憑依
「なぜ泣くのだ。」
ただ茫然と涙を流している沙紀に、夜が問う。
「人間はね、悲しいときに涙を流すのよ。」
そんなことは長く生きていた夜は当たり前に知っていたが、知っているからといって納得できるかは別の話であり、到底夜に理解できるものではなかった。だが、よく笑い、よく泣き、よく怒る人間を見ていると、どうしても目で追ってしまう不思議な魅力があり、そんな彼等に似ている部分を自らに見出しては、それが寂しさというものだと夜に教えてくれる人は誰も現れなかった。ただ、そんな気分になった後は不思議と腹が減り、元気が出ないことは知っていた。だから柄にもなく、目の前で涙を流している沙紀を励ますように、優しい音色で声を出す。
「我にはよく分からぬ。やはり不思議な生き物だ。」
「やば、もう休み時間終わってる。悪いんだけど夜、私これから行かなくちゃいけないとこがあるのよ。日が暮れるまでここで待っててくれる?」
「その必要はない。我も一緒に行こう。暇つぶしがてら人間の生活に混ざるのも悪くない。」
「来るって言ってもその見た目じゃ無理でしょ。よく分からない翼を生やした蜥蜴なんて学校に持ってったら笑いものにされた挙句、卒業するまで馬鹿にされるのがオチよ。最悪いじめの対象にされるかもしれないでしょ。」
「我の高貴な姿に何の不満があるのだ!これでも神、溢れ出る神力でどうとでもなるだろう。」
「悪いけどあんたからは何も感じないわよ。むしろ変な匂いしてそうだし。その姿変えられたりしないの?」
「姿を変えられるほど我に力はない。できてお前の身体に取り憑くくらいだな。」
「それって私に変な影響ないでしょうね?」
「そんなのしらん。我もあまりやったことはない故、試してみなければ分からんな。」
平然と怖いことを言う夜に恨みがましい目を向けるが、夜はどこかすっとぼけた様子であった。沙紀はその仕草が癪に障り、夜の翼を両手でそれぞれ持ち、目の前に持ってくる。
「やめろ!何をするのだ!」
夜の抗議には返事をせず、ただにっこりと笑った後、空中へぶん投げた。
「えい!」
「おい!なんてことをするのだ!この野蛮な小娘め!貴様には蚊が寄ってくる呪いをかけてやろう。」
「あんたの翼がただの飾りか試しただけよ。あとその地味に嫌な呪いをかけたらただじゃおかないわよ。」
「貴様がそうゆう態度なら、我もそうしてやろう。あとで後悔するなよ。」
捨て台詞を吐いた夜が何をするかと思えば、なにやら闇のオーラを纏い始め、そして段々と夜自体が闇の塊になったかと思えば、沙紀の身体に纏わりつき、次第に闇が身体に取り込まれていった。その証拠に、沙紀の左手には龍の形をしたタトゥーのようなものが刻まれていた。
「なに勝手なことしてくれてるのよ!」
「なに、取り憑いたらどうなるか我も試してみただけだ。にしてもなぜか、気分が良いな。」
「はあー。まったく、勝手なことするんじゃないわよ。文句は後で言うとして、ひとまず学校へ向かうわよ。」
「了解である。左手のタトゥーは只人には見えはしないだろう。安心するがよい。」
「なんで上から目線なのよ。今のあんたに手が出せないからって調子乗るんじゃないわよ。」
「小娘はうるさくてかなわんな、まったく。」
言葉の応酬に疲れ言い返さなかったが、そのうち痛い目にあわさてやろうと思う沙紀であった。