~古書の香りと冬の空気~ 12月15日(金) 18:24 福田槇樹
部活が終わった私はジャージのまま階段を一段抜かしで駆け上がる。
外はもう真っ暗だけど、校内にはちらほらと部活の子が残ってる。私が目指す二階の一番奥は愛華が待っている図書室だ。
さっき部活終わってスマホを見たら『自習中』とだけラインが入っていた。
愛華のラインはいつも簡潔で付き合い始めの頃は少し寂しい気もしたけど、今ではそのぶっきらぼうさが現実とのギャップも含めて好き過ぎる。
愛華は三年だから夏の大会を最後に引退して、それ以降は受験勉強に集中している。
先輩の中には暇なのか、部活に顔を出す人もいるけど、愛華は来ない。
元々真面目にバスケやってた訳でもないし、大会でレギュラーでもなかったからそんなに愛着があるとも思えないしね。
前に一度だけ愛華の部屋で「バスケはどうでもいいから私を見に来てよ」って言った事があるけど、その時に愛華は少しだけ笑って「補欠だった私が行ったって何するのよ?それに私は二人っきりの時の槇樹の方が好きだから、今がいいな。」と言いながら髪を撫でてくれた。
それ以降、その話はしないようにしている。今でも未練が無いと言えばウソになるけどね。
中央階段を上って廊下を曲がると奥に図書室の明かりが見えた。部活と階段で少し息が上がっていた私は、ゆっくりと歩きながら息を整える。
図書館は自習室替わりになっていて、先生が帰る直前まで解放されている。でも廊下から見る限りは誰もいないみたい。もちろん愛華がいるんだけどね。
扉の前に立つと中を見る。奥のテーブルに愛華の黒髪。最後の一人みたい。
静かに扉を開けたつもりだけど、古くなった扉がガラガラとうるさく廊下に反響する。中に入るとエアコンの効いた温かい空気に思わずため息が出ちゃう。
ふと横を見るとカウンターの中に二年の図書委員の子がいた。どうしたんだろ、こんな時間までいるなんて珍しい。
私は少し会釈をしながらカウンターの前を通り過ぎる。彼女も少し会釈をして返してくれた。二人っきりじゃないのか……残念。
後ろからこっそりと近づこうとしたら、直前で愛華が振り返った。いつものかわいい顔に少し眉がしかめられている。私の「たくらみ」はしっかりバレていた。
「愛華先輩。お待たせ。」
「お疲れ。」
後ろからこっそり抱き着いてやろうって思ってたけど、しっかりガードされちゃった。愛華は人前でベタベタするのが苦手。
「帰ろっか。」
そう言って愛華は広げていた勉強道具を片付け始める。
好き好きが宙ぶらりんで、部活終わりで少しテンション高めな私は心の手持ち無沙汰なのだ。
ちらりと後ろを見てカウンターの女子をチェック。よし、こっち見てないな。
カバンにノートを入れている愛華のほっぺにチュ……不発。
愛華が顔を下げたから、私の唇は愛華のかわいい耳に当たった。
驚いた愛華がバッとこっちを振り向く。うん、この顔は怒ってる。
「あんたねぇ……。」
小声で睨む愛華はかわいいなぁ。
プイッとそっぽ向いて片づけを続ける愛華を私はニヤニヤしながら見つめていた。
「お先に失礼します。」
図書委員の子に挨拶をして廊下を出ると、愛華が小さくため息を付いた。唇から白い息が漏れた。
何も言わずに歩き出す愛華に私は寄り添って歩く。
「……槇樹って、人がいる時に変に積極的だよね。」
廊下に小声が透き通る。
「あはは……。」
適当にごまかす私。
「何?見せびらかしたいの?」
少しトゲのある口調。
「違うよ。見られないように気ぃ使ってるもん。」
確かに私は学校の片隅や人の居ない教室、そんな死角を見つけると、つい愛華を求めちゃうクセがある。
「いや~、難易度が高いと挑戦したくなるスポーツマンの性と言うか……。」
「なによそれ……。」
「……なんだろうね?」
言われてみれば何だろうね?自分でも不思議な衝動だな。イケないと思うとしたくなっちゃう、的な?
「私じゃなくてもいいのか。」
「んなワケないじゃん。愛華先輩じゃなきゃダメに決まってるし。」
呆れ顔の愛華がまたため息を付いた。でも少しだけ口元が緩んでいた。
廊下から階段に曲がった瞬間、私は突然アゴを持たれた。
強引に引っ張られて唇の感触。ふわりと愛華が香る。それは一瞬だけだった。
「……これで満足?」
「……はい。」
少し突き放すようにアゴを解放すると、何事も無かったように階段を降りようとする愛華に慌てて付いていく。
冬の階段に二人のスリッパの音が響くのがうるさい。
たったの16段だけ、私は愛華の肩を抱きしめた。
あ~ダメだ。今、ゼッタイヤバい顔してるわ、私。