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神能人離エール  作者: 葉玖ルト
11/22

11話:潜入! 黒木宅! 前編

「もぐもぐ。ん……お帰りなのですーって、どうしたのですか! やけにボロボロですけど?」


 動く気力もなくなって、帰ってすぐに倒れ込む。

 あの後、犬に何度か頭突きで攻撃され、前足で押し倒され、大変な目に遭った。

 そんな人の気も知れず、エールはわっとっとを一つ、僕の口元に持ってくる。


「はい。わっとっと食べますか?」

「いらない」

「もー、こんなに美味しいですのにー」


 この能天気な羽虫を、さて……どう料理してやろうか。

 幸せそうにわっとっとを頬張るエールに『それはいいんだ』と起き上がり、さっき起こった出来事を説明した。


「幽霊……ですー?」

「なんだか、よくわからない笑い声だった。てふふって、僕を嘲笑するように」

「幽霊、てふふ……という笑い声ですかあ」


 僕の話に何か思うところがあったのだろうか。

 いつもの能天気さとは裏腹な、神妙な面持。

 用事があったと話をはぐらかしたり、今も僕に言わず、一人で考え込んだり。

 今日のエールはちょっとおかしい。そんな気がした。


「幸の勘違いかも知れないのです。幸はおっちょこちょいですからー」

「エールには言われたくない!」

「でもでも、わかりましたなのです。幽霊に関して私の方でも調べてみるのですー」


 頼もしいような、安心できないような。

 でもまあ、こっちで考えてもわからないことをエールが全面に協力してくれている。それでいいじゃないか。ここはエールの好意に甘えよう。


 僕も僕なりに、黒木について調べてやる。何が何でも。もし接触する機会があれば、それこそチャンス!

 絶対に正体を暴いてやるからな。待ってろ……黒木憬! 待ってろ……『てふふ』!

 拳を胸より高い位置まで上げ、自分で自分を奮起した。


 


 ――翌日。

 その日の昼下がり。退屈な授業を終えて、それぞれの生徒が自分の行動に移る。弁当を取り出す者、週に一度やってくる購買へ向かう者……。

 食べ終えた者は教室内で喋ったり、どこかへ向かったり、思い思いに自分の時間を使っていた。

 そんな中、僕は黒木のことしか念頭にない。しかし今日はきていないようだ。

 一体、どこで何をしているのだろうか。


「……なのよ」

「……ましょう!」


 周りの談話に混ざり込みながら、僕のよく知る声が聞こえてくる。

 東雲さんと三谷だ。黒木の机の前で何かを話している?

 女子達の会話に男が割り込むなど言語道断、だが今の僕には関係の無いこと。

 黒木の机の前で何かを喋っている、イコール黒木に関する話題!

 これは行くという選択肢しかない!


「何の話?」

「きゃあっ!?」


 ひょこりと現れた僕に対し、三谷が悲鳴を上げた。

 そんなに驚くことないのに、と言いたくなった口を押さえる。


「あんたどこにでも湧くのね!?ゴキブリか何か!?」


 キツい目をさらに細くして、こちらを睨む三谷。

 相変わらず辛辣だなあ。

 そんな三谷を抑え、東雲さんは微笑んで手を振ってくれる。

 やっぱり天使は違うな!


「黒木くんがきていないみたいだったから、体調悪いのかなって話してたの」


 東雲さんの落ち着いた声に充てられて、三谷も一呼吸をおいてから口をついた。


「あいつ、元から体も弱いし……多少は心配してるし? だから、憬の見舞いに行こうって話してたわけ」


 これはまたとないチャンスじゃないか?

 黒木の見舞い、黒木に接触できる、これでぐっと黒木に近づける……!


「ねえ、それ僕もついていっていい?」

「はぁ!? なんであんたもついてくるわけ。金魚のフンか何か?」

「くっ。うるさいツンツン女!」

「なっーーついに本性を現したわね!?」


 突発的に始まった小学生並みの喧嘩。東雲さんが隣で困惑していたが、今は関係ない!

 今日こそ三谷と決着に終止符を打ってやるんだ!


 ……そんな無益な争いが十分近くも続いた。

 両者は息を切らせ、互いに無駄な力を消費した。


「ぜえ、ぜえ、三谷……」

「はあ、はあ、なんであたしが、こんなに、疲れなきゃ……いけないわけ……」

「はいはい、じゅんちゃん、薄くん! もうその話はおしまい!」


 二人の間に一拍を入れ、東雲さんは喧嘩を終了させる。

 疲れ切った三谷を横に、彼女が話を切り替えた。


「それでね。お見舞いの果物を持っていこうかなって話していたの」

「はあ。本当はあたしが一緒に登校してあげられたら、状況も把握できるんだけどね。あいつ基本的に家にいないし、本気で嫌がるからなあ」


 三谷はそう言うと落胆したのか、肩を落とした。


「じゅんちゃん、黒木くんと幼馴染みたいだから」

「ま、そういうこと。仕方ないし、世話をしてやろうってわけ」


 はた迷惑だと言わんばかりに嘆息を漏らす三谷。しかし言葉を言い切ったその顔は、少し赤らんでいた。

 三谷のあまりみない表情に、思わず僕の口角も上がる。


「なあに察しました、みたいな顔をしてんのよ!」

「べっつにー」

「くうう、ムカつくぅっ……!」

「じゅんちゃん! 薄くんも!」


 ちょくちょく、喧嘩に変わる僕達を引き離すように東雲さんは間に入る。


「薄くん、今日の放課後、門の前で待ち合わせね」

「あんた、遅れたら承知しないから」

「じゃあね、また放課後!」


 東雲さんと三谷は残りの時間を使いに、教室の外へと出て行った。

 背中に軽く手を振って挨拶を済ます。


 ふう。これで黒木に接触できるチャンスを掴んだ。今日こそ化けの皮を剥がしてやるぞ……!

 そうこうしている間に、どこかへ出掛けていたエールが戻ってきた。


「あっエール。どこに行ってたんだよ?」


 エールははぐらかすようにはにかんだ。

 

「そうだ、黒木と接触するチャンス、掴んだよ」

「本当なのですか? やる時はやる男なのですねー。で、どうやってなのですか?」


 僕は先ほど、東雲さん達と交わした約束をエールに話した。

 ふんふんと聞いているエールの様子は、段々と引き顔になっていく。


「ふわあ、恥ずかしげもなく……大胆なのですー」

「うっ……エールにだけは言われたくないセリフだ」

「ま、まあ! 黒木憬に逢えるキッカケができたのはいいことなのです。

 黒木憬について、調査するですよー!」

「おーっ!」


 エールの掛け声に合わせて拳を振り上げる。

 教室中の白い目を浴びて、僕は心の中で涙を零した。


 


 放課後、先に門の前で彼女達を待つ。

 エールは僕の肩に乗りながら、体を左右に揺らして暇つぶしをしていた。

 今から敵陣かもしれないと言うのに、相変わらずの能天気さを称賛した。


 そうして待ち続けて数分。彼女達が校門にやってきた。


「薄くん、待った?」

「そんなに待ってないでしょ。というか待たせてないし」


 辛辣だ。言葉の一つ一つが凶器な三谷を前に、東雲さんが話を引っ張る。


「え、えっと! じゃあ行こうか!」

「あんた、あたし達の半歩前を歩きなさいよ。後ろからついて来られたら何されるかわかったもんじゃないわ」


 三谷は確実に僕を泣かせにきている……!?

 なんとか言葉の暴力に耐え、二つ返事をする。

 そ、それにしても、東雲さんと下校する日がくるなんて夢みたいだ。と、うつつを抜かしている場合じゃないな。


 黒木の正体に近づくチャンスだ。逃すわけにはいかない。

 東雲さん……と、ついでに三谷。

 二人には悪いけど、黒木をこの目で、しっかりと監視させてもらうからな!


 黒木の家に向かう途中、近所のスーパーで、黒木に持って行くための果物を購入した。

 リンゴに、栄養価の高いバナナ。三谷が『憬がメロン大好きだから』と告げたので、カットメロンも買っておいた。

 僕は半歩前を歩かされている。もちろん、黒木の家への道順なんて知らない。

 なので、東雲さんがこっちだよと後ろから誘導をしてくれる。天使のお導きを受けながら、指示通りに半歩前を歩き続けた。


 やがて黒木の住むアパートに着いた。

 築何年かはわからないが、結構ボロボロだ。薄汚れた木造の壁、トタン屋根は錆だらけ。

 錆びた階段を上り、二階の一角にある部屋の前までくる。

 探したがインターホンは見つからない。東雲さんは何のためらいもなく扉をたたいた。


 しばらくして、扉は開かれる。しかしチェーンのようなものを掛けているのか、扉は半開き状態。黒木は隙間から、目だけで誰がきているのかを確認していた。


 二人は気づいていないようだが、黒木の視線は僕を……いや、エールを見つめている。

 扉越しの目は、毒虫でも見るような怯え方だった。

 黒木は訪問者が不審者でないことを確認すると、ロックを外す。小さな神様を異様に警戒しながら。


「黒木くん、体、大丈夫?」

「……東雲、三谷、薄。きたんだ」

「今日、学校にきてなかったから。心配になって……熱とかない? 大丈夫?」


 僕だったら歓喜するけど、その東雲さんのお節介が嫌なのか、適当にあしらう黒木。

 こんなにいけ好かない野郎が好きなのか、三谷は。人の好みはわからないなあ。


「大丈夫、大丈夫。心配してくれてあんがと。じゃ」


 明らかに門前払いするソレだ!?

 誰を家に呼びたくない? 僕か? 三谷か? それともここにいる誰も、か?

 このままでは、黒木に接する前に終わってしまう。

 あああ、でも! 僕が無理やりにでも会おうと間に入ると、ややこしくなる!

 しかも不審人物というレッテルを貼られるおまけ付き!

 ど、どうすればいいんだ。こういう時は……。


「ちょっと憬!」


 僕のパニックを掻き消すように、三谷の声がアパートに響いた。

 ガンッと音を立てる扉。三谷は一歩前に踏み出し、閉まる扉に足を引っかけて抵抗する。

 三谷のことをこうまで逞しいと思えたのは、恐らくこれが初めてだ。


「いつも思うけどさ、少しくらいは人の好意を受け取れないわけ?」

「……じゅん」

「あっこら! 名前で呼ぶなってあれほど……。じゃなくて、七が可哀想でしょ?」


 言いながらドアに引っ掛けた足に力を込め、怒涛の攻めを見せる。


「それに、あんたのそのくだらないむっつりに、どれだけの人が萎縮していると思っているの? だからみんな、あんたを避けるのよ」


 必死に黒木を止める三谷を、僕は茫然と見守った。

 なんだか、他人が踏み入れないくらい熱く語っていたから……。


 三谷って、正義感が強い女なんだなと、改めて思わされた。

 誰とも関わろうとしない黒木のことをちゃんと心配しているし、サバサバした対応で周りの男からも友達という概念で愛されている。

 いつもあんな口調で誤解されがちだけど、根は素直。なんだ、三谷っていいやつじゃん。


 あれ、それにしては僕に対しての当たりが強すぎるような……?


「帰れ」

「帰りません」

「帰れ」

「あんた、来てくれた薄と七に、感謝の気持ちはないわけ? 入れて、じゃないと本当にぶっとばすわよ?」


 なんとも恐ろしい発言だ。こうして見ると、不良はどっちだって話になってきた。ツンツンの裏返しが心配だったとしても……三谷怖い。

 と、ここで今の今まで様子を窺っていた東雲さんが行動に出た。

 睨み合う二人の様子を見兼ねた彼女が、三谷の肩を持って首を横に振る。


「いいの。じゅんちゃん、帰ろ? 黒木くんが嫌がってる」

「七……あんた」

「あ、あの、せめてこれ、受け取ってくれるかな。黒木くんのために、果物を買ってきたんだ。……じゃあね、また。学校で会おうね」

「はあ。七が言うんじゃ仕方ないか」


 東雲さんは黒木に買い物袋を手渡した。制止された三谷は、複雑そうに顔を落とす。


 ……仕方ない。ここは彼女達に免じて身を退くか。

 こうまで頑固な野郎だとは思わなかったな。また別の機会を探そう。諦めムードで僕達は黒木に別れを告げ、踵を返した。


「じゅん」


 しかし何の心変わりか、三谷の名前を呼んで引き止める。

 扉を開け、手招きをする黒木。どうやら招いてくれているようだ。

 三谷の思いが伝わったか、嫌がる黒木のためにと退いてくれた東雲さんの気持ちに心を打たれたか。どっちにしても、僕は何もしていない。

 下手に喋ると、黒木に嫌な思いを抱かれるし……。


 二人の勇姿を目に焼き付けながら、僕も部屋へとお邪魔することにした。


今日も僕は村人Aである。

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