俺は本当に魔法使いなのだろうか
私はバイトの帰り、雨の降るなか自転車を走らせていた。
「バイト前、天気予報は晴れだったんだけどなぁ。」
カッパなんて持ってきてないし、こんなことなら車で送ってもらえば良かったな。
帰りの景色は、雲に反射された光のおかげか妙に明るい。
いつもより雨雲が近くに感じ、私は自分の領域が押し狭められているような錯覚を覚えた。
自転車が水しぶきを跳ね上げ、手についた泥を不快に感じながらしっかりとグリップを握り、スピードを上げる。
田んぼ道を越え、緩い坂を上り切ったところで、踏切につかまった。
時間にしては30秒ほどだが、意識的には結構待った気がする。
踏切が開くと同時に、自転車のペダルに足をかける。すると、突然後ろから車がクラクションを鳴らしてきた。
足を地面につけ、私はすぐに振り向いた。車のライトが逆光になってよく見えないが、私のほうを向いている。
大型ワゴンがゆっくりと近づいて私の横に止まり、助手席の窓を開けながら運転手が言った。
「送っていきましょうか?」
彼女は私の身体を案じるように聞いてきた。
「いえ、結構です。」
失礼のないように、口調に気を付けて言う。
「けど、風邪をひいちゃうわよ?そんなにびしょびしょだと。」
私が自分の格好を見ているときに、彼女が助手席のドアを開けた。
目の前に開いたドアの前で困惑していると、彼女は悪戯っ子のような笑顔で、「乗って。」といった。
彼女の親切に甘えることにしよう。風邪ひきたくないしね。
このまま乗ると車が汚れて申し訳ないので、今着ているバイト先の服を脱ぎ、リュックにしまってあった私服にすぐに着替える。
着替えの途中、彼女にずっと見られていたが、別に気にしてないので何もなかったことにしよう。
彼女の頬がうっすらと赤いのは、きっと踏切の光が反射していたに違いない。
自転車はすぐ道路向かいの小学校の敷地の裏に隠してきた。
明日にでも取りに行こう。
「失礼します。」
リュックを足元に置き、ドアを閉めた。
「自転車、のせてけばよかったのに。じゃ、出発するわよ。」
少し車を走らせ、大通りの信号で止まったとき、家がどこか聞かれた。
家の住所を答えるか、近くの店まで送ってもらうか迷ったが、家の住所を答えた。
さすがにこんな人が、個人情報を悪用したら、この先誰も信じていけない。
ナビで住所を検索し終え、信号が青に変わり、家路につく。
運転中、彼女の横顔はどこか悲しげで、虚ろな目をしていた。
さっきまで、そんな表情してなかったのに。なにか辛いことを思い出したのだろうか。
「なにかあったんですか?」
私は家の前で、車から降りることなく、彼女に問いかけた。
「いいえ、何もないわ。.....なにも。」
「嘘です。何か悩みがあるんでしょ?」
私がそう言うと、彼女は少し黙考した。
「そうだ。今日のお礼になにか願い事をかなえてあげる。」
彼女を励ますように、明るいトーンで話しかけると、彼女は吹っ切れたように笑いだす。
「それじゃぁ、お金が欲しいわ。」
なんて欲求にストレートなんだろう。私は否定の意を込めて、お金は努力して稼がないと価値がない、と彼女に言い、何か他の願い事はないか聞いた。
「なんでもいいの?」
悪戯をする子供のような表情で聞いてきたので、「ええ、私は世界でたった一人の魔法使いですから。」と言った。
彼女は盛大に吹き出し、腹を抑えながら笑いこう言った。
「じゃぁ、彼氏が欲しいわ。一人じゃ寂しかったの。」
私はキョトンとした。世界一の魔法使いとして彼女の願いをかなえられないのは、魔法使い失格だ。
けれど、相手が人間となると、さすがの私でも無理がある。惚れ薬は....
私が様々な方法を考えていた時、いいアイデアが閃いた。
「それじゃぁ、あなたの願いをかなえましょう。目を瞑ってください。私が目を開いていいというまでは、開けちゃだめですよ。」
おれはどこかの劇団員のようなノリでピエロを演じた。
「目を開けてください。あなたの目の前には、高校生の彼氏がいます。」
私がふざけ半分で楽しんでいるのを見て、彼女は口元をにやつかせたが、すぐに真剣な顔に戻り、私の目をまっすぐ見ていった。
「キスして。」
「えっ。」
予想していない反応に驚き、思考を巡らせる。彼女の顔は、真剣そのものだし、笑ってもいない。唇は桃色で、すごく柔らかそうだ。
最初はためらったが、流れに任せることにした。助手席から身を乗り出し、ゆっくりと顔を近づけていく。
唇があと数ミリといったところで「冗談よ。」と彼女が言った。
どうやら一本取られたようだ。私はあっけにとられ、そのままじっとしていると、彼女が唇を重ねてきた。
それ自体は、小学生がするようなキスだが、唇が重なっている時間は長かった。
私は目を開け、まじかで彼女の顔を見る。
まつげが長い。なんてきれいな肌なんだろう。近くで見ると、彼女の肌は初雪のように白く感じられた。
私が目を開けていたのに気づいたのか、彼女もゆっくりと目を開け、私を見つめてきた。
そして腕を伸ばし、私の手をとり、指を絡めた。それに答えるように、体重を支えていた右手を身体の後ろにまわして、細く柔らかい胴体を抱き寄せる。あまり意識してなかったが、抱き合ってはじめて、胸が大きいのに気づいた。
それから二十分ほど経ち、私がゆっくりと唇を離すと、彼女は名残惜しそうな、悲しげな表情を見せたがすぐに笑い、「このあと..でもどう?」