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 沙紀は駅へ到着するアナウンスによって目を覚ました。電車を降り駅を出ると、目的地の肉屋へと向かう。

そこには小さな行列ができており、主婦や学生、独り身など様々な客層が並んでいた。ここはメインの肉以外にも、様々な総菜を取り揃えている。なかでもコロッケとポテトサラダは安くて美味しいので予約しないと買えないことが多い。

 

 (着いたわよ。今日はステーキでいいわよね?)


列の最後尾に並び、遠目から商品を吟味しながら夜に問いかけた。


 (うむ、肉は我が選ぶ故、お前は付け合わせでも選んでいろ。)


 食い意地が張った子供のような夜に、呆れが隠せなかった沙紀は、静かに溜息を吐きだした。

列が進み、改めてガラスのショーケースに入った商品を見てみると、やはりコロッケとポテサラは売り切れていた。肉の品揃えは店主の好みなのか、牛タン以外はほとんどが国産のものしかない。


 (私はA4のヒレ肉にするけど、あんたはもう決まったの?)


 (我はA5のサーロインにするのである。それとそこにあるポークビッツなるものを所望する。)


 (そう。ポークビッツなんて随分子供っぽいものを欲しがるのね。)


 (子供っぽいなど我には関係ない。直感でうまいと感じたのだ。)


 (へー。獣の勘ってやつね。それよりステーキの厚さはどうするの?私は2センチにするけど。)


 (何を言っている、あの塊一つに決まっておるだろう。)


 (そんなの無理に決まってるでしょ。一体いくらすると思ってんの?あんたも2センチにしなさい。)


 (なっ、今日くらいは記念に奮発してもいいだろうが。これだから人間の小娘はうるさくて嫌なのだ。)


 (そう、1センチが良かったのね。それならそうと言いなさいよ。無理して2センチにする必要はないわよ。)


 (おい!なぜ肉の厚みが減っているのだ。しょうがない、4センチで妥協してやろう。)


 (なに言ってんのよ。あんたは1センチよ。今度からは誰が買ってあげるのか、しっかりと考えて行動することね。)


 順番が来たので店主に注文を告げる。


 「すみません。A4のヒレ肉とA5のサーロインを厚さ2センチで一枚ずつください。」


 「かしこまりました!肉は真空パックには入れますか?」


 「いいえ、大丈夫です。」


 注文を受けて店主がショーケースに飾ってあるブロック肉を、スライサーでカットしていく。カットした肉を木箱に置き、ラップをして袋に入れてくれた。


 「会計が8000円になります。」


 「ちょうどでお願いします。」


 代金と引き換えに商品を受け取り、財布をしまいながら歩きだす。


 (感謝しなさいよね。あんたのも2センチにしてあげたんだから。)


 (うむ、肉の件については感謝しているのである。だがお前は大切なことを忘れている。我のポークビッツはなぜ買わなかったのだ!我はしっかりとお前に伝えたのである!)


 (あ、興味なさすぎて忘れてた。ごめんなさい、夜。)


 (興味ないだと!我はあれが食べたいのだ。もう一回並んで買え!)


 (えー、もうめんどくさいしいいじゃない。ウインナーくらい後で買ってあげるわよ。)


 (面倒とはなんだ、店はまだ近くじゃないか。少し戻って買うくらいどうってことないだろう!)


 (はいはい、分かったわよ。)


 (なんだその態度は。そもそもお前が忘れるのが悪いのだろう、このポンコツめ。)


 今回の件に関しては沙紀の過失なので、あまり言い返さずにまた店に戻る。相変わらず店には順番待ちができている。仕方なく再び列に並び、順番が来るまで待った。以外にも客の流れは速く、あっという間に沙紀の順番が来た。


 「すみません。ポークビッツ300グラムください。」


 「すみません、ポークビッツは、前のお客様で売り切れてしまいました。」


 店主の言葉を確かめるように、ショーケースを見てみると、確かに先程まであったポークビッツがなくなっていた。


 「そうですか、わかりました。」


 (ま、こうゆうときもあるわよ。)


 (お前のせいだがな。ないものをぐちぐち言っても致し方ない。また今度買いに行くぞ、沙紀よ。)


 (分かったわ。それにしても、随分あっさりと許してくれるのね。)


 (我はこれでも神だからな、それに楽しみを後に取っておくのも悪くない。)


 夜と喋りながら人ごみの多い交差点を渡り、再び駅に戻る。ホームはすでに人混みにあふれており、電車に乗る気力を減らしてくる。できるだけ人が少ない場所を探していると、後方車両の並びだけ人が明らかに少なかったのでそこへ向かう。そこには目立つ場所に自殺防止のポスターや注意喚起の貼り紙がしてある。恐らく過去にこの場所で投身自殺を図ったものがいたのだろう。


 (おい、一番前に並んでる小娘、お前の隣の席の奴じゃないか?)


 夜に言われて確認してみると、確かにそこには清水彩香が立っていた。なぜ彼女が学校の隣駅から電車に乗るのか不思議に思ったが、手にぶら下げている買い物袋を見て、その疑問は解決した。

 

 (よく気付いたわね。)


 (この娘は痣を見ることができるからな。生まれつき力に敏感な奴は昔から貴重な存在だったのだ。こやつも昔なら今とは比べ物にならない生活を送ることができただろうに。)


 駅に電車が到着するアナウンスが流れる。その十数秒後に右側から電車が結構なスピードでホームに入ってこようとしていた。その時、スマホを見ていた中年の男が前にいる清水彩香に気づかずぶつかってしまう。その勢いのまま清水彩香は線路の上へ落ちた。その瞬間清水彩香を中心にたくさんの悲鳴や叫び声が響く。電車は既に清水彩香の目と鼻の先まで迫っており、沙紀が気づいた時にはもう間に合わない距離まで迫っていた。己の出せる最大スピードで清水彩香の元へ向かうが、恐らく沙紀でも間に合わない。沙紀が諦めの表情を浮かばせた瞬間、ふと清水彩香と視線が重なる。その顔はどこか悲劇のヒロインのようで、小さな頃からただ勇者に助けられるのを待つヒロインが嫌いだった沙紀の心に炎を灯す。


走り出す、声にならない声をあげながら。沙紀は勇者に助けられるヒロインの話が嫌いだった。己で戦おうとしない、生にしがみつこうとしないヒロインを見て、いつも苛立ちを隠せないでいた。そんな沙紀は、嫌いなヒロインと清水彩香の姿をどうしても重ねてしまう。


 (諦観したような顔して、絶対ひっぱたいてやるんだから!)


 沙紀の想いに神の欠片が共振する。今まで抑えられていた力が、想いを具現化するために溢れ出す。それはまるで太陽のように光を延ばし、しけた顔をした清水彩香をまばゆく照らした。世界から音が消える。静寂が舞い降り、機微の変化すら受け付けない。

 時が止まる。周りのすべてが時間という牢獄に縛られ、一切の動作を禁じられた。これは沙紀に宿る無限の魔力が可能にした世界。今もなお沙紀の身体から溢れ出る魔力は、止まることを知らず、この世界を時間の牢獄へ縛り続ける。それは沙紀に憑依している夜も例外ではない。沙紀は夜と無意識のうちにつながっていた意識の糸が、途切れたのをはっきりと感じた。


 


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