あざ
学校につき自分の教室を遠目からこっそり覗いてみるとそこには知らない先生が教壇に立っていた。梓先生なら言い訳の仕様がなかったが、見た感じ人生を諦めた目をしているおじさん先生だから何とかなるだろう。
「すみません。梓先生と話をしていたら遅れました。」
「そうか。まだ最初のほうだが、分からないことがあったら聞きなさい。」
「はい。わかりました。」
遅刻して教室に入った時とほぼ同じ状況になってしまったが、ここまでくればもう気にしなくなる。
机と机の隙間を通り抜けて自分の席に向かうが、やはりクラスメイト全員からの視線を感じる。席につきふと気を抜くと夜が話しかけてきた。
(それはお前が、人間で言うところの美人という奴だからだろう)
(えっ?あんたどこで喋ってんの?)
(お前の脳内に直接喋りかけているのだ。にしてもここまで注目を集めているのは、少なからず神の欠片とやらの影響を受けているのだろう。なにか知らないのか?)
(私が知りたいくらいよ。確実に知ってる人はいるけれど、私から連絡取れないしね。)
(その知ってる人というのはお前と同じ神の欠片を宿す神なのだろう?)
(そうよ。アリシアと言ってとても美しい方よ。)
(それはお前よりもか?)
(当たり前でしょ。それに私はそんなに美人じゃないわよ。そんなに褒めても夕飯は豪華にはならないわよ。)
(我が世辞を言うように見えるか?一度鏡で自分を見つめなおしてくるといい。謙遜はあまり酷いと嫌味だぞ。)
授業を聞かずに夜と会話していると、隣の席の清水彩香から肩をつつかれた。
「沙紀ちゃん。大丈夫?さっきから話しかけても反応なかったから。」
「ごめん。少しぼーっとしてて。どうかしたの?」
「うん、見間違いかなと思ったんだけど、その左手の痣みたいなの大丈夫?」
沙紀は反射的に左手を清水彩香から見えないように隠す。
(完全に油断したわ。このポンコツ蜥蜴の言うことを鵜吞みにした私が馬鹿だった。)
(おい!ポンコツ蜥蜴といったな?この色白女め。我はちゃんと言ったであろう、只人には見えぬと。恐らくこの娘、生まれつき変な力に敏感なのであろう。それにはっきりと模様までは見えてはいないようではないか。とりあえず白を切っておけ、沙紀。)
「なんでもないわ、少しぶつけたのよ。」
「本当に?すごく痛そうに見えたけど。」
「本当に何でもないのよ。心配してくれてありがとう。」
できるだけ冷静に、そして冷たい口調で清水彩香に言葉を返す。彼女の表情を見るに少し気を悪くしているようだが、これ以上突っ込まれるのは避けたかったので仕方がない。向こうも気を遣ってか、ぎこちない笑顔を作っていた。沙紀はそれを誤魔化すように、右手で彼女の頬を優しくなで、普段ならしないような妖艶な笑みで彼女を見つめた。それに顔を赤くした清水彩香は、少し沙紀のことを見つめ返した後、なぜかプンプンと怒って黒板に向き直ってしまった。
気にしても仕方がないので極力考えないようにしていたが、なんだが余計に気になってしまい、清水彩香のことを授業中何回かチラ見していた。その度になぜかよく目があったが、表情は少し怒っているようだった。そんな彼女に許してほしく、目が合うたびに最上の笑みを浮かべていたら、なぜか余計に怒ってしまったようだ。
(まったく、人間というのはよく分からないわね。)
(お前が言うな、沙紀。)