可能とする、チルティーの最高速攻撃なのだ。更に、高速で所々に着地する時、すぐに方向転換する時に負荷をあまりかけずに、体をしならせることで段々とスピードを速くすることができるのは、チルティーだからこそできる技なのである。
怯みから少し回復したリーボンノでも、先程のよりも断然速くなったこの攻撃を、〈魔力感知〉だけで見極めるのはかなり酷で動くことができなかった。見切り誤れば今の状態よりも酷くなる可能性があったからだ。
賢いリーボンノはすぐに打開策を講じた。そして、すぐに思いついたのが長期戦だった。
ゼネヲアリゲイツとは、元々体力&防御力型だ。リーボンノは加えて攻撃力が強かった。つまり、体力&防御力型であることをフルに使い、チルティーの体力を極限にまで削ってから殺るということを考えた。極めて単純だが、考えるのが面倒になったのでそれに決めた。
しかし、そう考えていたのにチルティーは止まってしまった。
「長期戦にでもするつもりですか?ならば結構。足止めするのに長期戦にしてくれるなんて、都合のいいことこの上ない!あなた、馬鹿ですね」
「んだとゴラァ!!」
「!!」
リーボンノの禁句……「馬鹿」
他人に言うのは別にいいが、自分自身を言われるとカチンとくるらしい。
リーボンノの禁句に触れたチルティーは、渾身の尾の攻撃を見切ることができずに吹き飛ばされてしまった。しかも、その方角はユダの家の方だった。もちろん止まれるなら止まりたいが、それをスピードが許してはくれなかった。
少しでも軌道を変えようと爪を地面に突き立てるが、逆にあまりの速さに爪が耐えることができず、先がボキリと折れてしまいまるで意味を為さなかった。全く速度は落ちなかったのだ。
「砕けろ」
バキバキバキっと木の折れる音が鳴り響いた。チルティーは家にぶつかり、それで壊れてしまった。しかし、何故かその衝撃はあまり無かった。
「うっん?」
「大丈夫か、チルティー」
「っユダ様!?」
なんと、ユダがチルティーのことを受け止めていたのだ。そのおかげでチルティーはあまりダメージが大きくなくなり、家を突き抜けることも無かったのである。
「驚いたな。何かが物凄い速さでこちらまで飛んでくるから何だと思ったら、まさかチルティーだったとはな」
「も、申し訳ございません!」
「無茶するなと言っただろう」
「っ……!」
そのやり取りを遠くから見たリーボンノは、信じられないという目で見ていた。
「あぁ?なんで……」
なんであの男は耐えられたんだ?
俺は思い切りあの戦闘猫を打ったんだぞ。
あそこまで普通にしていられるはずがねえ。
あの男、かなりやる奴だ!
気になって仕方のないリーボンノは、すぐにユダたちがいるところへ向かった。しかし、
「……どうやら時間切れだな」
かなりの数の人間族を探知したリーボンノは、大声でチルティーに向かって叫んだ。
「おい!戦闘猫!どうやらここまでらしい!これは置土産だ!受け取るといい!!」
「な、何を!」
「っ!チルティー下がれ!!」
咄嗟にチルティーの前に出たユダは土の壁を築き防御体制に入った。しかし、土壁は何かの衝撃により一瞬で崩れ去り、ユダとチルティーに直撃した。チルティーはその衝撃と疲労で気を失い、ユダも体に傷を負った。
「……こっちか」
リーボンノはゆっくりとその場を去っていき、その後、人間族の兵たちがユダとチルティーが倒れている家へと入っていった。
──────────
一部始終の全てを見た私は、腹の底から湧き上がる怒りを感じていた。
「ゼネヲアリゲイツ……リーボンノ……!」
こいつが…こいつがユダとチルティーを傷つけた犯人か…!!
私はリーボンノにどう鉄槌をくだそうか考えた。運のいいことに、リーボンノはこの私を狙っている。
その状況を、私は利用することにした。
「向こうが探してんなら、こっちから出てきてやるよ」
「お、おい、今何かしたのか?」
「ん?」
どういうことだ?私、かなりの時間を見ていた気がするけど…。
[〈風便り〉を使っている間は時間が止まります。]
なるほど、私がどんなに長い間〈風便り〉を使っていても、時は進まず停滞したままということか。
都合が良過ぎないか?これ。
いや、今は物凄くいいんだけどさ。
「誰がやったか犯人がわかった。これからそいつを懲らしめてくる。その間、ユダたちを頼む」
返事は聞こえなかった。いや、聞こえなくても彼らがユダとチルティーを守ることを、私はわかっている。
だから、多分言っていたとしても聞かなかったと思う。
「さあ、どこにいるんだ?
愛しい愛しいくそワニ野郎。
チルティーの言葉通り、傷つけた罪はその命をもって償え」
私はそう言いながらゆっくりと、波のように殺気を周りに広げながら歩き出した。
おそらく、後方にいた兵士たちは皆同じことを思っているに違いない。
この竜は危険だ、と。
この時私は思った。
だから私は竜じゃなくって龍だっつーの!!
そして、その殺気は遠く離れたリーボンノにも伝わった。
身を握り潰すような強い殺気は、一体いつぶりなのかと思うほどだった。
「当たり…いや、大当たりじゃねぇかこれは!!」
身の内から溢れてくる闘争心と本能が告げている。この殺気の主は自分が今やって来た場所にいると。
「待つか行くか、二者択一を迫られる中で俺が降す決断は、待つだ」
リーボンノは少し歩き、木の陰に入るとゆっくりと体を休めた。
「嵐風龍には、万全の状態で挑みたいからな」
魔力が移動しない。
「リーボンノは、待つことを選んだか……」
映像から魔力形態を感じ取り、リーボンノの魔力を感知することに成功していた私は言った。魔力形態と言ってもはっきりした形ではない。
発せられる魔力は、一人一人によって違う。糸のように長細い魔力を出す者もいれば、炎のようにメラメラと燃える魔力を出す者もいる。中には修行を重ね、魔力を全く外に出さない者もいる。
リーボンノは泉のように魔力が溢れだしている感じだ。
故に、見つけやすく、驚異であるとも言えるのだろう。
普通はそれほどの魔力をずっと出し続けることは、身体にかなりの負担をかけてしまうのだ。小物の魔物からしたら、恐怖の対象でしかない。
しかし、私からすれば格好の的だ。
「ふふふっ」
多分、今私は物凄く嫌な顔しているんだろうなぁ。
でも、今私がすることは、やることは一つ。
「お前の望み通り、こちらから出向いてやろうじゃないの…!誰を敵に回したか思い知らせてやるよ」
怒りが、体の中を駆け巡る。その力が、能力を強くする。
{能力〈怒りの鉄槌〉の熟練度がLv2に上がりました}
その瞬間、私はリーボンノのいる方角に向けて思いきり飛んでいった。
私はリーボンノと何か話すつもりも、戦うつもりも、ましてや姿を見せることもしないつもりだ。クズ野郎と何かをしても何も無いし、いいとも思えない。
「さあ、生命を貰うぞ…」
そうだな、チルティーのことを水弾でやってくれたようだし、風の弾というのも悪くない。
私はそう考え、風を集めて弾を作り出した。風の操作が上手くなったおかげか、コボルトと戦った時よりもスムーズに作り出すことができた。
そんな風の流れに気づいたのか、リーボンノがこちら向いた。
「気づいたところでもう遅いわ」
〈ウィンドショット〉
風の玉が発射され、リーボンノに直撃した。貫通、とまではいかないが、かなりのダメージがいったらしい。
見ると右脚はぐにゃっとしている。粉砕骨折だろうか。
そう考えていると、リーボンノが反撃してきた。先程見た水弾だった。
「それしか使えないのか…?」
○
やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ!!!!!!
なんだよアレ、なんなんだよアレは!!
思ってたのと違う、想像してたのと違うじゃねぇかよォ!
会ってみよう、しまいには食ってしまおう。そう思っていた頃の自分が馬鹿だったと、リーボンノは今更後悔した。
そういやぁ、昔爺さんが言ってたな。
リーボンノは、不意に幼少期群れの中にいた老いたゼネヲアリゲイツに言われた言葉を思い出した。
「龍には絶対に手を出してはならん。龍の王、つまり原龍種に出会ったら戦わずに逃げろ。それが生き残る術だ」
あの時は軽く聞いていたが今ならわかる。俺は、とんでもねえ物に手を出しちまったかもしれない。
そう考えていると、風の弾が大量に降ってきた。体に直撃する。物凄く痛い。
「だがよ、悪足掻きぐらいさせろぉ!!」
俺様は〈ウォーターバレット〉を放った。そしてそれが、俺様の最後だった。
○
「…随分と呆気ないな。ネームドのくせに、ケンロウよりも弱く感じた。まぁ、特殊では無いからだろうけど。でもレベルは高いはずだよね」
空からピクリとも動かなくなったリーボンノの前に降りると、私はそう言った。
すると、頭の中に声が響いた。
{個体名ヴェニウェルのレベルが一定値に達しました}
{嵐風龍・幼体から嵐風龍・第三形態に進化可能です}
{進化しますか}
は?いつの間にそんなにレベル上がったの?
消していたからわからなかったけど、今私どれくらいなわけ?
テルさーん、ヘルプ!
[個体名ケンロウを倒した時点でのあなた様のLvは既に16でした。進化に必要なLvは50ですが、個体名リーボンノを倒したことでLv50に到達しました。あなた様と比べ、個体名リーボンノのLvは160で約10倍。さらに〈成長補正(Ex)〉、個体名リーボンノがネームドてあることにより経験値が増加。つまり入る経験値は10×10で100倍となり、ネームドを倒すことで得られる経験値10倍が重なり、通常の1000倍の経験値を手にいれました。あなた様は限界突破をしておりませんのでLv50に至った後に余ってしまった経験値がLvに加算されませんでしたが、それは進化後に能力に反映されると思われますのでご心配無く。]
サラーっと凄いことを言っていたが、考えないようにしよう。
考えても無駄だ、進化しよう、うん、そうしよう。
確か残りの形態は一つだ。それを乗り越えた後に、最終形態─つまり、嵐風龍の在るべき姿となれる。
「もちろん進化するとも!当たり前だ!」
{個体名ヴェニウェルの進化する意思を表明}
{確認しました}
{個体名ヴェニウェルを嵐風龍・第二形態から嵐風龍・第三形態に進化します}
これで進化したら、私の体の大きさはさらに大きくなるんだろうな。
あれ?あっやばい、戻んなきゃいけないんだった!
うわあああどうしよ!前はかなり時間くってたよね!?
うわああああああっ!!
この選択をしたことをかなり後悔した私だが、驚くことに今回の進化に時間はさほどかからなかった。
○
マザーレクトは感じた。王の怒りを。
シーギオは感じた。王の悲しみを。
イラプションは感じた。王の行き場の無い心を。
─王が悲しんでいるわ。
─王は何に対して怒っている。
─王は今一人だ。
─王の心が震えた所へ行こう。そこになにか手がかり後あるはずだ。
─わかったわ。
─俺もすぐに行こう。
「何故王は我らの前から消えてしまうのだ。何故その身すら、魔力すら感じさせてくれないのだ。何故その心だけを……」
マザーレクトは、王の天を悲しそうに、まるで、涙を流しそうに言った。
「王よ、我らの愛しき嵐風龍よ」




