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~妹と姉とダメ人間~ 1月9日(火) 7:37 沢木美鈴

 「くるちゃん。いつものワイシャツはどこ?」

 残り時間が少なくて少しイライラする。今は……七時三十七分か……。

 チラッと腕時計を見て時間を確認した。

 私は残り二十三分で、眼前の「ダメ人間」を「お姉さん」にしなければいけない。

 「うう……寒い……。」

 私に布団を剥がれたダメ人間は、小さく呻きながら丸くなった。

 ノーブラにTシャツ一枚でベッドに丸まる彼女は戸部 枢(とべくるる)

 こんなのでも御年二十四歳、一応社会人……のはず。たぶん。ちなみに私は十七歳の高校二年生だ。

 パンツ丸出しのくるちゃんは、彼女がそういう主義な訳じゃなく、性的趣味な訳でもない。純粋なる面倒臭がり、怠惰の極みな訳です。

 「そりゃ、そんな恰好で寝てたら寒いに決まってますよ。ほら、起きてください!」

 私は大好きなくるちゃんのお尻を手で叩く。あ、いい音。

 これが冬だからTシャツ着てるだけマシで、夏だったら全裸が基本な彼女です。しかも今日はパンツをちゃんと履いているだけマシマシ。

 「う~……美鈴ちんも冷たい……。」

 ボサボサの前髪から薄く開けた片目が、私を恨みがましく見ている。よし、今日はこの時間に目が開いているだけマシね。

 私はくるちゃんの体を抱き起すとベッドの上に座らせた。

 「……うああ……。」

 謎の声を出すくるちゃんは、謎の声と謎の揺れをする。なんかゾンビみたい。

 ピピッ!ピピッ!

 ホットタオルを作っておいた電子レンジが鳴った。

 慌ててレンジに行ってホットタオルを取って振り返ると、くるちゃんの体がゆっくりと横に倒れかけているのを見てダッシュで受け止める。セーフ。

 「あつい……。」

 気が付いたらホットタオルを持っている方の手で、くるちゃんの体を支えていた。

 「そうね。私の手も熱いわ。」

 彼女の体を元の位置に戻すと、ホットタオルを頭に手早く巻いた。

 「……おお……温かい……。」

 目も覆うように巻く。これで少しは目が覚めるのが早くなるかしら?

 私は素早くベットの隣に落ちているヘアアイロンを探すとコンセントに挿した。あちゃ~、先に挿して暖めておけば良かった。これで2分はロスしちゃう……。

挿絵(By みてみん)

 振り返ると、またベッドに倒れようとしている彼女の顔を両手で止めた。

 「う~。」

 タオルから出ている口先が尖る。

 「……歯を磨いてからですよ。」

 私も一瞬顔が近づきかけて思いとどまる。別に寝起きのキスがイヤって訳じゃなくて、少しでも早く身支度を終わらせるための方便だ。


 そこから私はくるちゃんの髪全体を湿らせて、ヘアアイロンを当てて寝癖を直した。

 次に服を脱がせて、ブラを着けて下着を着せた。その間もずっとくるちゃんは私のなすがまま。

 ワイシャツを着せてベッドに今日のスーツを置くと、彼女の目の前に立ち「おいで」って感じで両腕を広げる。

 彼女はゆっくりと私の体にすがるように立ち上がる。

 ……これ、もう介護の域よね?私、将来、介護職でもやっていけるんじゃないかしら?ちょっとそう思ったけど、やっぱり思い直した。

 寝癖を直して髪型を整えた枢さんは、伏し目がちでセクシーな目で私の顔を見ている。

 こんな事、あなただから出来るんだよ。赤の他人の裸なんか触るのイヤだし、見たくもないわ。


 「……まだ時間ある……。」

 パンツスーツを片手にボーッとしている枢さんが呟く。

 「私の時間が無いんです!」

 思わず声を荒げちゃった。時間は四十九分。残り十分くらい。

 くるちゃんの会社は九時始まりだから余裕はあっても、私の学校は八時半HRだから八時過ぎにはここを出ないと間に合わないの!

 私は来れる日は毎日、学校の寮からここまで来て、彼女の朝の準備を手伝っている。

 もうかれこれ半年以上してるけど、私と出会う前はどうやって社会人をやってたのかが不思議なほど酷い人だ。

 スーツを着て歯を磨くころには、だいぶ自分から動けるようになってきた。こうなると楽になるんだけどなぁ。

 どうも枢さんは「外見から入る人」っぽくて、彼女の「しっかり度」は身なりに比例している気がする。

 私は一安心すると、カフェオレの準備を始める。

 朝食なんか食べる余裕のない枢さんの唯一の糖分補給だから、砂糖は多めにミルクもたっぷりと。私の分は無糖でミルク三割で。

 洗面所から出てきた彼女の顔を見ると、少し動きは緩慢だけど、だいぶ人間らしい動きになってきた。

 椅子に座ると小さなメイクボックスを開けて化粧を始める。なんでも世話をする私も、枢さんのメイクだけは手伝った事が無い。

 どうも彼女の中でのスイッチになってるみたいで、それが終わると「戸部枢」が完成するみたい。

 そしてその短い時間が私は好きなのです。

 いつも伏し目がちな彼女の目が、少しだけ大きく開けられるアイラインやコンシーラーの時。彼女のこんな顔を知っているのは世界で私だけなんだ、って思うとなんだか口元が緩くなっちゃう。

 私はやっと落ち着いて向かいの椅子に座ると、まだ熱いコーヒーをゆっくりと飲みながら大好きな枢を眺めた。

 「……どうかした?」

 私の入れたカフェオレを飲みながら眉を描いている枢さんが、視線に気が付いたのか、尋ねる。

 「ううん。枢さん好きだな、って思っただけ。」

 私が素直にそう言うと、枢さんは困ったように少し眉をひそめて口籠った。

 枢さんは気持ちや思った事を口に出すのが下手で、私がこう言うとだいたいこう返す。

 「……ありがとう。」

 もっと言って欲しいって気持ちもあるけど、私はこれで大満足なのです。


 二人で狭い玄関に立って部屋のチェックをする。うん、忘れ物は無いかな。

 「よし。これで新年一発目の出社は大丈夫だね。」

 「いつもごめんね。美鈴。」

 完全に戸部枢に「成った」彼女を間近に見ながら、私は改めて驚く。これが三十分前までと同じ生物なのかと。

 少し物憂げだけど凛とした空気を持つ彼女に一瞬見惚れていると、彼女の唇がスッと近寄ってきた。

 私は扉に押さえつけられるようにして唇を奪われた。少し薄めの、でも柔らかい唇が私の唇に重なる。

 私は返事代わりに少しだけ唇を押し付けると、顔を離した。せっかく塗ったリップが崩れちゃうかな?

 少しだけ残念そうな顔をした枢さんだけど、少しだけ微笑んでドアノブに手を伸ばす。

 「じゃ、美鈴も気を付けて学校に行ってね。」


 こうして私たちはそれぞれの駅に向かって歩き出した。

 ダメ人間をお姉さまに仕立てる。これが私のだいたいの日課なんです。

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