闇と光
木刀から伝わってきた感触に手ごたえはなかった。まるで液体を切ったかのようだった。
先の老人は驚いた様子はなく、ただただ沙紀のことを見ていた。
「気づいておったのか。わしの本質に。」
傷口から闇が漏れ広がるのを、老人は気にもせず、沙紀に話しかける。
「ただの勘だけどね。でもなんか、不思議。その闇は確かにあなたを織りなす本質なのだろうけど、さっきまでのあなたとは別物みたいね。」
「世の中、望むものが手元に来るとは限らん。特に人の欲にさらされるとな。」
老人はそう言いながら目を伏せた。そして右手を身体の正面に持ってくるとそのまま目を閉じる。
「誰もが自身の望んだ姿になれる、そんな理想を夢見ていたのはいつだっただろう。どんなに求めても届かぬもの、それが世の常と言うもの。この闇はわしのものでは無い。人からもたらされたもの、人の負の感情からな。だが、必要とされる以上、黙って滅びることはできん。」
そして、老人がつぶやく。
「顕現せよ。烈火斬」
沙希はこの状況をただ見ていることしか出来なかった。
目の前には私の知らない力が激しく集まり出し、ついにはそれが結晶化したと思われるひと振りの刀が、老人の手に握られていた。
「そんな大層なものまで用意してくれて、感謝の念しか湧かないわ。」
おそらく今の沙希では老人を倒すことは出来ないだろう。それが分かってか、さっきまでの威勢も完全に引っ込んでしまった。それでも沙希は、打開の一歩を見つけるため、会話で時間稼ぎを試みる。
「そういえば、名前を聞いていなかったわね。私は沙希。あなたな」
「零じゃ。では、参る。」
老人が沙希の言葉を遮って言った。
沙希は目の前に迫る刀の腹を叩き落とすことで、斬撃を逸らすことに成功した。その瞬間、地面に叩きつけられた力の反発を利用してか、すぐさま二撃目が沙希に放たれる。堪らず沙希は後ろに跳ぶ。そして体勢を崩しながらも、何とか避けきることができた。
「その強さで、なぜわしに挑む。」
零は刀の切先を沙希に向けながら、問いただす。
刀からは今も変わらず闇の本流とも呼べるものが渦巻いている。
「意味なんてない。ただ、何かすれば変われるかもしてないと思っただけ。理想の姿に。」
「なるほど、ただの愚か者だったか。ならば、もう用はない。」
そう言って、零は刀を振り絞る。鞘はないが、その姿は居合いのそれだろう。
沙希は刀に何かが集まっているのを感じた。それは闇の本流でもなく、むしろ対となるものにも思える。まるで、太陽のようなものを。
知りたい、これが何なのかを。アリシアは、私の好きなようにしなさいと言ってた。それは、今も私の中に眠る神の欠片が、導いてくれるからと。なら、私のすることは決まっているわね。
「でも、どこの世界にも、夢を叶えることができるのは、馬鹿って相場が決まっているわ。」
その刹那、零が振った刀は、物理的に決して届くことの無い距離を駆け、沙希の右腕を切り落とした。
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