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神能人離エール  作者: 葉玖ルト
13/22

13話:占い結果は不幸な一日 前編

「良かったのですー、黒木憬がシロってことだけでもわかって」

「あぁ、後はその悪さをしている神をとっちめてやれば!」

「そう簡単には行かないと思うのですが。でもでも、私もあの子には聞きたいことが山ほどあるのです!」



 ――出会いは突然だった。



「……ん。エール、あれ見て」


 学校への行き道。いつもの河原の側を経由するルートで登校している時のことだった。

 普段と何ら変わらぬ日常に、少しだけおかしな光景が飛び込んだ。


 謎のベールで包まれた女性が、ひっそりと道の脇にいたのだ。無駄に煌びやかなテーブルクロスが敷いてある机に、姿を映し出す澄んだ湖のように綺麗な水晶を置いている。

 手をかざして意味不明な呪文を唱えているが、まさか……あれが占い師というやつか?

 初めてみた……。


「占い、ですね」

「占い、だなあ」


 明らかな不審者に、誰も近づかないのか。通る人の皆が皆、視線を真っ直ぐに、占い師を無視して通り過ぎている。

 これは近づいてはダメだ。僕にもわかる。

 口元に手を当て、サササとさり気なく目の前を通り過ぎようと――。


「ちょっと。そこのお兄さん」

「ひっ!」


 ……呼び止められてしまった。

 何で僕なのか。間が悪かった、そういうことか!

 僕はただ、普通の高校生でいたいだけなのに……っ。


「今日の運勢。あなたは知りたくないですか?」

「知りたくないです! 僕、そういうのに興味ないんで! じゃっ」


 うわあ、不審者だ、不審者。

 僕が言うのもなんだけど、絶対に関わっちゃダメなやつだ……!

 とにかく急いで逃げよう。鞄を抱えて顔を隠しながら、足を速める。


「お兄さん、待って、待って下さいってば」

「……!?」


 ――あれ。この占い師、いつの間に?

 僕は無視して通り過ぎた……はずだった。

 しかしこの占い師はあろうことか、僕の前に立ち塞がるよう鎮座している。占い師は先の状態のままで、机と占い道具を前にしていた。


「ひ、ひええ」

「占ってあげます。怖くはありませんよ」

「いや、十分に怖いから!」

「ではいきます」

「人の話を聞けぇ!!」


 僕の心からの叫びが、お天道様に響き渡る。


「幸、幸! そんなに声を荒げたら……」


 ふと、エールの声で我に返り、周囲を見渡した。

 道ゆく人たちがしきりにこちらをちらちら見ており、ざわついている。

 ーー『えっ、なに?』『見ちゃいけませんッ!』

 僕は心の中で涙を流した。


 そんな僕をよそに、占い師は今日の運勢を占った。勝手に。

 目の前の占い師は、聞き取れない速度で詠唱を繰り返し、水晶に手をかざし念を送る。僕は何を言っても無駄だと悟り、静かに様子を見守った。


「きえええええい!」

「ひっ!」

「出ました、占いの結果……」


 びしっ。机の下に置いてあった伸ばし棒のような物を取り出すと、目の前の不審者は人様を指す。


「あなたにはとんでもない不幸が……訪れるでしょう。今日一日は、下手な行動は凶と出ております」

「な、なんだって!」


 それっていつもと変わらないような……。


「ほほう、これはこれは」


 まだあるのかよっ。


「帽子を深く被った青年……おや。この黒い霧は」

「な、なんだよ」

「きええええええい!」

「ぎゃあっ」


 節目、節目に声を上げる占い師に腰を抜かして、尻もちをついた。

 なんなんだ、この占い師は!


「彼に近づくなかれ。お心当たりがあるのでしたら、声を掛けない方がよろしいかと。

 彼から黒い霧のようなオーラが感じられます。これは負の意識、とても禍々しい気を表しております。

 もし近づかれた場合、あなたにこの世で最も恐ろしい災厄が降り掛かります」

「さ、災厄……?」

「それは精神を意味するのかもしれないし、肉体を意味するのかもしれない」

「え……?」

「……今日一日は、十分な配慮をなさって。お気をつけて」


 なんだ、この占い師は。

 僕は咄嗟に立ち上がり、逃げるように立ち去った。


 ……と、やっぱり気になって後ろを確認してみる。

 ――しかし今のは幻か、すでに誰もいなくなっていた。

 さっきの帽子を深く被った青年って、どう考えても黒木だよな。どういう意味だ。さっぱり訳がわからない。


 ――『それは精神を意味するのかもしれないし、肉体を意味するのかもしれない』


「今の言葉、気になりますですねー」


 エールは僕の横を羽ばたきながら、顔を覗き込む。

 本当に、なんなのだろう?

 わかるのは、ただの不審者じゃなかった、ということだけ。


 黒木に近寄るなーーその言葉が、胸の内にしこりのように残っていた。


「今日も張り切って学校に行くのですよー!」


 この能天気に憧れるよ……。

 



 ――校庭

 校門を通り、僕はいつも通りに登校する。

 なんだ、何も起こらないじゃないか。あの占い師、僕を脅そうとしたな。大丈夫、僕は不幸なことに慣れているからな!

 占い師の言った不幸がどんな物かはわからないけど、ドンとござれってやつだ!



「あばっ――!」



 突然、地面が抜けた。

 落ちていく体、目に映るは大口を開けて待つ地上の姿。


「……っててて。あたっ」


 穴の入り口からパラパラと砂が降り注いできた。

 お尻が痛い。あの不審者が言っていた不幸とは、コレのことだろうか?

 なんて地味な不幸なんだ……。

 ぐうっ……。誰だ一体、こんな悪戯をするやつは!


「なんだ、薄かー」

「熊を落そうと思ったのに、まさかお前が引っかかるなんてな。行こうぜ」


 どうやら僕のクラスメイトが落とし穴を作ったらしい。当初の予定は熊を落すつもりが、僕が引っかかることになった。それは即ち、熊の運が良くて僕の運が悪いということ。


「倖、早く行かないと学校に遅れちゃいますよー!」


 穴から飛び出てぴゅーっと去って行くエール。

 僕の体の一つすら心配してくれない羽虫に、怒りを覚えた。


 




「おは……わわ! どうしたの薄くん! 砂だらけじゃない!」


 東雲さんは僕の体をはたいて、砂を落してくれた。

 もう、彼女の優しさに触れているだけで落ち込んだ気分も吹っ飛ぶよ。


「落とし穴……」

「へ?」

「引っかかった」

「だっ誰がそんなひどいこと……」


 心配そうに見つめてくれる東雲さんを前に、思わず顔がにやけてしまう。いいんだよ、気にしないで、僕が悪いんだ。その言葉さえ伝えれば、東雲さんはこう思うだろう。

 なんて謙虚な薄くん!

 途端、吹き出し笑いと共に、こちらを指差す三谷が現れた。


「ぷっあはははは!」

「じゅんちゃ……」

「ひっ、ひー。今時、どこに落とし穴に引っかかる人間がいるのよ! ばっかみたい! あは、ははは!」


 僕の妄想を打ち消すように、涙を流し腹を抱えて大笑いする三谷。くそう、三谷め。いつか覚えていろよ! 本当の本当に復讐してやるからな!


「あははははっ」


 それにしても笑いすぎだろう……。

 ガララ……三谷の笑い声は、戸を開ける先生――熊の音で遮られた。


「おい、三谷。何を一人で笑い転けて……ん。どうしたんだ薄。そんなにドロドロになって」


 熊は砂だらけになっている僕を上から下まで視線を動かしじっと見る。

 その後に続いて『まあいつものことか』とだけ放って教卓に向かった。そこは心配してくれないんだな……。


 僕は落とし穴にはめた本人達を睨み付けるように目を合わせようとするが、彼らは何事もなかったかのようにそっぽを向いている。落したことに悪気はないのか、こいつら。

 はあ、朝から散々な目に遭った。僕は一番前の列にしっかり黒木が座っていることを確認すると、自分の席についた。


 



「む。黒木がどこにいったか、だと? なんだ、聞いてないのか薄」


 昼休み。

 あれだけ監視していたはずの黒木が既にいなくなっていた。一体どこに行ったんだ。神出鬼没だな……。熊に聞けば何かわかるかもしれない。

 そう思って訊ねたはいいけど。


「黒木なら早退したぞ」

「えっ、早退?」

「うむ。なんだか気分が悪くなったんだと。先生、心配でな。よく見ると顔色は悪いし、呼吸は浅いように見えたし。

 今にも倒れそうなんで、救急車を呼ぼうかと思ったんだが……。

 本人に呼ばないでくれと力強く言われてしまってな。大事がなければいいんだが」


 あんなに昨日、元気なように見えたのに?

 いや『元々体が弱い』という事前情報もあるし、本当に気分が悪いだけなのか。

 どっちにしても、黒木がいないとなると今日の調査はこれまでかな。僕だけが家に行ったって到底、中に入れてくれるとは思えないし。

 黒木に憑いている神のことも気になる。黒木がいないんじゃそいつも現れることはないだろう。


「わかりました。先生、失礼します」

「あぁ。最近、薄は黒木のことばかりだな」

「えっ、まあ。一応、友達なんで」


 やばい。熊に不審に思われてしまった。どう切り抜けよう。変なことを勘ぐられたらどうしよう……。


 しかし熊は突発的に大きな声を上げた。

 まるで地震でも起きたのかというほどの轟音。そうして勢いよく立ち上がり、僕の背中を二発ほどたたいた。

 痛い、痛い。こんな馬鹿力にたたかれるなんて!

 胃が、臓器が揺れるような錯覚を覚えながら、なんとか耐え抜いた。


「はっはっは! なんて友人思いなんだ! 先生は感動したぞお!」

「あ、は、ははは」

「東雲に聞いた。三谷と薄、東雲の三人で昨日、見舞いに行ったとな!」


 熊は僕が困り果てているなんて気も知れず、嬉々として語り始めた。


「薄がこんなにも情の溢れる良い子だったなんて。先生はお前のことを関心した! これからも友達思いの――」

「先生! ぼ、僕これから用事があるんで、失礼します!」


 熊のあまりに長過ぎる話をどうにかしてぶった切る。

 別に熊の話が聞きたい訳じゃない。熊に一礼を交わすと、職員室を後にする。すると、何かにつまずいて足がもつれた。


「あだっ!」


 顔面を床に擦りつけるよう滑り、強打する。

 よく見ると、なぜか糸が張っていたようだ。

 なんで!? さっきはなかったのに!

 そう叫びたい気持ちをぐっとこらえた。


 その糸は、細かい粒子になって風に舞うように消えていった。

 その不可解な現象に思わず目を丸くする。


「薄は恥ずかしがり屋だなあ」


 熊の能天気すぎる発言に、僕はひたすら心で嘆いた。

 ……痛い。なんだか今日はいつも以上に不幸な日……な、気がする。

 誰かに仕組まれた、不幸……。


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