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神能人離エール  作者: 葉玖ルト
2/22

2話:不幸系男子、告白します~恋に障害はつきもの~前編

  ――翌日、僕はエールと一緒に登校した。


「なんでついてくるんだよ!」

「いいじゃないですか〜、私と幸の仲なのですよ!」


 いつ僕が、着いてきていいなんて言った!?

 エールは僕の肩の上にちょこんと座って、足をぶらぶら揺らしている。

 この羽虫め。


 それでも、誰一人として振り向かない。

 まるでエールの存在そのものが、世界から切り離されているかのように、日常は流れていく。


(……僕以外には見えてないのか?)


 そんな疑問を抱えたまま、学校の門をくぐった。


 非日常に取り残されたような、当たり前の風景。

 友達に声をかけられても、先生に話しかけられても、どう見たって“異質な存在”が肩に乗っているのに、誰も気づかない。


(うわぁ、これじゃますます僕がヤバいやつじゃん!)

「ゴー!なのですー!」


 僕の心労なんてどこ吹く風で、エールは相変わらず元気だった。


 いつものように、いつも通りに淡々と流れていく時間。

 いつも通りの授業が繰り広げられる教室で、僕は神能人離という能力のことを頭の中でぐるぐると考えていた。


(神様レンタルかぁ……いったいどんな力なんだろう?)


 楽しみ半分、不安半分。

 なにせ、あの騒がしいだけの神様・エールの能力だ。嫌な予感しかしない。


「暇でずー! 暇暇ー!」


 机に突っ伏して騒ぐエールを横目に、僕は誰にも聞こえないようにため息を吐いた。


 そんな一日も、いつの間にか終わりを告げるチャイムが鳴る。

 僕がすぐに席を立ち上がると、元気を取り戻したエールが裾を引っ張りながら声を張り上げた。


「幸、行くのですー! 愛の星が待っているのですよー!」

(少し黙ってろ!)


 急かすエールの指示どおり、僕は呼吸を整える。

 よしっと気合を入れて、東雲さんに声をかけようと彼女のそばに歩み寄った。


 下校の準備をするために、せっせと鞄に教科書を詰める彼女。

 周りが置き勉派の中で、なんて真面目なんだろう。

 やっぱり彼女は、真面目で――現代の天使だ。


「あ、あの、あの、東雲さん!」

「……?」


 僕の声に合わせて、振り向く東雲さん。

 その瞬間、長い黒髪がふわりと揺れた。

 シャンプーの香りだろうか。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 何もかもを見透かしてしまいそうな、澄んだ黒い瞳に――僕は心を打たれた。


「どうしたの? 薄くん」

「え? あ、あの、い……」


 緊張で、まともに声が出ない。

 頑張れ僕……!

 自分に言い聞かせながら、震える拳を強く握りしめる。


「あ、あのっ! 今から、屋上にきていただけませんか!?」


 い、言ってしまった――!!

 一世一代の大勝負!!


 緊張で呼吸が乱れ、心臓の鼓動がどんどん早まっていく。

 彼女の返答はまだない。

 やっぱり、僕みたいなやつは告白する資格なんてないのか……?


 そう思いかけた、その時。


「うん、わかった」


 優しい声色が、僕の全身を包んだ。

 たったそれだけで、胸が勝手に舞い上がる。


「ほ、ほほ、本当でしゅかっ……噛んだ……」

「すぐ行くから、待っててね」


 彼女は春の陽だまりのような微笑みで、にこりと笑った。


「ま、待ってますから!!」

「あー! 幸、待つのです〜!」


 彼女に念押しするような一言を添え――

 僕は理性を置き去りにして、屋上へ全力疾走した。




 ――屋上。


 僕は改めて呼吸を整えて、東雲さんを待った。


「ほ、ほんとに……ほんとに大丈夫なんだよな?」

「まっかせなさいー、なのです!」


 自信満々に、ない胸を張って得意げに言うエール。

 ……もうツッコむ元気すら出ない。


 緊張で手が汗ばんでいるのが分かる。

 明らかに挙動不審になっている自分を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返した。


 そうしているうちに、屋上の扉が開く。


「ごめん、待った?」


 その一言に、大きく首を横に振った。


「では、始めるのです!」

「う、うん、お願い……」

「……薄くん?」


 エールと話す僕を、不思議そうに見つめる東雲さん。

 やばい、これじゃ本格的に“痛い人”だ。


「あ、いやっ、なんでもないんだ! ……その、あの……」


 焦りながらも、エールの力を信じて言葉を引き延ばす。

 僕を背に、エールがぶつぶつと難しい言語を呟き始めた。


 その声は、いつもの明るさが嘘のように低く冷たい。

 空気が一瞬で張り詰め、風すら止まった。


「人を離れて、神よ来れ。彼の者に実りし果実を与えん――

 我が弓受けしは恋の成就! 神能人離じんのうじんりロミエル!!」


 決め台詞のように叫び、エールが僕の背中に軽く体当たりしてくる。

 瞬間、眩い光が僕の体を包み込んだ。


 暖かい。

 不思議な感覚が、首筋から腕へと流れ込んでいく。

 心臓が一度、大きく跳ねた。


(……これが神の力か)


 次第に、手の中に光が形を取り――

 淡い暖色の弓と矢が現れた。


 それは、僕にしか見えない。

 けれど確かに“在る”と分かる。


(これを彼女に向けて放てば、恋が……叶う)


 神の意が、心に響く。

 僕は深く息を吸い込み、弓を構えた。

 足を前に出し、弦に光の矢を添えて――。


「東雲さん! 実は前から、僕は――」


 ――今だッ!!


『カーッ!!』


 頭上で甲高い鳴き声が響いた。


「……うぎゃ!?」


 黒い影が視界を横切り、背中をかすめた。

 その瞬間、体の中の光が霧のように抜けていく。

 弓矢は天に還るように、粒子となって消えた。


「か、かーらーすー! ですっ!!」


 エールの悲鳴。

 次の瞬間、僕の腕が地面に引っ張られるように重くなる。


「うわっ!? な、なんだよ!」

「カラス! カラス嫌ああ! エールの敵! 黒い悪魔ぁぁ! 気持悪いのですーっ!」

「痛い痛い! 引っ張るなぁっ!」


 小さいくせに馬鹿みたいな力だ。

 全体重で僕の腕にしがみつき、離れようとしない。


「え、えっと……薄くん? ど、どうしたの……?」


 東雲さんが、まるで珍獣を見るような目で僕を見つめている。

 そうだよな、彼女から見たら――

 “何もない空間に向かって暴れるヤバいやつ”だ。


(マズい、誤解される! このままじゃ終わる!)


『もしかして』

 東雲さんが小さく口を開いた。


「薄くん、鳥使いだったの?」

「鳥使いってなんですか!? 課金でジョブチェンジできますか!?」


 純粋すぎる瞳で言い放たれ、ツッコむことすら忘れた。


「がーらーずーっ! 嫌ああ!」

「わかったから、もたれ掛かるなぁ!」


 ……混沌。


 そのとき。


『ぼとっ』


 嫌な音が、した。

 恐る恐る腕に視線を移すと――白い、なにかが付着していた。


「うわああああっ!?」


 絶叫。

 よりによって、カラスのフンだった。


 世界はなんて不条理なんだ。


「き、気持ち悪い……」

「からすー、からす嫌なのですぅ……びえーん!」

「わ、わかったから腕を離してぇ!」


 どうしてこうなったんだ。

 恋を叶えてくれるはずの神様に、まさか邪魔されるとは。


 泣きじゃくるエールを抱えて、僕は東雲さんに一礼して踵を返そうとした。


「……薄くん」


 その声に、足が止まる。


「ご、ごめんなさい。なんだか今日は色々あって、気分が悪いので帰ります。本当にすみません」


 恥ずかしさで顔を上げられない。

 視線を逸らしたまま、ただその場を離れようとする僕に――


 東雲さんは、そっと歩み寄った。

 そして、フンのついた僕の腕を取る。


「え……?」


 自分のハンカチで、優しく拭ってくれた。


「ふふっ、帰ったら洗濯しなきゃね。ハンカチじゃ取れないっぽいし」


 ――天使だった。


「き、汚いですよ! わざわざ、フンなんて!」


 それも、自分のハンカチで。


「いいのいいの、気にしないで。それより、薄くんは大丈夫なの? 腕、痛がってたみたいだけど」


 それは全部、エールのせいだなんて言えるわけがない。

 彼女の優しさに、顔が勝手に熱を帯びた。


「ぼ、僕の方は大丈夫です」

「そう、よかった。それで……話ってなに?」


 ――この状況で、話を聞くの!?


 でも、それが彼女の魅力なんだ。

 誰にでも優しく、まっすぐで。


「い、いえ、もういいんです。その……また今度でも」

「うん、いいよ。明日は学校お休みだし、お昼でいい?」

「……はいっ!」


 結局、恋の弓は放てなかったけれど。

 結果的に、僕は彼女と少しだけ距離を縮めることができた。




 ――その日、僕はるんるんと下校する。

 いつもの、不幸を抱えて。


「大体、いつもどこから湧いてるんだよ、お前は!」

「わん、わんっ!」

「幸、何を遊んでいるのですか? 楽しいですか、犬との追いかけっこ」

「遊んでない! エール、お前の能力で犬を追い払えないのかよ!」

「えー、そんなちゃちなことに能力を使いたくないのですー」


 エールは鼻で笑い、肩をすくめてみせた。

 ……こいつ。

 僕は小さくため息をついて、視線を近所の河原へと向ける。


 川は自治体でしっかり手入れされており、ゴミ一つない綺麗な水が、緩やかに流れている。

 だけど僕の目を引いたのは、別の光景だった。


 制服姿の黒髪の女の子――東雲七さん。

 彼女は川面を見つめ、どこか悲しそうに立っていた。

 その隣には、背の高い男の人の姿がある。


「……あれは」


 なぜ、あんな顔をしているんだ?

 放課後の屋上で話したときは、あんな表情じゃなかったはずなのに。


「……考えても、わかるわけない、か」

「わんっ!」

「どおっ!?」


 気づけば、犬が全力で体当たりしてきた。

 僕はあっけなくコンクリートに転がる。

 投げ出された鞄に顔面を強打し、世界がぐるぐると回った。


「やれやれ、なのです」


 呆れた様子でエールは、僕を一頻り嘲笑う。

『先に帰るのです』と言い残し、ひらひらと空へ飛び去っていった。


 ……帰ったら、しばいてやる。




 ――翌日のこと。

 僕にとっての、最大の悲劇が訪れた。


 昨日見た男のことをエールに相談すると、

 『私の能力があれば大丈夫なのです、えっへん!』

 と、いつになく偉そうに胸を張っていた。


 でも、僕の胸に浮かぶのはひとつの不安。

 ――あれ、彼氏じゃないのか?


 告白すらしていない僕には、確かめる資格なんてない。

 けれど『彼氏持ち』という最悪の仮説が、何度も頭の中で反響する。


 だから僕は“約束の時間を再確認する”という名目で、彼女に電話を掛けた。


 ぶつっ。

 独特の切り替わる音とともに、彼女の透き通った声が耳に届く。


『なあに、薄くん?』

「し、東雲さん……」


 その声だけで、心臓が跳ねた。

 電話越しなのに、鼓動の音が届いてしまいそうで怖い。

 こんな天使みたいな子と話していいのは、きっと“彼氏”だけなんだ――そんな卑屈な考えが胸を刺す。


『もしかして、会う約束の……話?』

「え、はい」


 彼女の声は昨日より低く、静かだった。

 まるで何かを隠すように、少し間を置いてから口を開く。


『……急用が出来ちゃった。ごめんなさい』

「え?」

『また誘ってね。本当にごめんなさい。じゃあ――』


 ぶつっ。


 短い通話音とともに、繋がりが途切れた。

 僕はしばらくスマホを握ったまま、何も考えられなかった。


 心が、ずしんと沈んでいく。

 期待という名の風船が、ひとつ破裂した音がした。


 ふらふらと立ち上がり、リビングに投げ出していた布団へと潜り込む。


「どうしたのですかー? まさか電話越しにフラれちゃいましたか? きゃはは!」


 エールの声が、今だけは耳障りだった。


「……あれ、幸、本当にどうしたのですか?」

「……もういいや。エールに頼ろうとした僕がバカだった」

「へ?」


 そう呟いた僕は、ただ現実から逃げ出したかった。

 考えれば考えるほど、悲観の泥沼に沈んでいく。


「今日の約束、断られたよ。それに昨日見た男……東雲さんは、やっぱり彼氏持ちだったのかな。うん、あんな可愛い子に彼氏がいないわけないよね」

「そんなの、まだわからないですよー」

「わかるよ! だって彼女は、他の男の告白を断ってるんだ! それが何よりの証拠じゃないか!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 エールの言葉が慰めだとわかっていても、どうしても抑えられなかった。


 エールは一瞬黙り込み、それから小さく息をついた。


「わかりました。では――本当に彼氏かどうか、調べにいきましょう」

「……調べる?」


 まさかの返しに、思わず顔を上げる。


「そうです! もしかしたらまた、彼女があの河原にいるかもしれません!」

「……その根拠は?」

「犯人は現場に戻るといいますからね! けーじさんも言ってました!」

「一昔前の刑事ドラマの見過ぎだよ……」


 布団を被り直し、エールをにらむ。

 もうエールなんて信じない。――そう思ったのに、

 その無邪気な笑顔を見ていると、不思議とどうでもよくなってくる。


「ね、外に出るのです」

「……うん」


 ほんの少しだけ動いた足。

 本当にあれが彼氏だったのか、確かめたいような、知りたくないような。


 それでも僕は、促されるままに再び河原へと向かった。

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