別れ
零との闘いは終わりを迎えようとし、両者致命傷避けられずといったところ、沙紀の耳に聞こえてきたのはアリシアの声だった。先程までの緊張も抜け落ち、木刀を握っていた握力を弱める。沙紀の額からは汗が滴り落ち、それは頬を伝って木刀に流れ落ちた。触れた瞬間、弾け消えたかと思えば、それは淡く青い光を伴って木刀に吸い込まれた。沙紀はその光景を目にした直後、力尽き、意識を落とす。
アリシアは沙紀が意識を失ったのを確認し、後ろにいた老人に声をかける。
「ごめんなさいね、零。沙紀があなたを殺すことができなくて。」
言葉に似合わず、優しさが、愛情がこもった声を出した。目の前の老人が沙紀に殺されるよう嗾けておきながら。
「いいのです、神アリシア。これは欠片を受け取ったときに承知したこと。今までの代償を払うときが来たのです。欠片を宿すものは自らの死を持ってしか、それを取り出すことはできない。それに、私の身体は頭の先から足の指先に至るまで、現世の闇に浸食されています。私の役目はここまでです。」
先ほどまで零の身体から出ていたオーラは消え失せ、辺りを覆っていた霧が晴れる。まるで、もう終わりだというように。
アリシアは沙紀の容態を確認し、命に危険がないことがわかると、老人に言った。
「今までご苦労だったわね。」
その言葉は別れの挨拶にしては非常に短いものだったが、零の心に強く根張った闇をほぐし、魂に届いた。
零はアリシアの言葉に目を伏せて答え、様々な感情が溢れ出るなか、心を落ち着かせ目を閉じた。
アリシアはそんな零の様子に目を背けることはせず、最後まで向かい合い、静かに腕を振り下ろした。
もうここには神社の影も、永遠に続くと思われた階段すらなく、ただ茫然と佇む老人の死体と、それを悲しげに見ているような鳥居しか残っていなかった。