意志
「ふむ、やはり所詮は小娘か。今の斬撃さえも防げぬとは。」
零は何故か哀しそうに、ただ一人、そう呟いた。
「まじで死ぬわね、これ。」
そう言いながら、先程から痛む右腕の応急処置をしようと見るが、血は流れていない。
「安心せい、ここは肉体に左右されない場所。いわば儂とお前の意志が、魂がぶつかる空想世界じゃ。ここでどんなに体を切り刻まれても、現実世界には影響はない。まあ、身体は無事というだけで、魂が消滅すれば死ぬがな。」
先程までの澄んでた空気はだんだんと、辺り一面に広がる霧に覆われていった。太陽は沈み、月明かりが顔を覗かせる。沙希は周りの変化に緊張感を覗かせながら、零に問いかける。
「空想世界? つまり、さっきの鳥居はその入口だったってわけね。」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。儂はただお前さんを招いただけ。空想世界は魂に依存する、入る入らないはお前さんの意志に委ねられる。それに、お主は混ざっておるからの。現実世界で勝てると思うほど、儂は驕ってない。」
零は沙紀の身体に自身の核の元となる神の欠片に気づいていた。現世に降り立ち、神と崇められている柱たちも、結局はアリシアの代理であり、アリシアと同じ神の欠片を持つ沙紀には、絶対的な強制力を強いられることとなる。沙紀を殺すには、零には空想世界へ持ち込むしか方法はなかった。
「あっそ。空想世界ね、よくわかんないけど、ここなら私に勝てると思ってるわけ? あんたの天狗の鼻も、今日でへし折ってやるわ。」
沙紀は集中していた。先ほど頭に流れてきた少年の技を出すために。右腕を切られた動揺を捨て、全神経に意識を注ぐ。折れた木刀に意志を、己の願いを。英雄になりたい、ただ単純で最も強い思いをのせて。
「神武 壱ノ段 蒼」
沙紀が木刀を振るった瞬間、折れたはずの木刀は元通りに戻り、零に向けて心意の刃を放っていた。
零は目を見張った。いくら意志の力が強かろうと、空想世界ではできることとできないことは存在する。折れた木刀もそうだ。木刀が折れた事実は、零と沙紀がお互い認識していることであり、起きてしまった現象としての拘束力が発生する。木刀が折れたという事実の拘束力は、その事実を認識した者が手練れであるほど、覆すことは難しい。零は言うまでもないが、沙紀に限っては素人同然のはずであり、心意の刃はともかく、木刀の復元は困難を極めたはずなのだ。
「 よかろう、受けて立つ。」
零は沙紀の思いの見極めるため、正面から受けて立つことにした。
「焼き払え 陽炎」
零が放った斬撃は、炎をまとっていない代わりに陽炎をまとっていた。触れるものすべてを一瞬で灰燼に帰す陽炎を。
両者の斬撃はぶつかり合うことなく、一瞬で互いの前に到達した。だが、それが当たることはない。
どちらも致命傷を待逃れないタイミングで、その声は聞こえた。
「そこまで。」