パズル
以前ムーンライトの方で書いた『春告と紫に染まる庭』に出てくる三人が再登場。
なろうでは初めまして。こちらだけでもわかるようにしたつもりです。
そろそろ蘭視点書かないとなあと思っているので、それのリハビリに企画を利用させていただきました。
◆◇◆side春告◆◇◆
台所に無かったはずのものが、ある。
それも一個なのに結構な質量のものが。
蘭が仕事から帰ってきて、何やら台所の方でゴンッと重そうな音がしたなとは思っていたけど。何も言わず二階に上がるなんて、相変わらず仕事以外のことはどうでもいいようだ。
私は白い無地のビニル袋に包まれた物体を見て、取り敢えずため息を吐いた。
文句を言っても改善しないのだから、ため息くらいは享受していただかなければ。どうせ蘭は、聞こえる場所にいても聞いてないふりをするのだろうけど。
真夏の庭では蝉が彼の代わりとでもいうようにやかましく鳴いている。
クーラーが苦手な私は既に汗だくで、首に巻きつけたタオルでひたいの汗を拭った。北向きの部屋とはいえ、台所だって涼しいわけじゃない。コレをこんなところに放置するなんて、と食べ物に対してズボラな彼に呆れた。
「春告、どうしたの」
私がコレの扱いを決めかねていると、木蓮が後ろからやってきて、ひょいと私の肩越しに台所を覗き込んだ。左後ろを見上げると、人間離れした白い顎が目にとまるが、それもそのはず。彼は人間ではない。
木蓮は蘭が作ったアンドロイドだ。動作は非常に人間らしいのに一目でそうだ、とわかる。東洋人のような顔立ちなのに、瞳の色は紫、雪を思わせる白髪。この美しいアンドロイドを作った蘭は、今でこそましになったけれど、出会った頃は自分の身なりには全く頓着しない、浮浪者のような出で立ちの人だった。
私は今年の初めからこの風変わりな二人と同居している。
「冷蔵庫に入らないんだけど、どうしよう」
「あー、そうだね。冷蔵庫に何が入ってるの?」
「蘭のラムネ」
蘭は甘いものとジャンクフードが大好きで、夏ともなればすごい勢いでラムネが減っている。ラムネは箱買いだし、燃えないゴミの日のゴミ出しが大変だ。何より彼の血液が炭酸のようにしゅわしゅわ発泡してないか心配になる。麦茶も作っているのに、私が彼に出さないと飲まない。ほんと、子どもみたいだ。
「冷凍庫は?」
「ボリボリ君のソーダ味で殆ど埋まってるの。冷蔵庫のラムネ、いっそ三本くらい残して全部外に出そうかしら。今日のご飯の材料は居間にクーラー入れてそっちに移してもいいし。丁度今日で作り切るくらいの量しかないのよ」
「それでいいんじゃない、でも蘭は野菜あんまり好きじゃないから食べないかもね」
「なんで買ってきたのかしら」
「貰ってきたのかも。蘭、職場のお姉様方には弱いから」
なるほど。体調を心配されたか、はたまたお中元か何かか。理由はよくわからないけど、蘭がわざわざ買うにしてはおかしいと思った。
でも、これを私一人で食べるには多すぎる。かと言ってご近所におすそ分けに行くほど、付き合いはない。
私が件の物体を見つめていると、木蓮は私の返事を待たずにさっさと冷蔵庫を開けて、不要なラムネを出していく。
ラムネの瓶がテーブルの上に鎮座している物体の隣に、規則正しく並んでいく。
カチャカチャという音は、蘭と木蓮が暇つぶしにやっているルービックキューブの音に似ていて。そのおかげか、私は蘭がこれを食べてくれるだろう方法を思いつけた。
◇◆◇side蘭◇◆◇
春告は暑さに弱いらしい。
そのくせクーラー嫌いで、彼女が南向きの部屋で仕事をしている時は扇風機だけが彼女の助けだ。
私の観察によれば、猛暑日が続くようになってからあまり作業も進んでいない。大丈夫、と本人は言っているが早く帰って来た日に部屋をのぞくと、針を持ったままぼんやりしている事がある。
水分はこまめに摂っているようだが、冬から春にかけての元気な様子が見られなくて私は困惑していた。病気ではないから病院に行けとも言えず、クーラーを入れれば寒そうにしてカーディガンを羽織っても指先が震えている。難儀な体だ。
私はもう二十年以上、アンドロイドとしか暮らしていなかった。だから急に増えた人間の同居人に対して、どうやって振舞ったらいいのか分からなかった。アンドロイドであれば、その調子の悪さや不具合などは見ていればすぐにわかるし、対処方法にも自信がある。しかし彼女、春告に関しては何をどうやったら良いのか、全く思いつかなかったのだ。
そして、彼女のことが気にかかりだして数日後。
私はいつも仕事に通っている道ではない所を通っていた。
駅前の商店街。
ガラス張りの背の高いアーケードの下に小さなが並ぶ。売り子の声がそこかしこで、蝉の震えのように聞こえる。
現実離れした雰囲気と人間くささが性に合わず、普段はここを通らないようにしているのだが、何故だか今日にかぎって通ってみようという気になった。
そして、その入り口から五店舗ほど進んだところで、その店先に並んでいるものに目が留まった。
『甘い!超特価!約7キロ 1500円』
黄色い紙に赤いマジックで殴り書きされていた。全くもって洗練されていない字に説得力のない内容。それが段ボールのきれっぱしに貼られて商品の前に置かれていた。
その外側には傷一つないように見えるのに、甘い!などと断言できるものだろうか。そして超特価、とはいつも一体どれくらいの価格で売られているものなのか。
店主に問いただしたいことはあれど、私は丁度近くにいたエプロン姿の女性に「すまないが、コレを一つ」と言い、金銭と引き換えに厚手の白ビニル袋に入れられたそれを受け取って、さっさと家に戻った。狐につままれた気分だった。
家に帰ってみると春告は仕事をしているようだった。
私は手にぶら下げたそれを、急にどうしたら良いのか分からなくなって、台所のテーブルの上に置いていつものように二階に上がった。置いておけば適当に食べるだろう、と思ったのだ。
ところが、彼女は何を勘違いしたのか、私が休憩のために階下に再び降りた時に、居間の方から手招きで私を呼んで縁に座らせ、ちょっと待っていて、と言い残して廊下に出ていった。先に座っていた木蓮がこちらを見ずに淡々とルービックキューブを回している。
言われた通り座って待っていると、引き戸が擦れる音がして彼女が戻ってきた。そして一緒に食べよう、と私が買ってきたものを台所から運んでくる。
私はそれのウリくささが苦手なのだが、と思ったが言い出せなかった。彼女は、貰ってきたのなら言ってくれれば良いのに、と口を尖らせている。否定できなかった。
目の前に置かれた、それ。縞々模様の厚手の皮を器に、その中に一口サイズにされた赤い実が透明の液体に浸されている。
一回で食べきれないから、残りはタッパーに入れて冷蔵してあるの、と彼女。
つまり私のラムネの居場所は減っている、と言いたいのだろう。それも仕方ない。
隣に座った春告は早速それを膝に乗せて、液体と赤い実を一緒に口に入れていた。その口元が緩むのを見て、自分の行動は一定の成果を出したと思ったが、春告は、食べないの、とこちらを見てくる。
私はスプーンに乗せたままになっていたそれを見た。あの匂いさえ我慢すれば良いと口に放り込む。しかし舌に触ったのは馴染みのある刺激と甘みだった。咀嚼すると、繊維質の実の間からは果汁だけではなくて、ラムネの清涼感が染み出してくる。
「どう、美味しいでしょう?」
得意げな表情の彼女は、この夏中で最も溌剌として見えた。
その向こうで、木蓮がルービックキューブを完成させていた。
実家に帰ったとき、毎日子どもが食べていました。
畑にゴロゴロしているこれ。買うと意外と高いんですよね。
多分これだけで、買ったら一万円以上するんじゃないかっていうくらい消費してきました。
ありがとう、ばーちゃん。