~Introduction~ 2月11日(日) 14:23 牧田愛華
「……愛華……どうかした?集中力切れた?」
(……あれ?私、ぼーっとしてたっけ?)
槇樹の声でふと意識が戻った。視界にシャーペンをクルクルと回している、槇樹の指が目に入った。
「ごめん、もしかしてこれ、気になった?」
指を止めて申し訳なさそうに眉をしかめる槇樹の顔を見上げる。
紫シュシュの短いポニテがかわいい。槇樹の顔を見ると、さっきまで私がぼーっとしてたのが自覚できた。
「ううん、違う。お昼食べたのが、今頃眠くなっただけ~ぇ。」
そう言って大きく伸びをする。どうにもコタツの魔力は困るなぁ。
だたでさえ血圧低くて、ご飯の後は眠くなりやすいのに、さらにコタツ、なんて眠くならない方がどうかしてる。
夢のような槇樹の笑顔から手元に視線を落とすと、そこには変わらない現実があるわけで。
数Ⅲの過去問とノート。私の目下のネックになってる部分だ。
数Ⅱまではなんとかなってたんだけど、数Ⅲに入ってから頭が追い付かなくなってるのが悔しい。
無意識に目がカレンダーに行く。残り2週間かぁ。ごちゃごちゃと書かれた入試スケジュールを見るとテンションが下がる。
でもセンターの点数がお世辞にも「上々」とは言えなかったんだから、少しでも頑張らないと……。
(だからって何も食べないと頭回らないしなぁ……。)
お気にのガレーのチョコでも食べて糖分補給でもするか……。
かわいいビビッドカラーで包まれた一口サイズ。槇樹が「勉強、頑張ろうね。」って言って、わざわざ買ってきてくれたチョコレート。……本人はもう学年末試験終わったのに。いい子だ。
しかも試験期間終わって教科書なんか見たくもないだろうに、私に合わせて自分の問題集を開いてくれている律義さに、愛を感じずにはいられない。
「はい。」
コタツの上のトレイに手を伸ばしかけると、手元に一包のチョコが出された。
私が一番好きなオレンジのやつだ。やっぱ気付いててくれてたか……。
「……ども。」
ちょっと恥ずかしくなって、上手くありがとうって言えずにそれを握った。
くしゃ。 包みが潰れた。
一瞬、は?って思ったけどすぐに分かった。中身が抜かれてて、わざわざ入っているように包み戻したヤツだ。
やられた!と思って槇樹を睨みつけようとして、ため息をついた。
「ほひ。」
チョコを咥えた槇樹が唇を突き出している。
(この子はこれをやりたくて、わざわざご丁寧にシチメンドクサイ再包装をしたのね……。)
「え~……どうしよっかなぁ……。」
なんだか槇樹のイタズラにまんまと乗せられた気がしてイヤだ。でもそんな手間のかかるイタズラにすら気が付かなかったんだから、私はかなりぼーっとしてたんだろうなぁ。
「ぇ~。」
乗らない私に不満そうな声を出す槇樹。
おしおきとして少しだけじらしてあげる事にした。
槇樹の薄い唇をジッと見つめる。リップのカラーが少しだけテカってる。なにそれ?セクシーアピール?
学校じゃ禁止だから寮にいる時だけ使うオキニのやつだ。私が前にホメたから使ってくれてるのかな?
なんて感じでジロジロと槇樹の唇を見てると、さすがに一人でチョコ咥えて口を突きだしてるのが恥ずかしいよね。
困った顔の槇樹が唇を突き出して抗議をする。よし、おしおき成功。
「おっと~!おえあう!」
槇樹が少し顔を出した瞬間、首に手を回してぐいっと引き寄せる。
急に顔が近づいてびっくりした槇樹を、逃がさないように強めに抑える。そして素早くチョコを咥えて奪還した。ギリギリで唇を当てない距離感覚は部活のバスケで培われたような、関係ないような。
で、ボールを奪った私は手をパッと放して槇樹を解放してあげるけど、槇樹のうらめしそうな顔は引かない。槇樹の企みをわざと外してあげるのも、高度なおしおきテク。
「も~……いじわるしないでよね。」
睨んだ顔もかわいい子だ。咥えたチョコを舌で口の中に入れた。
「いじわるをしたのはどっちですかな?」
勝者の笑みを浮かべる。口の中でチョコの味がじわりと広がる。やっぱ、ここのチョコは甘みと苦みが絶妙で美味しいわ。勝利の味だね。
「はいはい、ごめんなさい。」
まあ私も別に怒ってないし、どうでもいいんだけどね~。
ふてくされた顔で全く謝る気が無い槇樹が、諦めて座りなおそうとする。
ふと槇樹の唇を見直すと、少しだけ溶けたチョコが着いていた。
「ちょっとぉ!私のチョコ減っちゃってるじゃん。」
その瞬間、槇樹のあごを掴んで身を乗り出す。
舌先で素早くチョコを舐めとり、少しだけ触れさせる唇。
柔らかい感触と甘い味。
その余韻を振り切るように手をあごから離す。
そして何事も無かったように私も座りなおして、少しだけドキドキした心臓をごまかした。
「……買ってきたの、ワタシなんですけどね~。」
口では不平と言う名の正論を言いながらも、口元は嬉しそうな槇樹。
何事もなかったように二人とも座りなおして勉強続行。
これ以上何かをやろうとすると本気で槇樹を怒らせかねないからなぁ。私と違ってスポーツマンらしくストイックな槇樹。そんな自分に無いところも好きだ。
「……で、目は覚めた?」
再び持ち直したシャーペンをくるりと優雅に回す槇樹。本人は自覚してないだろうけど、完全にクセだね。
「うん、バッチリパッチリ。」
そう言いつつ視線を下げる。
その視線の先には、先ほどまでの甘い攻防なんて関係なく現実が広がってるワケで。
まぁ、目が覚めても苦手な教科が、どうにかなるもんじゃないんだけどねぇ……。