~車の中でヒミツの~ 12月8日(金) 17:31 天宮めぐ
校舎の廊下に悲しい曲が流れてる。
(先生、遅いな……。)
なんか昔の映画の曲らしいけど、知らないしどうでもいい。
でもこの曲を聴きながら、窓にもたれ掛かって待ってると、すごく悲しくなる。
(今日の数学の宿題やるのイヤだなぁ……。)
下校の音楽は校舎から生徒を追い出すためのやつだから、イヤな気分にさせるような音楽なんだろうけどさ。この曲を選んだヤツ、ちょっと性格悪くない?
(遅くなったらお母さんと顔合わせるのウザいな……。)
聞いてると、どんどんイヤなことばっかりが浮かんで来る。
色々考えながら廊下をボーッと見てると、やたら明るい。ふと窓の外を見たら真っ暗だ。たまに風の音が聴こえるのが寒そうだし、なんか怖いよね。
生徒はほとんど帰っちゃって、教室は真っ暗。あとは職員室くらいしか電気が付いてない。
……なんだか急に怖くなってきた。
(先生、早く来てよぉ……。)
ドアの音が急に廊下に響いてビビった。誰もいない廊下の音の怖さは異常だわ。
慌てて廊下のカドに隠れる。
(先生たちもそろそろ帰り始めるんだろうな。)
どうせ体育のハゲデブが校内チェックでもするんでしょ。私の先生はあんなキモいデリカシーの欠片もないドアの開け方しないもん。
私の靴は生徒玄関から持ってきて、先生の靴箱の上段にこっそり突っ込んどいた。
ハゲデブの足音が階段を上がっていく音を確認して、廊下に戻る。でもあと10分もしたら戻ってきちゃうから、そうなったら素直に職員玄関の前で待つしかないか。
(先生、はやく会いたいよ……。)
職員玄関口で一人寂しく待ってる。玄関の外は完全に夜で、風がドアの隙間からビュービューって怖い音を出してる。
靴箱に残っている靴は残り3人分。私の読み通り、体育のハゲデブと国語の足立。
「玉城……有音……。」
先生の名前を呼び捨てで呟く。それだけで少し胸が熱くなる。
(ハァ……。有音先生……好きだなぁ。)
好きって熱くて……切ない。はやく会いたいよ。
寒くてマフラーの隙間にアゴを入れて小さくため息をつくと、温かい息が頬を撫でた。
目を閉じてたら、好きすぎるのと会えないので、少しイライラした。有音、早く来てよ。
その時、廊下から階段を降りる音が聞こえてきて、私は慌てて先生用下駄箱の裏に隠れた。
耳を済ますと廊下を歩く音が聴こえる。これ、ゼッタイ先生だ。
先生が近づいてくる。
それだけで胸がドキドキした。
息を殺してると玄関に先生が来て、靴箱を開ける音がした。その瞬間、小さく息を飲む声。
「天宮さん……? どこ?」
一瞬、待たされた罰にイジワルをしてやろっかな、とも思ったけど、やめといた。
「先生、遅い。」
わざと怒ったような声を出して、靴箱の裏から飛び出した。ホントは一秒でもはやく先生の顔が見たかったから、ガマンできなかっただけなんだけどね。
「?!……ビックリしたぁ。」
後ろから急に声をかけられてビビってる先生がかわいくて、それだけでさっきまでの寂しさがウソみたいに吹き飛んじゃった。
「ずっと待ってたの?」
私を見て安心したのかな。いつもの先生の顔に戻ると、自分の靴と私の靴を両方出して玄関に置いてくれた。
「うん、先生と一緒に帰りたくて待ってた。」
先生はオトナな感じのブーツを履きながら苦笑する。
「なによそれ。帰るのが大変だから車で送ってもらいたいだけじゃないの。」
「だって電車で帰るの大変なんだもん。」
私もダサい登校シューズを爪先トントンってして履く。
(違うよ。少しでも先生と一緒にいたいだけじゃん。)
分かってるクセに、わざとそう言ってるんだ。先生ぶっちゃって。確かに校舎の中じゃ「フンベツ」を付けるって約束したけどさ、今くらいいいじゃんねぇ?
先生がブーツを履き終わって、大きなトートバッグを脇に抱えて一息ついた。
「よし。帰りましょうか。」
「はーい。」
先生の左に立って腕を組む。
「こら、校内でそういう事しないって約束したでしょ!」
腕、振りほどかれちゃった。ムカつく。
「もう校舎出るんだからいいじゃん。」
「敷地内は校内です。」
真面目だなぁ……かわいい。でも私は知ってる。恥ずかしがってる部分もあるんだ、ってね。
少しだけニヤニヤしながらも大人しく隣を歩く。
先生用の玄関から駐車場までは1分もかからない。途中で灯りが一か所だけ。
「……寒いわね。」
玉城先生が少しだけ星空を見ながら呟く。
冬の夜は早すぎるよね。さっき待ちはじめた時は少し明るかった空も、今は完全な夜だ。
「ね。そんな寒い中、ヒトリで玉城センセー待ってたんだよ。……うれしい?」
ちょっと押し付けがましいかな?
「……。」
玉城先生は少しだけ歩くのが遅くなって、星を見たまま答えてくれた。
「……ありがと。」
……うん、許す。
有音先生の小さな車に乗り込むと二人で同時にため息を付いた。
それがなんだか笑えて二人で笑った。
「寒かったね。」
「そうね……。」
そう言いながら先生は後ろの座席にトートバックを置こうと手を伸ばした。
その瞬間、有音の匂いがふわっとした。
有音の匂い……ダメ……我慢できなくなっちゃう。
「天宮さん、シート……。」
有音がシートベルトを締めてハンドルに手を置いた瞬間。
「有音。」
突然の呼び捨てにびっくりした有音のほっぺたにキスをした。
有音のほっぺたは冷たくて、ぜんぜん気持ち良くなかったけど気持ちよかった。
「あっ!!こら!校内でそういう事……?!」
「有音……好き。」
有音が怒る前に、彼女の瞳を見て真面目に言った。
玉城有音は少しだけ気圧されたように固まってたけど、大きくため息を付いて俯くと諦めたように応えてくれた。
「……ありがと。でも校内でそういう事するの禁止。」
かかりの悪いエンジンの音がして、車が動き出した。
私は窓の外の星空を見ながら答えた。たぶん今の私、すごくニヤけて変顔になってるかもしれないから、恥ずかしくて有音には見せたくないわ。
「もう車内だからセーフですぅ。」
二人きりの狭い車はゆっくりと星空の下を走り出した。