本当の出会い
「私、なんてバカなんだろう」
宮沢秋は一人、ため息を漏らしながら言う。
その嘆き声は、静まり返った部屋に音をもたらし、再び静寂をもたらした。
寝室のベットに寝るわけでもなく、ただ茫然と座っている。
微動だにしない身体とは裏腹に、秋の脳裏には先ほどまでいた沙紀の姿が何度も、何度も浮かべられていた。
記憶に残る沙紀の笑顔。
まるで女の子のように顔に花を咲かせ、焼肉を頬張る沙紀の幸せそうな顔。
そしてさっき。
自分の至らなさのせいで、沙紀にあんな顔をさせてしまった。
思いつめるような、言いたいけど、いえない。何かに抑えられているような、そんな顔。
沙紀への罪悪感で、秋は自然と、透明なしずくを、頬にうっすらと流していた。
自分でも驚き、たじろいでしまう。
右手の細い指で、頬に残った自分のおもいのかけらを救いとる。
しずくが右人差し指から流れ、手の平にたどり着く。
手の平の上で部屋の景色を反射させるそれを、秋はゆっくりと、じぶんの宝物のようにやさしく手で包み込み、胸元に寄せる。
深夜一時、誰もいないその部屋で、外に鳴り響くバイクの音すら、たくましく思えた。
部屋に朝日がさし、時刻は早朝六時を迎えようとしているころ、沙紀はベットの上で一人、膝に顔を埋めながら壁に寄りかかって深く悩んでいた。周りの鳥のさえずりも聞こえないほど,真剣に。
「なんて理由で始業式さぼろっかなー」
高校二年生の始業式、学生にとって大切なイベント。これをさぼればきっと担任の不信を買うに違いない。
これを避けるには担任に悟られずに、そして確実に休める理由を生み出すしかない。
今まで聞いたことのないような斬新な奴を。
脳内で十回にも及ばないシミュレーションを終えた後、沙紀は学校の事務室に欠席の旨を伝えた。風邪で休むと。
「今日は何の服着ていこっかな。」
ぼさぼさの頭を鏡で見ながら、窓際のクローゼットを漁る。
四月の冷たさを感じる。反射的に起きる身震いを抑え、窓から身を乗り出し空を見る。
沙紀は地球の空が好きだった。毎日不確定な景色、太陽から散乱した光、一面雨雲に覆われた景色すら、愛おしそうに眺める。
二年前には決して見られなかった絵だ。思い出したくなくても、空を見るたび景色に重なるように脳裏に浮かぶ。皮肉な話だ。己が好きなものを目にしただけなのに、嫌なことも連想してしまうなんて。
「秋さんもそうだったんかなー。」
もし秋さんが自身の身体に自信を持っていたとしたら、あの傷は根深く残っているに違いない。
「可能性はゼロじゃないな。」
昨日の記憶が頭に浮かび、沙紀の心に重く圧し掛かっていた。
「あの人の笑顔、素敵だったな。私なんかよりよっぽど綺麗。」