チュートリアル4 スキルは忘れずセット
「やぁーー!!!」
「やーー!」
「や〜…」
「矢ぁ〜……」
「あああ〜〜……」
と膝から崩れ落ちるアイ
「なんで〜〜チュートリアルでは当たったのに〜〜!なんで動くの〜〜!!!」
さっきからアイの放つ矢はモンスターにかすりもしない
狙い通り真っ直ぐに飛んでいるのだが相手は勿論、当たりたくないのでテッテケテッテケと駆け回る
俺はというとタンク専用のスキル
バインドアンカーで低レベルモンスターであるワイルドドックを鎖に繋いでアイから一定距離離れた場所でヘイトを取りつつワイルドドックの攻撃を避けながら練習を見守っている最中だ
スキル、バインドアンカーは敵を鎖で繋いで術者から一定距離以上は離れられなくする技である
ワイルドドックとは初期低レベルモンスターだけあってワイルドの名に恥じる程の弱そうな見た目で、俗に言う豆柴が黒くなって目つきだけワイルドになった感じの生き物だ
要するに、絵面的には
目つきの悪い豆柴を鎖に繋いで散歩させている鎧を着た人である
知らない人に見られたら気まずい
知ってる人に見られても気まずい
羞恥プレイ真っ最中な訳なのだが…
急いでいた俺が何故、こんな事をしているかと言うと、依頼人が1時間程遅れるとメールを寄越したからに他ならない
この依頼人ときたら、ちょくちょく遅刻をするのだが羽振りが良い挙句に運も良い
ギャザリングで岩を破ればレア鉱石が高確率で出る
そんな訳で我々も美味しい思いをさせてもらっているので仕方なく時間潰し中で
どうせ時間潰しするならと言う事で練習に付き合っていると言う話しである
勿論まだセントラルにすら着いていない
「…で。」
テッテケテッテケと逃げ惑いながらも懸命に俺に一矢報い様と頑張る豆柴もといワイルドドックの攻撃をかわしつつ
もう1人の問題児に語りかける
「何をやってんだセリカさん?」
ポカポカボカボカと杖でワイルドドックを殴り回すセリカに問うてみる
「何って見てわかるだろ!!!」
まあわかる、
が、
そう言う意味で聞いた訳ではないのだよ
「なんで魔法職なのに魔法を使わねーんだって意味なのだが?」
「なんでって、殴る方が手っ取り早いからだろ!?」
華麗に敵の攻撃をかいくぐりながら14発目の殴打を叩き込んだセリカは、当たり前の事をコイツは何故聞くのだろうと言う表情で俺を見た
なんだ俺が間違っているのか?
そんなはずは無い…はずなのだが…
最後の一撃を受け、やっと殴打の呪縛から解放されたワイルドドックは心なしか穏やかな表情で天に召された
「ふぃ〜」
そう言うと一仕事終えたといった様子でワイルドドックのドロップ品を拾い集め
テクテクとアイの邪魔にならない位置に陣取りセリカは腰を下ろした
「そろそろ変え時か〜?」
杖を取り出し四方からじっくりねっとりと眺める
「ワイルドドックごときに全然ダメージが通りゃしねぇ」
そりゃそうだろう
「なんで杖ってやつは、こう攻撃力が上がらねーんだろな?」
そりゃ杖ってやつは打撃武器ではないからな…
「だいたい刃が付いてないのが悪い…」
勿論、斬属性武器でもない…
「もっとガンガンレベル上げてATK上げねーとな!!!」
野生児かこのヒラは…
そろそろツッコんだ方が良いのだろうか?
「ん!? なんだ?」
俺の視線を読んだのかセリカは不機嫌に睨んできた
「べ!…別にせっかくヒラやってんだし魔法は使うゾ!!! ただアレだ!! 慣れてないから手っ取り早くだな」
「慣れろヒラ…」
「くっ…」
目を泳がせながらセリカは杖で土にカリカリと落書きをしながらムクれている
「そもそもこの溜めってーの?
コレがよくわからねー、なんなんだ?
魔法職って難しくね?」
「溜めが詠唱の代わりだからな
バンバン連射出来たら簡単だろ」
「そりゃそーなんだけど」
魔法職が難しいと感じるセリカの意見はごもっとも何せセリカが先にボソリと呟いた様にこの世界ではロールプレイが崩壊しているからだ
「まあ、俺が居るから多少は楽だろ?」
「チッ…」
渋々と言った様子で舌打ちをしたセリカは
アイに目をやる
ワイルドドックは序盤のモンスターだけあり、素早くはない
アイの弓先は間違いなくワイルドドックをキチンと捉えている
俺自体、弓は未経験で知り合いに弓をメインでプレイしている人間もほぼいない
それほど、弓は難易度が高い
なにせ動く的を射るのだ
動かない的を射る事すら難しい
故に弓道やアーチェリーという競技が成立している
その中でもアイのスジは良い様に見える
矢は真っ直ぐに敵に目掛けて飛んでいるのだ
タイミングさえ合えば当たる程度には惜しいを連発しているのだから
故に…
「妙だな」
セリカはそう呟くと身軽に立ち上がるとアイへと駆け寄った
「セリちゃ〜ん」
「ちょっとメニュー開いてみ?」
しょぼくれた顔でセリカに助けを求めるアイの頭をポンポンと優しく叩いてメニュー画面を覗き込む
ステータス画面を眺めながらなるほどなるほどと1人納得しアイにアレよコレよと指示を出す
「よし!アイ、やってみな」
ああ、なるほど
俺は一連のセリカの行動で意味を理解した
「よーし!」
初心者が陥る典型的なミス
「今度こそ〜」
そのミスさえ無ければアイの腕ならば
「やあぁぁぁあ!!!」
引き絞った弓から放たれた矢は
一筋の線となりワイルドドックに一直線に突き進む
しかし、矢を感知したワイルドドックは向きを変え回避行動をとる
ここまでは今迄通りだが今回のアイの矢は違った
ワイルドドックの回避した方向へとまるで弧を描く様に軌道を変へその体へと突き刺さった
「ぎゃうん!」
矢の痛みで跳ね上がったワイルドドックにセリカの風魔法が追い討ちをかける
「エアカッター!!」
風の刃で出来た斬撃がセリカの手から解き放たれる
ワイルドドックは綺麗に真っ二つになり光の粒子へと変わり消えた
なんだセリカも魔法やれば出来るんじゃねーかよ…
「当たった!当たったー!!」
ハイタッチをし、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ2人を横目に繫ぎ止める相手を失ったバインドアンカーを収めながら話しかける
「スキルだったか?」
テヘヘへと頭をかきながら申し訳なさそうにアイがこちらへやって来た
「オートエイミング Lv1って言うやつセットしてなかったみたいです」
よほど真芯で敵を捉えた感覚が気持ち良かったのか目をキラキラ輝かせながら弓をかまえてみせた
「あれれ〜アイさん?」
セリカがおどけた様子でアイをニヤニヤ見ている
「ぬ!?」
「アイさん…私は、戦闘とか無理だからセカンドライフ中心に楽しむとか言ってたよな〜」
「あはははは…いや〜なんか」
「なんか?」
「血が騒いだ……クスッ」
2人は、そのまま大笑いしながら再度メニュー画面を開いた
俺もアイのメニュー画面を覗き込む
オートエイミング Lv1
攻撃の誘導性UP
パワーショット Lv1
攻撃力補正Lvダメージ
バックアタック
後方回避、弾き飛ばし攻撃
3つのスキルが記載されている
「オートエイミングはパッシブスキルだな」
「パッシブ…スキル?」
すかさずセリカが補足説明を始める
「パッシブスキルってのは、セットしてたら自動で効果が発動するタイプのスキルの事」
「誘導性UPってやつ?
それでさっき矢が曲がったんだ?」
「そうそう、これ以外にも、弓系だと回避力UPとか…特に弓系はクリティカルUPのレベルが上がりやすいから覚えたらセットな」
「えーと…要するに能力が上がるのがパッシブスキルって事で良いの?」
うむうむとセリカは頷きながら
他のスキルを指差す
「残り2つはアクティブスキルって言って簡単に言うと技だな」
「おお!!!」
「さっき私が使ったエアカッターは、アクティブスキルになる訳よ」
「おお!!!……お?」
パァーっと笑顔になったアイが困った顔をしてキョトンとした
「どうやって使うの?」
「え?…ああ…なんちゅーか…使おうって思ったら使える…感じ…かな…」
歯切れ悪いなセリカ…
アイは、余計にハテ?と言った表情で
答えの出ない答えを思案し始めた
仕方ない助け船を出してやるか
「セリカの答えは間違っては無いんだ」
さて、俺は、頭の上にクエスチョンマークが出まくってる彼女に上手く説明出来るだろうか…結局は感性の問題なんだが
「皆んなが使ってるEGGってのは、脳に直接作用して仮想現実を見せてるのはわかる?」
何故かぴょんぴょんと3回程ジャンプしてアイは、うんうんと頷いた
何その可愛い仕草…
「俺も難しいシステムとかは、
わかんねーんだけど、スキルの説明読んだ時点で脳がその動きを理解してるんだよ」
「……ふむ」
セリカが少し考えてから、頷いたのだが
多分この野生児は、今まで感でアクティブスキルを使ってたに違いない…
あの頷きの間は、間違いないだろう…
「だいたいは、最初の一回だけアクティブスキルの名前を声に出したら技が自動で発動して、それ以降は経験として脳で思ったら身体が動くはずだ」
経験者のはずなのにアイと一緒になって頭の上にクエスチョンマークを出していたセリカだが、不意にハッとなって自慢気に腕組みをした
「要するにアレだ!!
自転車と同じだ、一回乗れたら次からは転けないだろ」
良い例えを見つけてご満悦の腕組みだったみたいだ…コイツのバカっぽい単調な思考は少し球を取る猫みたいでアイとはまた違うベクトルで面白い
「や…やってみたい!」
アイは目をキラキラさせて周りをキョロキョロし出した
「じゃあ今度は、ちゃんとスキルをセットしてやってみるか」
「はい!!」
「よし!犬!!私達の盾になれ!!
遅れんなよ!!」
やれやれと思いながらも
初心者さんのワクワクしている表情ってヤツを見るのは、気持ちの良いものだ
「はいはい」
気怠そうに答えた俺だが少し頬が緩んでいるのを感じた