壱 異世界へ
とても今更ですが、この話の一部を改稿しました。
以前読んでくださっていた方、もし「うーん、なんかこれ違う」とかあったら申し付けください。
また書き直します。
ある日の放課後、私は部活前に用を済ませに行っていた。
途中で行くのは気が引けるし、何より集中できなくなるから部活に行く前には必ず行くことにしている。
あ、傘忘れた。
そう思った時、ドアの外が少しだけ騒がしくなった。
「出てけ!」
「あんたなんかさっさと消えちゃいな!」
「…………」
ビシャっとバケツの中の水が私にかかる。
懲りないなぁ…。
目の前を去っていく女子を見ながら私は思った。ケラケラと笑う声が扉越しに廊下から聞こえる。
今私がいるところは女子トイレだ。あまり人気がない、特に放課後となれば入る人が格段に減る、人目を忍んで人に嫌がらせをすることができる絶好の場所。
私の名前は永倉奏恵という。高校二年生だ。部活は剣道部で、主将を努めさせてもらっている。
それなりの実力はもっており、未だ負けなしの状態。主将だからか、後輩達にも結構人気だ。もちろん男子からもそこそこ?モテているらしい。
そこで出てくるのが先程の女子だ。彼女らはそんな私に嫉妬したらしく、私がトイレに行くのについてきて、ご丁寧に冷たくなったバケツの水を頭からかけてきた。幸いなのは、水が腐ってなかったことだろう。
「はあぁぁぁぁぁぁ……」
なんて下らないんだ。
典型的過ぎてつまらん。もっとなんかなかったのかなぁ。まあ傘を忘れた私も駄目だな。慣れてきちゃってる。
そう思いながら、びしょびしょの私はトイレの扉を開けた。ぽたぽたと髪の毛から水が垂れるのを見ながら、制服を乾かそうと更衣室へ向かっていると、馴染みのクラスメイトが歩いてきた。
長内優輝という、結構顔が整ったモテる男子……らしい。爽やか系男子とかいう男子と言われているらしく、整った顔と優しい性格で、女子から黄色い歓声が止まないらしい。
彼は私を見てぎょっとすると、小走りで駆け寄って来た。
「永倉さん!?どうしてそんなに濡れてるんだい?」
「別に、頭から水を被っただけ。着替えに行くから大丈夫だよ」
「そ、そっか…」
「んじゃ、この後部活でね」
そう、この長内優輝は、私と同じ剣道部なのだ。
女子更衣室に行くと、室内には隣のクラスの佐原一織がいた。彼女も剣道部の部員だ。
そして、男子からめちゃくちゃおモテになられている。顔良し性格良し頭良しで、運動神経もいいという、いい所だらけのハイスペック女子。
まぁ、誰もそんな彼女に勝てるはずがないので、女子も手の出しようがない。
「あれ?奏恵どうしたの?あ、また変な女子共にやられたの?」
「変な女子という言葉は些かどうかとは思うけど、まぁそうだよ。二人組の女子にやられた」
「はあぁぁ、ホンっト、何がしたいのかしらねっ」
「あはははは……」
濡れた髪を軽く乾かし道着と袴に着替えて、武道場へ向かう途中で後輩に会った。
「先輩先輩!また黒田の野郎が俺の事馬鹿にしてきたんですよ!」
「は?ちげーし、お前が馬鹿だからそのままわかるように言ってやっただけだし」
「んだどぉおっ!」
「はいはいまあまあ、二人とも落ち着きな」
私は二人を宥める。
二人は私の後輩で、騒がしい方が夜栄星陽で、その隣が黒田直。夜栄星陽は剣道部だが、黒田直は野球部だ。
何故二人が一緒に武道場まで来ているのかは知らないが、とにかく騒がしい。
もう少し静かにしてもらえないだろうか。
「今日も一日疲れた…」
「お疲れさま、奏恵ちゃん」
彼女は小学校からの幼馴染の森晴緋。文芸部に所属している。帰りの道が同じなので、毎日一緒に登下校している。
小さい頃から仲良くしてくれる、唯一の友達だった。
「奏恵ちゃん本当に大丈夫?今日も水をかけられたんでしょ?」
「うん、傘をうっかり忘れちゃって。だけど毎回それだけだし、これ以上発展しなさそうだから大丈夫だと思うよ。それに、そろそろ諦めるでしょ」
「…そうかなぁ……。私、なんか怖いよ…」
こんなにいい友達に心配をかけている。
さっさと終わらせなければ。
「あ、赤信号だ」
目の前の信号機が赤になり、晴緋と一緒に止まる。
その時だった。
ドンっ
「!!?」
力強く背中を押された。
その衝撃で、私は青信号になり走り始めたトラックの前に飛び出してしまった。
「奏恵ちゃん!!」
晴緋が見えた。
しかし、その後ろに見えたのは、あの二人組だった。
水をぶっかけてきた、あの二人組だった。
死ね
ざまあみろ
そう二人から言われている気がした。
トラックのクラクションが鳴り、目の前が車のライトで真っ白に染った。
◯
…私死んだのかな…。
辺りをキョロキョロと見回しながら私は思った。
そうだとしたら、ここはおかしいな。
トラックに撥ねられたはずなのに、何故か真っ白な空間の中にいる。さらに視覚も聴覚もハッキリしてて、逆にそれが怖い。
「ははっ、私死んだはずだし、実は死後の世界だったりして」
「はい、あなたは死にました!」
「だ、誰!?」
振り返ると、真っ白なシンプルな服を着た金髪の女性がいた。いわゆる金髪美女だ。
「はい、あなたが住んでいた世界とは別の世界の主神ソレフィアと申します」
「…神様?別の世界?」
「はい!ここは私の空間で、死んだあなたの魂をここに移動させました!」
信じられない。神様って、普通人の前に出てこないでしょ。しかも別の世界ときたか。
……一旦まずは整理しよう。
「でー、その神様がなんの御用様で?何か私が致しましたでしょうか?わざわざ死んだ私の魂を取り寄せてまで」
「たまたまです」
「…は?」
「あなたはたまたま私の目にとまり、可哀想だなぁと思ったので取り寄せました。そしてあなたを転生させることになりました。あなたが住んでいた世界の神にも許可はとってあります」
「……拒否権は?」
「ありません」
ニコニコしながら仰りますね。
その笑顔が少し怖い。
私は不審に思いながらも、渋々その転生とやらに応じた。
私が不安なのを察したのか、ソレフィアが笑いながら言ってきた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、最近の異世界転生なんてチート全開ですから」
「チート…?」
今まで部活に勉強に家の事で、そういう類いのものには一切触れてこなかった私にとって、その単語の意味がわからなかった。後輩や同級生達が話しているのはよく聞くが、半分聞き流しているのはそれが理由だったりする。
頭を悩ませていると、主神と名乗ったソレフィアが説明してくれた。
「まぁつまり、何でもできるって感じです」
「不安しかないです」
「不安なんて、私の世界に行ったら即吹き飛びますよ?」
「?」
「私が創った世界ルゼラヘイムは、緑豊かで綺麗な世界です!魔法もありますし、見目麗しい長耳族や優れた職人の矮人もいますよ!」
「は、はあ」
だめだ、さっぱりわからん。
一応すごいってのはわかったけど。
必死に思案しているが、一向に理解ができない。
「わかっていませんね?」
「……」
「ん?」
「はい、わかりません」
「素直でよろしい」
やっぱり神様って頭の思考読めるのかな…。
まぁ、一通り説明してもらおう。
そこから私は、ソレフィアという女神が管理する世界ルゼラヘイムについて、住んでいる種族や国、お金の単位など、様々なことを教わった。
「知ってます?ライトノベルにある異世界転生ものでは、ここまで行く世界については教えていないものが多いんですよ?殆どが行き当たりばったりなんです」
「じゃあ、ソレフィア様は優しい方なんですね」
「当たり前ですよ。いくら気まぐれであなたを見つけたとしても、ちゃんと対応はさせていただきますから」
…気まぐれって言ったよ。
たまたまだったらまだよかったけど、気まぐれって言われるとなんか……うん。
「では、ひと通り説明は終えたので転生の方へ移りましょうか」
「あ、はい」
「種族は人間族で構いませんね?」
「人間じゃないんですね」
「人間というのは、私の世界では滅びた種族で、それが進化したのが人間族なんです」
「もし私が人間って名乗ったら…」
「大問題ですね」
「……」
人間が滅びた種族…ね。
一体その世界で人間に何が起きたんだろう。
「次に能力ですが、人間族という種族は能力を持ちません。能力を持つのは魔物といった異形のもの達です。代わりに、人間族や獣人、長耳族などの種族は、それぞれ職業の技能が使えます。能力は魔物の特権で、技能は人間族達の特権という事です」
「もし人間族が能力を使っていたら?」
「それは魔人ですね。人ではないので気を付けてください」
「はい、なんとか気を付けます…」
「では続けますね。職業は今決めますか?それとも、後から決めますか?」
「今決めるとどうなるんですか?」
「特に何も変わりませんが、行った時に武器とか決めやすいですよ?」
「……」
少し悩んだが、私は多くを見てから決めたいと思い、後から決めることを選択した。
それからソレフィアは、成長補正と全属性魔法適正をくれた。通常の倍以上の身体能力に魔力、沢山の耐性もつけてくれた。
「常人が10と考えたら、今のあなたは100とか1000くらいですよ?」
「それ、神様的に大丈夫なんですか?」
「問題ありません。あなたに邪な考えは見受けられませんし、何より、あなたは平穏に暮らすことを望んでいますから。そんな方が、わざわざ罪を犯したり世界征服しようとしたりしますか?」
「しませんね」
「でしょう?」
ソレフィア様の言う通り、私は平穏に暮らしたい。
誰にも束縛とか期待とかされず、ただただゆっくりスローライフを送りたいのだ。
私がしないと言うと、ソレフィアはにっこりと笑ってから言った。
「では、これよりあなたを転生させます。向こうに着いたら、“ステータスオープン”と言ってください。そう言えばあなたのステータスを見ることができますから」
「はい、わかりました」
「あなたの良い人生をお祈りしていますね……っ!?」
突然ソレフィアの表情が驚愕のものへと変わり、次の瞬間ソレフィアの表情は怒りに変わった。
体から出てくるオーラのようなものが、優しい色から怒りの黒に変わった感じだった。
「待ちなさいアルベリア!そのような勝手な行為、誰が許したというのですか!?」
「ソレフィア様?」
「ふざけないでください!!これはあなたの管轄では…!!」
ソレフィアが言おうとしたその時、私の下に大きな暗い穴ができた。
当然私はそこに落ちる。
「うわああぁぁぁぁ!!!」
落ちて死んだが、また死ぬのだろうか。
二度目の死が転落死とは笑えない。
上を見上げると穴が閉まり、その空間は真っ暗になった。
「ははっ、異世界怖えー……」
ポジティブ思考で頑張っていこうと、これからは私自身の思うまま自由に生きようと考えていた私の意識は、糸が切れるようにそこで途切れた。
読んでくださりありがとうございました。