昼食
目が覚めた沙紀はすぐに学校へ向かおうとしたが、昨日風呂に入らず寝てしまったのを思い出し、やってしまったものは取り返せないとばかりにのんびりと朝風呂を決め込むことにした。
そして沙紀は湯船に顔を浮かべながらステイタスを開く。そこには昨日取得したスキルがちゃんと表示されていた。試しに昨日より小さな白炎を出し、少しぬるくなったお湯の温度を上げるべくお湯の中に白炎を入れた瞬間、水蒸気爆発が起きた。
「なんでこんなことになるのまじで。」
目の前の悲惨な惨状に目を背けるべく、沙紀は風呂場を後にし学校へ向かった。
沙紀が通う高校は普通の進学校であり、特にこれといった特色もないところだ。
校内に入った時は授業中らしく、廊下に出ている生徒は一人もいなかった。沙紀の教室は2年6組であり、教室につくまで何人もの生徒に見られながら進んでいった。
沙紀の学校は毎年クラス替えを行うため新学期となると新しい顔ぶれが多くなり、仲の良かった友達と一緒だったり離ればなれになったりするので新しいクラスに何かと期待することも多い。けれど一年の間にこれといって仲のいい友達がいなかった沙紀にはなんの関係もないことだった。
「今年も無難に過ごせればいいのだけれど。」
そしてたどり着いた教室の扉を開ける。
「失礼します。遅れてすいません。」
「沙紀さん、どうして遅刻したんですか?」
幸いにも新しいクラスの担任は去年の担任と同じ人だった。彼女はいつも皆からあずさ先生と下の名前で呼ばれているので苗字を思い出せないが、とても優しくフレンドリーで生徒から人気のある教師だった。当たりのクラスだと思ってもいいだろう。
「ごめんなさい、寝坊しちゃいました。」
沙紀がそう言うとクラス中が笑い声で満たされていった。けれどその笑い声は、馬鹿にしているようなものではなく、不思議と楽しい気分にさせてくれるものだった。沙紀は去年まで遅刻などしたこともなく、クラスで目立つ存在でもなかったので非常に新鮮な気分だった。
「次からは気を付けるのよ。」
そう言って梓先生は沙紀の寝癖を直しながら、笑って注意してくれた。
「沙紀さんの席は一番後ろの廊下側のとこよ。今は授業で使う教科書を配ってるから、きちんと名前を書くようにね。」
「わかりました。梓先生。」
梓先生から指定された席へ沙紀が歩いてると、クラス全員が沙紀を見ていることに気づいた。男子全員から見つめられるほど美少女という訳ではないのだが、女子全員も沙紀を見つめているため、ただ興味本位で見ているに違いないと結論を出した。
沙紀は自分の席に座ってから、隣の席の女の子に声をかける。彼女はどこか雰囲気がふわふわとしたショートボブの女の子だ。
「これからよろしくね。私は橘沙紀、あなたは?」
「うん。こちらこそよろしくね。私は清水彩香。あやって呼んでね。」
「うん。それじゃあ私のことは沙紀でいいよ。」
クラス替えの後によくある当たり障りのない言葉を交わして沙紀は物思いに耽った。
特に何もするでもなく、ただただステイタスを眺めてボーーっとしていたら昼の休み時間になっていた。
「沙紀ちゃん。よかったらお昼一緒に食べない?」
「ごめんなさい。今日お弁当忘れてきちゃって、購買に行ってくるからまた今度誘ってくれる?」
「大丈夫だよ。購買行くなら急がないとなくなっちゃうからね。」
「えぇ、ありがとう。それじゃあね。」
せっかくのお誘いだったが弁当を忘れたので一緒には食べれそうにない。急いで購買で買ってくれば一緒に食べれそうだが、沙紀は購買の食べ物が嫌いだったのでそのつもりはなかった。
「昨日の夜から何も食べてないからお腹は減っているのだけれど、購買のご飯は食べたくないのよね。かといって学校を抜け出してコンビニに行くにも結構距離あるのよね。」
仕方なく自販機のジュースで済ませようとしてドリンクを選んでいると、背後から何かが飛んでくる気配を感じ、素早く振り向き飛んできた野球ボールをキャッチした。
「すいませーん。大丈夫でしたか?」
「大丈夫よ。はい」
そう言って沙紀がボールを取りに来た男子生徒に投げ返すと、とても女子が投げたとは思えないスピードで飛んでいった。
「えっ?」
頭の横をもの凄いスピードで通り過ぎてったボールにびっくりした男子生徒が驚いて固まり沙紀を見るが、同じく自らの投げたボールに動揺したまま沙紀はその場を後にした。
(さっきのは完璧にレベルアップとパッシブスキルの能力値全補正のせいでしょうね。どれだけ速く走れるかはわからないけれど、これならお気に入りのサンドイッチ屋さんに行くのもありね。間に合わないようだったらコンビニに寄ればいいしね。)
沙紀が人目につかないよう建物の屋根伝いに飛び乗り、サンドイッチ屋に着くまで5分もかからなった。