新たな友
「では我はそろそろ家に帰る。悪くない時間だった。」
「待って、まだ色々と聞きたいことがたくさんあるの。もしよかったらだけど、私と一緒に過ごさない?」
「それは我と友として共に時間を過ごそうということか? 貴様に興味があって話していたが、我はこれでもやることが多い。どうしてもというのなら、何か対価を差し出すがよい。」
情報への対価を望んでいる夜空だが、沙紀が差し出せるものはサンドイッチくらいしかない。取引失敗かと思われたが、夜空の視線がサンドイッチに固定されているのに気づく。
「その対価というのは、食べ物でもいいのかしら。」
「もちろんである。我はこれから食べるものを探しに行こうと思っていたところ。うまい飯を差し出すのなら、少しの間、貴様と共にいるのも悪くはない。」
「よかった。これからよろしくね。私の名前は橘沙紀よ。」
「我は腹が減った。詳しい話は腹を満たしてからでもよかろう。」
「それもそうね。はい、私の一番お気に入りのサンドイッチよ。」
沙紀が渡したサンドイッチを、夜空はベンチに寝転がり、短い手で器用に食べている。
(こうしてみると、めちゃくちゃ可愛いわね。)
「随分器用に食べるのね。」
「人間の食べ物を食べるのはこれが初めてではない。といっても昔ほど貢物があるわけではない故、サンドイッチを食べたのは久しぶりだがな。」
話している間も口を休めることなくサンドイッチを食べていたので、気に入ってくれたのだろう。瞬く間に渡した分のサンドイッチを食べ終え、こっそりと沙紀の分にも手を出そうとする。それに気づいた沙紀は、急いで手に持っている分を口に放り込み、夜空が勝手に食べようとしたサンドイッチを手に掴み、急いで食べ始めた。
「このヒレカツサンドだけは何があってもあげれないわ。今晩はちゃんとしたご飯を用意してあげるから、今はそれで我慢してね。」
「ならばよい。」
口ではいいと言っておきながらやはり食べたかったようで、サンドイッチを見てきたが、気にすることなくサンドイッチを食べ終えた。
先程まで仰向けで横になっていた夜空が、はたと起き上がり身の上話を語りだした。
「我はこれでも神の一種なのだ。といっても沙紀のように神の欠片を宿しはしない、言うなれば現地産の神だがな。この世界の人々の信仰心によって生まれた。我の存在はこの世界の人間によって左右される。我を崇めるものが多いほど、力も強くなれば、そのまた逆もしかりということだ。」
「なるほどね。なんとなくだけど分かったわ。それで夜空は龍のくせにそんな面白い姿をしているのね。」
「夜でよい。時雨はそう呼んでいた。今の我は何もすることができない。我を崇める人間もいなくなり、消え入りそうだった時、たまたまここの神社に辿り着いたのだ。そして神社へ向けられた参拝客の信仰心や願いをかすめ取り、なんとか生き延びていたのだ。たまにくだらない願い事をするものが現れては、暇つぶしに叶えてやったこともあったが、今ではそれすらも難しくなり、ここの小山でのんびりと余生を送っていたのだ。気づいたら3000年が過ぎていた。 我はずっと、ひとりだった。いつもいつも、ひとりだった。」
想像もつかないほど膨大な時間を過ごしてきたであろう夜に、沙紀は涙を流さずにはいられなかった。
それは同情といえば少し無責任で、憐れみといえば悲しく思う、そんな分からず仕舞いの自分の気持ちに、ただただ涙を流さずにはいられなかったのだ。