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神能人離エール  作者: 葉玖ルト
21/22

21話:度を超えた悪戯 5

「それからよ。わたしと憬ちゃんが共に行動を始めたのは」


 状況を聞いて、口を結ぶ。それと同時に、今の今まで追いかけ回していた僕が、心底バカに思えた。

 確かに理解していなかったのは僕だった。

 ロキがいなければ今頃、黒木はずっと病院から抜け出せなかったことだろう。


「あ、あの、薄」

「……黒木?」


 あの無口な黒木が、自分から声を掛けてくれた。


「せ、先生に……助け、求めた、理由」


 言葉がもつれて要点が拾えない。

 見かねたロキは、重い足取りで立ち上がり浮遊をすると、黒木に近づいた。


「大丈夫よ、憬ちゃん」


 優しく背に手のひらを添え、大丈夫、大丈夫と何度も呼びかけ、緊張をほぐしていた。


「薄、先生に助けを求めたのは……ロキの力が、皆に被害を及ぼすと思って」


 そこでやっと、黒木の真意を知ることができた。


「いっ、今、思うと! へ……変だよな。誰にも見えないのに」


 黒木はそこまで言い終えて、何度か息をつく。

 なんだよ。最初から話し合えていれば、何も争うことなんてなかったじゃないか。

 東雲さんを巻き込むことも、なかったんだ。


「てふふっ。約束通り、その猫ちゃんの姿を戻してあげるわ」

「本当だな?」

「ええ、このロキちゃんに誓って、嘘偽りはないわよー」


 ロキは木の枝が散乱した地面の上で踞る、猫の東雲さんに触れる。

 特に念を込めることはなく、その作業は一瞬で終わった。


「はいっ、これで日が昇ったらもとに戻るわ」


 その言葉の後に続いて、ロキは手錠を掛けられるような動作で、両腕をくっつけてエールに差し出した。


「ほら、量産型ちんちくりん。このロキちゃんが憬ちゃんを離れて戻ってあげるって言うんだから、感謝しなさいよ」


 悪戯神の言葉に、エールはむっとしながらも、覚悟を決めて言い放つ。


「ロキ! 仕方ないですから、神能人離のレパートリーに加えてやるのです」

「……え?」


 ロキも耳を疑ったのだろう。エールを見て、僕を見て、再びエールに視線を合わせる。

 一泊をおいて、悪戯神は夜空の星をも穿つ声で叫んだ。


「はああああッ!?」


 ロキの声が、僕達にしか聞こえない木霊になって返ってきた。

 今まで誰にも信用されていなかったからこその、歓喜の声だったのだろう。けど……。


「あんた達! バカにするのもいい加減にしなさいよ!」

「本気だって!」

「嘘をおっしゃいな! あんたに憑依した暁には、悪戯で暴れ回ってやるからね! 憑依しなくても、暴れ回ってやるんだからね!」


 耳たぶを叩く早口。興奮ゆえにこちらの声が聞こえていないようだ。

 ロキの肩を抑えて、なんとか制止させる。しばらく僕に対して突っ掛かってきていたロキも、先の戦闘の疲弊からか、やっと身を落ち着かせた。

 一方のエールは、身をもじもじとさせて何かを言いづらそうにしている。


「あのなのですー」

「なによ、量産型ちんちくりん」


 ……せっかくロキを加える決断をしたというのに、今度は何なのだろうか。その理由はエールの口からハッキリと伝えられた。


「契約を交わすのは構わないのです。けど、契約をした瞬間、今まで振り撒いた災厄は効力を失うのです」


 エールの言葉と同時に、ロキは先の興奮が嘘のようにしらけた。


「じゃあいいわ」


 ロキは唐突に、言い放った。


「選ぶのです、ロキ」

「決まってるじゃない。わたしが何の為に憬ちゃんといると思ってるのーー守るって約束したの!」


 二人の間に再び亀裂が走る。

 腕を組んだままそっぽを向いて、唐突に契約を拒み始めたロキ。悪戯神を後ろに、聞こえないようにエールに問う。


「エール。ロキはどうして急に断ったりなんか……」

「幸。ロキに体を治癒する力なんてないのですよう」

「……つまり?」


 わずかに、黒木の呼吸が乱れる音がした。


「契約した場合、残るのは人々に振り撒いた幸福だけなのです。災厄は契約と同時に浄化されてしまうのです。

 黒木憬が元気でいられるのは、果たして振り撒いた幸福のお陰でしょうか?」


 問題形式で、エールは僕に問い返した。

 そこでやっとのこと、ロキの心情を理解する。

 ああ……ロキが黒木に振り撒いたのは災厄。

 脳を騙すという、災厄だ。


「黒木憬を丈夫にしてくれる神様が代わりにいれば、別の話ですけど」

「わかった。じゃあ、神能人離で奇跡を起こせば……っ!」


 神を憑依して、どうにか黒木を救えないか。エールにそう提案するも、小さな神様は首を横に振る。


「エールの能力はあくまでもその瞬間を幸福に導くためにあるのです」

「……契約と同じで、憑依が切れた時点で奇跡も消えるってこと?」

「なのです。エールは神様の御霊のほんの一部……なので力も神様には到底、及びません」


 エールは申し訳なさそうに、言葉を続ける。


「万能な力なんてこの世に存在しないのです。都合のいい能力にはリスクが伴うものなのです。

 リスクのない奇跡を浴びた人間は……いずれ自壊します」


『お役に立てなくて申し訳ないのです』

 エールの謝罪に、僕は胸がズキズキと痛む。僕は今まで、神能人離の能力について……これこそ神の与えた奇跡だと、勝手に喜んでいた。

 小さな神様の言葉は、能力に溺れ、夢酔いしれかけていた僕を現実へと引き戻す。


「神様は、全てを受け入れ自制できる人間にだけ、力をお与えするのです」


 エールが言葉を終える時、僕はロキの方に首を向けた。

 あの戯けていた悪戯神が、こちらの方を見ることなく苦悩している。このままロキを放置してもいいのだろうか?


 また悪さをするかもしれないという悪い想像よりも、ロキが神に消されてしまうという事実が僕の心を締めつけた。

 どうすればいい。僕はどっちを救えばいいんだ。

 頭の中がぐるぐると掻き乱され、混乱に頭を抱える。途端、黒木の声が森の中にゆっくりと沈んだ。


「ロキ」

「……憬ちゃん」


 黒木はロキに対して、自らの口で告げた。


「もう、いいんだ」

「ダメよ」


 黒木の一言が何を示すのか、それを改めて説明しなくとも……この場にいる誰もが理解できた。


「今まで、楽しかった」

「……やめてよ」


 聞きたくないと、うずくまって土の上で握り拳を作る。


「ロキに会えて、その数週間だけでも……夢が叶えられた」

「ふざけないでッ!!」


 ロキの耳をつんざく大声に動じず、黒木は言葉をやめない。


「ロキは俺に、人間らしい普通の生活というものを教えてくれた」

「違う、違うわ。わたしは憬ちゃんの具合を完治させてあげられない役立たずなの!」

「だから、もういいんだ」


 喋り、続けた。

『え?』とロキから悲しげな声が溢れる。


 ロキは震えたまま、地面に四肢をついた。これが黒木の選択で、ロキとの唐突な別れとなる。

 黒木がロキの背を軽く撫でる。帽子を目深に被る隙間から垣間見えたのは、無感情の中に浮かんだほんの少しの愛情に満ちた眼差しと、ほんの少しの……頬を伝う雫だった。


「エール、だったっけ」

「はい、なのです」


 澄んだ空気を胸いっぱいに取り込んで、黒木は自身の言葉を紡いだ。


「――ロキを、よろしく」


 黒木から発せられた言葉に、エールは小さな首を二回、縦に振った。

 その間も、ロキが何かを発する様子はなかった。


 エールが悪戯神の体にそっと触れる。やがて悪戯神は淡い光に包まれた。それはどんどんと膨らんでいく。

 

 ――瞬間、目が眩むほどの光が闇夜に煌めき、弾け飛んだ。


 あまりの眩しさに、僕は足をよろめかせた。弾けるように飛び散った光の粒子は、星々に負けじと辺りをキラキラと装飾した。


 湿った土の匂いが辺りに膨らむ。


「……契約、完了なのです」


 エールの言葉が、どさりと重々しい音と重なった。

 ロキを契約したことで、黒木に掛かっていた奇跡が解けたのだ。


「うっ……はぁ、はっ――」


 ハッとする。息絶え絶えに胸元を掴んで苦しそうに倒れ込む黒木。僕は慌てて救急車に連絡した。

 整備された山道まで、黒木を抱え運ぶ。黒木の手のひらからはべったりと汗が滲み出ていた。

 今に消え入りそうなほど、細い息を幾度となく繰り返す黒木を背負い、僕は静かに唇を噛み締める。

 奥歯の軋む音が、僕にだけ聞こえた。


 木々に反射した赤い点滅が、星明かりを食っていく。

 やがてやってきた救急車の担架で運ばれていく様子を、ただ見守っていた。


 その夜、僕の耳にこびりついたのはーー激しいサイレンだった。




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