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神能人離エール  作者: 葉玖ルト
2/22

2話:恋に障害はつきもの 前編

 ――翌日、僕はエールと一緒に登校した。

 どうやら僕以外の人に見えていないらしく、何度か友達に声を掛けられるも誰一人としてエールの存在に気づいた者はいなかった。

 いつものように、いつも通りに淡々と流れていく時間。いつも通りに授業が繰り広げられる教室で、僕は神能人離という能力について頭をいっぱいにしていた。そもそも、どういう能力なのだろうか。

 楽しみの反面、あの騒がしいだけの神様エールの能力なだけあって不安が残る。

 そんな一日も、いつの間にか終わりを告げるチャイムが鳴る。

 僕はすぐに席を立ち上がると、エールの指示通り勇気を持って東雲さんに声を掛けることにした。

 下校の準備をするために、せっせと鞄に教科書を詰める彼女。周りに置き勉が多い中、なんて真面目なのだろう。やっぱり彼女は真面目で、現代の天使だ。


「あ、あの、東雲さん」

「……?」


 僕の声に合わせて、振り向く東雲さん。振り見向いたと同時に、その長い黒髪が揺れた。

 シャンプーの匂いだろうか、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。何もかもを見透かされてしまいそうな澄んだ黒い瞳に、僕は心を打たれた。


「どうしたの? 薄くん」

「え? あ、あの、い」


 緊張して、まともに声が発せられない。

 頑張るんだ、僕……!

 言い聞かせながら、震える拳を強く握りしめ、言葉を振り絞った。


「あの、今から、屋上にきていただけませんか?」

「うん、わかった」


 あれ……。

 案外、あっさりと承諾してくれたものだ。告白を断るにしても、まずは必ず相手の指定した場所へ赴く。なんて天使なんだ!

 

 東雲さんと話す僕を、恨めしそうに見る周りの男達の目線がとても突き刺さったが、今の僕はそれだけで勝ち誇った気分だった。




 ――屋上。そこには、エールがすでにコンクリートの床に腰を降ろして待っていた。


「遅いですー」

「ご、ごめん」

「もうかれこれ、十分は待っていたのですよ」


 そう言いながら、頬を膨らませる。十分も待てないのか、この神様は。


「では、始めますよ」

「う、うん、お願い」

「……薄くん?」


 エールと話す僕を、不思議そうに見つめる東雲さん。

 いけない、これでは僕がただの痛い人じゃないか。


「あ、いや、なんでもないんだ。……その、あの」


 僕を背に、なにやら難しい言語をぶつぶつと呟いて、呪文を唱えるエール。その声は、あの自由奔放なエールからは想像もつかないほど冷たく低い声だった。

 いくらか呪文を唱えると、僕にしか見えていないであろう眩い暖かみのある光を放ち、エールはやっと僕にでも聞き取れるような言語で決めゼリフの如く叫んだ。


「人を離れて、神よ来れ。彼の者に実りし恋を与えん、我が弓受けしは恋の成就! 神能人離! エロース!」


 エールが僕に軽く体当たりするように触れる。すると眩い光が僕に降り注いだ。

 変な感覚だ。暖かみのある力が、僕の中に流れ込んでくるのがわかる。

 次第に、僕の体がその神に呼応するかのように心臓が一度ほど、ばくんと激しく鳴った。

 溢れ出る感情。僕が僕でないような不思議な力を得て、今ならいけると疑心が確信に変化した。

 ふと首筋から手に掛けて流れ込んでくる暖かい感覚は、腕を伝って優しく輝く弓矢を生み出した。

 僕の中に沈む神様が訴えている気がした。これを彼女の胸元に撃ち込めば、恋は必ず成就するだろう、と。


 どうやらこの弓自体も、彼女の目には映っていないようだ。

 よし。エロース、だったよな。まずは弓を構えて……。

 神の意のままに、背丈ほどはある大きな弓を前に構えた。

 ぐっと足を前に踏み出し、暖色に光る矢を弦に添えて――。


「薄くん……どうしたの?」

「東雲さん! 実は前から、僕は――」



 ――今だッ!!



『カーッ』



 恋の弓矢を放とうとした瞬間だった。

 一つ、僕の言葉を遮るかの如くカラスが頭上で鳴いた。 


「……うぎゃ!?」


 カラスが僕の背を横切った。背後でエールが奇声を上げる。

 その瞬間、術が解けたのか僕の体から何かが抜けたようにスッと、軽くなる。生み出された弓矢は天に還るように、光の粒子となり空へと消えていった。 


「か、かーらーすー、です!」


 僕の腕が、地面に引っ張られるように持っていかれる。エールが全体重を僕に掛けて、掴んだのだ。

 小さい割には物凄い力だ。引き上げようとしても、態勢を戻すことができない。


「うわ……! エール、ちょっと、やめろよ!」

「からす、からす嫌ああ! エールの敵! ゴミ漁り常習犯、気持悪いですー!」

「痛い痛い、痛い! 引っ張るなあ!」

「えっと、薄くん? ど、どうしたの……?」


 慌てる僕を、東雲さんが変態を見る目で視線を凝らしている。彼女から見たら恐らく、カラスが僕の背で暴れて尚かつ、不自然に体を打ちつけている不可思議な現象にしか見えないだろう。

 まずい! これではただの変人という印象で終わってしまう。僕の恋が、こんな形で終わってしまう!


「え、いえ! なんでもないいんです、東雲さん。あっははは」

「からすー、嫌ああ!」

「わかったからもたれ掛かるなあ!」


 途端……ぼとり、と耳障りな音が聞こえた。僕は冷や汗を掻いて、息を呑む。

 恐る恐る、視線を掴まれていない方の腕にずらした。

 白い、なにかが付着している。東雲さんを横に、僕は絶叫した。


「うわあああ!」


 そう、カラスのフンだ。


「き、気持ち悪い……」

「からすー、からす嫌なのです、びえーん!」

「わ、わかったから腕を離して……」


 どうしてこうなったんだ、と嘆きたいのはこっちだ。あぁ、恋路を叶えてくれると言われて期待してみたけれど、まさか神様に邪魔されるとは思わなかった。

 こんなことになるなら、声を掛けない方がよかった。嫌われる方がよっぽどつらい。

 彼女は、そんな一人で騒いでいるにすぎない痛すぎる僕に、困惑した表情で声を掛けた。きっと、哀れに思っているのだろう。


「……薄くん」

「ご、ごめんなさい。なんだか今日は色々と、気分が悪いので帰ります。本当にすみません」


 エールがこんな状況というのもあるけれど。なにより恥ずかしさでいっぱいになって、僕はこの場から一刻も早く逃げだすことに専念した。

 泣きじゃくるエールを抱え、彼女に一礼をして踵を返す。


「薄くん!」

「……はい」


 放心状態な僕は、ただ無気力に口を開く。

 あぁ、笑われてしまうのかなあと被害妄想まで勝手に描いて、顔を伏せる。

 彼女は僕に小さく微笑みを返してフンのついた腕を取り、自らのハンカチで拭った。


「え……?」

「ふふっ、帰ったら洗濯しなきゃね。ハンカチじゃ取れないっぽいし」


 彼女は僕の想像を遥かに超えて、優しかった。紛れもない、良い子だった。


「き、汚いですよ! わざわざ、フンなんて、拭いて」


 それも、自分のハンカチで。


「いいのいいの、気にしないで。それよりも、薄くんは大丈夫なの? 腕、痛がっていたみたいだから」


 それは大方エールのせいだと、彼女には口が裂けても言えない。僕はその天使のような優しさに、にやけそうになる顔を振り払う。


「ぼ、僕の方は大丈夫です」

「そう、よかった。それで、話ってなに?」


 彼女は小動物のような動きで首を傾げて問う。可愛い……。体がどんどんと火照っていくのを感じた。


「い、いえ、もういいんです。あの、後日またお会いできませんか?」

「うん、いいよ。明日は学校、休みだからね。お昼でいい?」

「……はいっ!」


 エールには邪魔をされたけど、結果的に僕は、彼女と親しくなることができた。


 


 ――その日、僕はるんるんと下校する。

 いつもの、不幸を抱えて。


「大体、いつもどこから湧いているんだよ、お前は!」

「わん、わんっ!」

「倖、何を遊んでいるのですか? 楽しいですか、犬との追いかけっこ」

「遊んでない! エール、お前の能力で犬を追い払えないのかよ!」

「えー、そんなちゃちなことに、能力を使いたくないのですー」


 エールは顔を歪め、吐息混じりに嘲笑う。

 ……こいつ。

 僕は小さくため息をついて、ふと視線を近所の河原に移す。

 川は自治体でしっかりと手入れされており、ゴミ一つない綺麗な水が緩やかに流れている。

 そんなことよりも僕が目についたのは、ある後ろ姿だった。うちの制服を身に包んだ、黒髪の女の子……東雲七さんだ。

 一体どうしたのだろうか? そう疑問を抱かせるくらい彼女は川をぼうっと見つめ、なんだか悲しそうな表情を浮かべていた。

 その隣には背丈の高い、男の人の姿もあった。


「……あれは」

「わんっ!」

「うお、くるなってば!」

「もう、相変わらず犬と戯れて楽しそうですねえ」

「だから遊んでるんじゃないんだってば!」


 心配を抱える余地もなく、僕は追ってくる犬から逃げた。

 そんな中で、なんとか彼女の状況、気持ちを汲み取ろうとする。

 なぜ、彼女はあんなにも悲しそうだったのか?

 少なくとも放課後、あの屋上で話をした時はそうでもなかったと思う。


「……考えても、わかるわけない、か」

「わんっ!」

「どおっ!?」


 犬に、全身を使った体当たりを繰り出され、僕はコンクリートの地面に転がった。

 投げ出された鞄の上で、顔面を激しくぶつける。そのまま気力もなく茫然と突っ伏した。


「やれやれです」


 呆れた様子でエールは僕を一頻り嘲笑すると「先に帰るのです」という言葉を最後に飛び去っていった。

 帰ったら、エールをしばいてやろう。



 ――翌日のこと。

 僕にとっての、最大の悲劇が訪れた。

 エールに昨日の男のことを相談すると「私の能力があれば大丈夫なのです、えっへん」と随分偉そうな口振りで、胸を張っていた。


 僕は思う。あれは彼氏じゃないのか、と。

 実際まだ告白したわけじゃないし、彼氏持ちだったとしても十分にありえてしまう。それを踏まえると、他の男子生徒からの告白を断るのも納得できる。

 だから僕は『東雲さんに会う約束の時間を再確認する』という理由を口実に、彼女に電話を掛けた。

 ぶつ、という電話独特の何かが切れるような音とともに、彼女の透き通った声が僕の耳に届く。


『なあに、薄くん?』

「し、東雲さん」


 彼女の透き通った声が、僕を高鳴らせる。

 あぁ、電話越しでも緊張する。心臓の音が電話の先に届いているのではないかと思うほど、うるさく鼓動した。

 それだけ彼女と話すことはおこがましいことなんだと、常々思う。

 こんな天使のような子と親しく話をしていいのは、彼女を射止めた彼氏だけだ。


『もしかして、会う約束の……話?』

「え、はい」


 彼女の声は、僕の声色を窺うような言い方だった。声質も、昨日までの明るい彼女の姿はなく、人が悲しい時に吐く落ち着いた冷たい声をしている。


『……急用が出来ちゃった。ごめんなさい』

「え?」

『また、誘ってね。本当にごめんなさい、じゃあ』


 ぶつ、と切れる音と共に、僕と彼女の音声は絶たれた。

 僕はわけがわからず、心がずっしりと重くなったのを感じた。突然のキャンセルに、何をする気力も湧かずふらふらとリビングに投げてあった布団の中へもぐった。


「どうしたのですかー? まさか、電話越しにフラれちゃいましたか? きゃはは」


 冗談でも今の僕には言ってはいけないことを、エールは堂々と口にした。


「……あれ、倖。本当にどうしたのですか」

「もういい、エールに頼ろうとした僕がバカだった」

「へ?」


 お門違いだと思っていても、僕はエールに八つ当たりをした。

 どころか、悲観して思考停止しようとする僕がいた。


「今日の約束、断られちゃったよ。それに昨日見た男……東雲さんは彼氏持ちだったのかな。うん、あんなに可愛い子に彼氏がいないわけがないよね」

「そんなの、まだわからないですよー」

「わかるよ。だって彼女は、他の男の告白を断ってるんだよ? それが何よりの証拠じゃないか!!」


 思わず、エールの発言に激怒する。

 それが八つ当たりだろうと、今の僕はそれだけ沈んでいるのだと理解してもらいたい。

 ――エールなりの慰めだったのだろうけど、僕はさらに顔を埋めた。


「わかりました」

「……」

「では本当に彼氏かどうか、調べにいきましょう」

「……調べる?」


 エールの言葉に、僕は問い返す。


「そうです、もしかしたらまた、彼女があの河原にいるかもしれませんよ」

「……その根拠はどこから」

「犯人は現場に戻るといいますからね」

「一昔前の刑事ドラマの見過ぎだよ」


 布団を身に包み、エールを見る。

 もうエールを信じない。そう悟ろうとした僕だったけれど、エールの無邪気な姿を見ていると、そのことすらどうでもよくなった。


「ね、外に出るのです」

「……うん」


 本当にあれが東雲さんの彼氏だったのか、もう一度真意を確かめるために、いるかどうかもわからない河原に向けて促されるまま足を踏み出した。


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