自己嫌悪
家に帰ると毎日思う……良いのかなって……
叶ちゃんと一緒にいると楽しい、忘れてはいけない事を忘れてしまう。
でもその楽しい事は続かない、必ず終わりが来る。
家に入るとスイッチが切り替わる……でもこれだけじゃ駄目だ。
僕は帰るとまず洗面台で顔を洗う。なぜなら浮かれた状態で妹には会えないから。
洗面所の鏡の向こうに、にやけた自分がいる。いや実際にはにやけてなんかいない、でも自分の心がそう見せている。
僕はそれを、その気持ちを無くす為に顔を洗う。
洗うと自分の顔が一皮剥けた気分なる。顔の皮が剥がれ落ちていく様に、気持ちと共に洗い流れて行く、今日楽しかった事が、叶ちゃんの笑顔が流れ落ちていく。
洗った後に再度鏡を見る。鏡の向こうにはいつもの自分がいた。何の変哲もない平凡な顔、何の感情も持たない、いつもの顔がそこにあった……
その顔を見ると一瞬吐き気がする……多分僕はその瞬間嘘をついているんだろう、自分に嘘を……でもすぐに収まる、その気持ちが嘘では無くなるから。
気持ちの切り替え、厳密に言えば嘘なのだろう。授業中から休み時間、休み時間から授業中、仕事や、好きでは無い人と話す時、皆切り替えている、自分の気持ちや感情を……
言葉の嘘、感情の嘘、態度の嘘、様々な嘘がある。
嘘がつけないと言っているが、僕は多分自分の事が正確には分かっていない……
明確に嘘の定義が自分ではわからない、どこまでが嘘かわからない。
叶ちゃんが言っていた、私はあなた以上にあなたの事を知っていると……今日も言っていた「うんわかってるよ」って……叶ちゃんは分かっているのかも知れない……僕よりも僕の事を……彼女は嘘が見抜けるから、僕の事も見抜いている。
僕は彼女が好きだ、いつからかは分からない、付き合おうと言われた時からか、それとも彼女に話しかけられた時か、いや、多分違う、最初に、彼女を初めて見たときから好きになっていたのかも知れない。
でも思う、いや、いつも思っていた。僕は人を好きになって良いのだろうか? いや、それ以前に僕を、僕なんかを愛してくれる人が出来るのだろうか? こんな僕を……僕は人殺しだ、妹を殺そうとした…僕の嘘で妹を、大事な妹を殺してしまう所だった……そして、その妹は今引きこもっている、僕のせいで僕の嘘のせいで……
そう考えると、また今日も自己嫌悪に陥る。
今、僕は毎日が楽しい、こんなに楽しく学校に行ったのは初めてかも知れない。
学校に行けば叶ちゃんに会える。彼女の顔が見れる。彼女の声が聞ける。
彼女の温もりを感じられる。
美しい彼女、綺麗な彼女、可愛い彼女、強い彼女……叶ちゃんは僕には勿体ないくらいの人だ。僕を理解してくれる、こんな僕を好きと言ってくれる。
こんな素晴らしい女性にはもう一生会えないかも知れない。
楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!
彼女と一緒にいることが、僕は楽しくて仕方がない。
でも僕が楽しんでいる間、妹は苦しんでいる……一人自室にこもって泣いている。そう考えると、僕は自分が憎くなる。妹をほったらかしにして、僕は何を楽しんでいるんだと……
しかし……いくら、今、そう考えても、彼女に会うと楽しくなってしまう。嬉しくなってしまう。
一体僕はどうすれば良いのだろうか……彼女と会う度に、彼女と話す度に彼女と触れあう度に、この思いが強くなる。
「彼女とキスがしたい」今日そう言ってしまった。でも、もし今、彼女とキスをしたら、これ以上彼女に深入りしたら、僕はもう戻れない、こっちの世界に戻れなくなってしまう。そんな事が出来るのか? 僕は妹を置いてこっちの、この明るい世界に居続ける事が出来るのか? 出来るわけ無い、妹を置いていくなんて出来るわけが無い。
でもこのままだと、こんな思いのままでいたら、僕は壊れてしまうかも知れない……そうならない様にその時が来たら、僕は妹と彼女のどちらかを選ぶのだろう。
今は間違いなく妹を取る。断言出来る。当たり前だ! でも……でもこれ以上、これ以上彼女と一緒にいれば、これ以上彼女に深入りしたら……一体……
僕は……僕はその時、妹を選ぶ事が……彼女を捨て、この幸せを捨て、妹を取る事が出来るのだろうか……
だとしたら……僕は……