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Chapter: 2  Jonbar club meeting

ルナティック・シンドローム。

月病とも呼ぶこの病に罹患した者を、俺達はルナティック、あるいはフィクションと呼ぶ。

現象と呼んでもいいが、世間の便宜上、やはり病気という表現が使われる。

ルナティックの症状の最も飛び抜けたものとして、ギフトという超能力の発現が挙げられる。

例えば二葉はリーディング能力。読心能力を持つ。六花は人間離れした身体能力と頭脳の発達で、三柑はチャームの一種を持っている。演奏を聴く人の心を、グッと掴んでしまう力だ。

蓮はああ見えて秘密主義だから、あいつのギフトが何かは聞いたことがない。

ただ、個人的には三柑と同じくチャームの一種じゃないかな、と予想している。

そういう風に、ちょっと人間から外れてしまった奴らが、この島には集められる。

ルナティックの症状はそれだけじゃない。この病気にかかると、月が二つに見えるのだ。

幻覚か、それとも本当に二つとも実在して、不可視の一つを俺達だけが捉えているのか。

研究が進んだ今も謎のままだ。ただ、ルナティックにかかった奴らは口を揃えてこう言う。

「月が、まるで何かの両目みたいだ」と。

病気の語源は、ここから来ているとも言われている。

そして何より、ルナティックにはビジュアル面での最大の特徴がある。

それは、病気にかかった者の髪と目の色を変えてしまう、ということだ。

身体のどこかに三日月型の痣もできる。それを、聖痕と呼ぶこともあるらしい。

ルナティックの存在は、まるでフィクション。そういう奴らが、とある目的の為に集められる。

だから、架空の存在が有る島。有架島。月病たちの島、月島。

そして、島に集められた超能力者を、保護する為に作られた学院。

この島で生きる俺は、今日も学院へ通う。



二月十二日、金曜日。星海祭の準備の為に、今日は授業が午前で終わった。

約束通り、特別棟にて確保した会議室に向かい、扉を開く。

「セ、センパイ遅い! 待ちわびました!」

「昼食を買っていたんだよ。コロッケパン、食べるかい?」

「同じ手は二度食いませんよ! せめてカツサンドを持ってくるんですね!」

「オレンジゼリーなら?」

「食うー!」

三柑にエサをあげて、中を見る。会議室の中央には大きな木の机と四つの椅子。

そして最奥にはホワイトボードだ。この前の絵しりとりの絵がそのまま残っていた。

奥側の二つの机には、蓮と六花が向かい合って座っている。

六花はタブレットで英文を、蓮はカバンから取り出した漫画を読んでいた。

なるほど、二人ともこうだと、三柑が俺を待ちわびる訳だ。

「何読んでるんだい?」

「メールのチェックよ」

「聖書」

「四条センパイ、それ思いっきり漫画です」

「だとしてもオレのバイブルだよ」

その聖書とやらのタイトルは『Reaper Leaper――右往左往』作者名は七島悟とある。

何度も何度も読んでいるのか、本はボロボロだ。

しかし、聞いたことのないタイトルだな。装丁も見たことがない。どこの出版社だ?

「面白いのかい?」

「面白いってのとは、また違う。気が付いたら読んでるんだ。ページを捲らずにはいられない。この本には、オレに欠けてるものが全部詰まってる。魂がこもってんだよ」

「おおっ! 四条センパイ、たまには真面目ですね!」

「特に太腿の描写が最高だ。42p上から三コマ目とか230pの見開きとか、たまらんね」

「あ、今の撤回でお願いしまーす」

細かすぎる。何回読んだらページとコマを暗記するまでに至るんだ。

「いいね。今度貸してくれないかい?」

「持って帰るのはダメだ。目の前で読むんならいいぜ。ちょっとこれ、大事なんでな」

「……一人。太腿が好きなの?」

スカートをめくるな、スカートを。

「俺にフェテイシズムの類はないよ。わかってるだろ?」

「ニーハイは好きよね?」「好きだ」「わかる」「……ゴミっすねー」

ついっと、三柑が近くの蓮から身を引いた。

「秋山、そんなことしてもオレは喜ぶだけだぞ。嫌われるのは新鮮で、逆にいい……」

「けっ、警察です! 両手を後ろに組んで性欲を捨ててくださいっ!」

「呪われていて外せないようね」

「ステータス的に正常だからね。遺伝子が悪い」

じゃれていると、力強さを伴った勢いで引き戸が開いた。

雄々しく開いた両足に、制服の真っ黒なスカートが揺れる。

いつも可愛らしい所作が目立つ二葉が、そんな風に立っているのは珍しかった。

腕組みに乗っかる豊満な胸部と、計算された食生活が生み出した美しいくびれ。

三柑がいつも恨めしそうに見ている肢体を引き連れて、緑の部長の顔は決意に満ちていた。

が、全員揃っているのを見ると破顔一笑。いつものしまらない顔に戻った。

「やー。全員揃ってるね。良かった良かったー」

「ふ、二葉センパイ、こんちはっす」

「おっ、三柑ちゃん。ボンジョルノー。一人くんは朝起こしたからスルー。蓮君、七実ちゃんの待ち伏せわかってて逃げたろっ。しょんぼりしてたぞー」

「うおっと……。女子ネットワークは怖いな……」

「あたしとしては、立場的に誰か選んでやれよって気分になるけどね。でも蓮君の気持ちもわかるから、ここは大岡ジャッジってことにしといたげる」

「ありがたいな。惚れていいか?」

「もう厄介なのはひとりでじゅーぶん」

奥へと進む二葉とすれ違う時に、効果的な肘が心臓に入れられた。

鼓動が止まりそうだった。恋ってこんな気分なんだろうか。ドキドキしながら二葉に視線を戻すと、椅子に座っている六花と立ったままの二葉が対峙している。

「ほんとに来てくれたんだ。……そんな暇ないって、言うと思ってた」

「仁義くらいは、切っておこうと思って。……それに、最近は手詰まりで」

「そか。なら、話だけでも最後まで聞いてってね。もうこんなことないからさっ」

二人だけにわかる会話を交わして、二葉は全員に向き直った。

「よしっ。全員座れい! 土下座の勢いで! 部会を始めるよー!」



「展示発表?」

真っ先に反応したのは蓮だ。俺からしても、あまり予想できない事態だった。

「そ。何か一つ形にしたいなって。星海祭に、出したいんだー」

「えっ、星海祭に出すんですか!? あ、あのあの、だって今日、十二日ですよ!?」

そうだ。あまりに言い出すのが遅すぎる。もしやるとしたら、当日朝のギリギリまで作業するとして、一日と少ししか時間がない。今日を含めればもう少し時間は確保できるだろうが。

どちらにせよ、けっこう計画的な二葉が言い出すにしては、遅すぎる。

「うん、確かに時間はカッツカツだね。でもあたし、実は昨日からもう作業に入ってるんだ。あの、最悪ね、おひとりさまでも仕上げるから! ……みんな結構忙しいの、わかってるんだ。蓮君なんて部活入ってるしね。でもね、出来る範囲でいいから。ほんの五分だけでもいいから、ちょっとだけでもいいから、協力してくれないかなあ? ……どーしてもさ、」

「どうしても、やりたいんだ」

二葉の真剣な声音。そこには、ある種の必死さすら透けて見える。そのことが不思議だった。

二葉は基本、わがままを言わない。全員の調和をよしとするからだ。

「ね、どうかな? 三柑ちゃん」

「えっ、あっ、えーっと……! じ、自分は、いいと思いますよ!」

「オレも別に構わないけど、演劇部の練習が大詰めだからほとんど手伝えないだろうし、何なら当日もルナサイドモールの舞台に出るから、学院にはいられないぞ」

「いいの! それでも! 全然いいの! 展示に来てくれなくてもいいっ。内容自体も、突貫工事のしょぼいやつでもいいんだ。本格的にはもう無理だから。……ただね、何か一つ残したいんだ。ほら、柊は今年卒院じゃん? だから、最後にね。……ダメ?」

全員の視線が一斉に六花に集まる。頬杖を突いた六花の表情は、しかし揺らがない。

「俺は構わないよ。ただ、今日は研究所に定期検査に呼ばれていてね。行こうと考えてる。無視すると結構うるさいからね、アレ」

「あ、その、自分もちょっと、このあと教官に呼ばれてまして……。やらかしたってわけじゃないんですけど、行かないとまずいっす」

「オレも練習があるってわけじゃないんだが、今日はちょっと用事があってな。日が暮れる前に行きたい。今日は手伝えそうにないな……」

「あ、うん! 全然遠慮しなくていいから! 急に言い出したの、あたしだしね。……ごめんね、もっと早く言えばよかったんだけど。その、あれだー。乙女的な色々があってね。いやー、めんごめんご」

はぐらかすように、二葉は笑う。さっきまでの真剣さを覆い隠すようだ。それを見て三柑もホッとした笑みを浮かべていた。暖かい雰囲気になる。六花の表情以外。

「話はわかったわ。……それで聞くけれど、何を展示するつもり?」

「お月様について。天文部らしいでしょ?」

どっちの月についてだろうなと、昨日と同じく、意味もないことを邪推する。

「あんね、展示発表やるって言ったけど、うちのルール通り自由参加だから。そこは崩さない。忙しいなら、無理してやんなくていーからね。……でも、でもね。あたしとしては、みんなが参加してくれたら、ビッグバン級にうれしいなって。……わかってくれるかなー、この気持ち」

柔らかく、柔らかく。そういう印象を受ける話し方だ。

「明日、お祭りの前日で学院ないじゃん? でも、あたしずーっとここにいるから。ここで作業してる。だから、気が向いたら来てね。たとえ五分しか作業しなくても、あたし的には全然おっけー! 重く考えないで。軽いノリでだいじょぶなんで。……よーし。一個目おわり」

「二つ目があるのかい?」

「スキを生じぬ二段構えっすね」

「あの居合技より、九か所同時攻撃の突進技の方が無理ゲーだよな?」

「……? そうかしら?」

どうして足し算ができないの? みたいな顔をしていた。三柑が震えている。

「二個目は……鍋をします」

出来うる限りの低い声を作って二葉は言った。「打ち上げです」

かっ、という音と集中線が今にも出現しそうな言い方だった。蓮がへえ、と言って唇を尖らせる。俺も鍋は嫌いじゃない。三柑が左右に両手をスライドさせる高速拍手を繰り出した。

「鍋っ! いいですね! この時期に欠かせないやつですね!」

「簡単だし安いし美味いしな。……祭りの後なら、いつでも都合するけどよ」

「俺も特段予定はないよ。で、どこでやるの?」

「おくじょー!」

「……馬鹿?」

全員の意見を、六花の呟きがシンプルに代弁した。正気か。二月だよ?

「正気だ、ワトソン君。……あのねえ、みんな、ちょっと鍋を軽く見てる」

重く見ている君がどうなんだ。あとナチュラルに心読まれたね、今。

「この鍋はただの鍋ではござらん。油断すると心を灼かれるにて候」

「キャラが迷宮入りして守備力三千って感じですね……二葉センパイ……」

「い、一体……どんな鍋だと言うんだ」

蓮は、ムダに芝居っぽく反応する。

「ふふふ……。知りたいならば教えよう。我々が未来に行う鍋。その封印されし真名を!」

ちなみに六花はガン無視だった。ずっと俺のことを見つめていた。平常運航。

「それは……青春鍋じゃ」

「青春鍋!?」

俺と蓮がとりあえず驚くフリをする。特に意味はない。

「うんっ。ただ鍋やっただけじゃ、記憶に残んないからさー。この鍋は普通の鍋じゃだめ。一心不乱の鍋。メモリアルな鍋じゃないとだめなの。みんなが歳取っても、あるときふっと思い出すような。そんなイベントにしたいんだ」

丸太の髪留めを押さえて二葉は言った。ずっと覚えていられるようなイベントか。

俺に関しては、いつでも何でも正確に思い出せるから、別段こだわりはないのだが。

「はー。だから青春鍋、ですか?」

「うん。屋上は、せーしゅんの記号だからね。メモリアルな鍋にするために、ここは一つ屋上センパイの力を借りたいなーって!」

「しかし、実際可能なのかい? 院生も多いし、貸し切りってなると難しい気がするよ。第一、教官たちが許すとは思えない。基本的にとても厳しいからね。彼ら」

「えっ、もう場所おさえたよ? ほら許可証~」

スカートから取り出した四つ折りの紙を両手で開いてひらひらする。仕事が早すぎる。

「……なるほど。星海祭の翌日。学院は休日ね」

「使用目的が定期観測会になってんな……。一回もやったことないのに定期って」

「活動内容もすごい具体的っすね……。これは教官も騙されますね……」

「騙すなんて人聞きバッド。これはねー、リンギを通したって言うんだよ!」

許可証の文章を読む。確かに洗練されていると思った。

「てなわけで、みんなお祭りの次の日、空けといてね! みんな恋人いないのは調べがついてるからね。デートとか言っても逃がさないから。地の底までストーカーするから」

「……OK。この日は絶対空けとく。……こういうの、大事なことなんだよな?」

「あれ、意外っすね。四条センパイ。翌日は祭りで釣りあげた女の子と一日かと思いましたよ」

「失礼な奴だなー。毎回釣り上げなくても向こうから寄ってくるんだから、仕方ないだろ?」

「ひいっ、チャラい星の人だー! 異星人だ! 異文化コミュニケーション!」

「おー……。なんと三柑ちゃんにもそう見えるんだ。ケーガンだね」

「……二葉ちゃん、オレやっぱりデートで休んでもいい?」

「あはは、怒んない怒んない。蓮君はちゃーんと頑張ってる人。あたしは知ってるぜー」

「……うるせ。営業妨害はやめろ。じゃ、当日はよろしく」

蓮が席を立ってマフラーを巻き始めたのを皮切りに、全員が帰る用意を始める。

しかし、六花だけは頬杖を崩さず、ずっと座ったままで二葉の顔を見ていた。

珍しくぼうっとしている。

かと思うと、急に六花は立ち上がった。タイミングが悪かったのか、向かい側から回り込んで会議室の外に出ようとした蓮とぶつかる。

「……ごめんなさい」

「おっと。こっちもごめんよ」

ぶつかるだけで相手が吹っ飛ぶことはないらしい。強さの出し引きは随意なのだろうか。

「じゃ、自分はとりあえず失礼しまーす」

「オレもちょっと急ぐ。展示の件、ちょっと調整できるか見てみるわ。じゃな」

「はいよー。ほんと、よろしくね」

三柑と蓮の二人は急いで部屋から出て行く。時間を指定されてるわけじゃないが、俺も急いだ方がいいか。プラスのルナティックと違って、俺の検査は長引きがちだ。

「それじゃあ俺も行くよ。職員さんたちが涎を垂らして待ってるだろうからね」

「うん、いってら。ごはん作っておいとくから、夜はそれ食べといてねー」

了解とだけ言って部屋を出て、後ろ手で引き戸を閉めた。

それにしても、今日の部会は違和感の塊だった。二葉が何かやろうと主張するのは初めてだし、三柑が教官に呼ばれるのも珍しい。

そういえば、今日は六花も精彩を欠いていたな。普段は、用事が済んだら真っ先に帰るのに。

そんなことを数秒ほど立ち止まって考えていると、背後の部室から「屋上、行こっか」と言う二葉の声が小さく漏れ聞こえた。なるほど、何か約束があったのか。

ただ、まあ。俺にはどうでもいいことだ。

見ていないのなら、興味を持ってるフリもしなくていい。

こういう一手間をかけられない所が、人として欠けているところなんだろうな。

そんな自分を悲しむこともない。そもそも、悲しいって一体何なんだろう?

猿真似を十七年間続けても、猿が人間になれる気配はなかった。



『それでは、雪白君。いつも通り、これが結果の紙。次からはもう少し早く来てくれよ』

本とテレビとベッドしかない部屋に帰って、検査結果の用紙を見る。

生涯のグラフの伸びを見ると、横ばいの線が五度くらいの角度で上向いている。

読んでもムダだと悟り、一番最初のプロフィール欄に戻った。

『雪白一人:男性 満十七歳  ルナティック:マイナス 【備考】先天性。極めて稀』

ルナティックにも二種類ある。それが、プラスとマイナスだ。

ほとんどのルナティックはプラス属性だから、マイナス属性というのは珍しい。

血液型のRHみたいなものだと思えばいい。確認しなくても、大体はプラスだ。

超能力を操り、常人とは異なった色彩をその身に帯びる。そういう、見方によっては超越者とも取れる明るいプラスに対して、マイナスの持つ側面は暗い。

メリエス・チェック、という試験がある。

俺達ルナティック以外にも、全世界の人民が受けることを義務付けられている試験だ。

ルナティックのほとんどは発現の瞬間を通報されたり、あるいは自首したりするから、発症から即、島に召集がかかるのだが、稀に黙っている奴がいる。だから、あぶり出すのだ。

なんのことはない。人間として一般的な心を持っているか。それを特殊な試験で調べるだけだ。外界の人間には、予防接種より気楽なものらしい。

この試験は、被験者の心の傾向を、細分化された項目に対して数値で表す。

例えば、被験者は怒りに対して六十、孤独に対して七十七の心の動きを持つ、というように。

このテストにおいて、一般人の平均値はだいたい五十から九十の間とされている。

一般人と言っても、中には怒りっぽい人がいたり、他人への依存度が低い人など、色々な人間がいるだろう。心にも個体差がある。それは自明だ。

ただ、そういった人たちでも、指数は高くて八十五、低くて四十の前半だ。僕ってこういう人間なんですよ、とまだ笑って話のネタにできるレベルではある。

この試験をプラスのルナティックに受けさせるとどうなるか。

一つの項目だけ百八十とか二百とか、トチ狂った数字を叩き出してしまうのだ。

そんな通常を越えた心から、ギフトは生まれる。

例えば変身願望が強い奴は小型の竜になる能力を持ったりするし、極端に探究心が強い奴は透視ができるようになったりする。心と能力は呼応するのだ。

このことから、ルナティックの力は心の力だ、と言われている。

さて、この試験でもう一つわかること。

上には上がいるように、下には下がいる。それがマイナスの存在だ。

マイナスは、どんな項目の数値も十に満たない。ひどいとゼロなんてのもザラだ。

要するに、マイナスは心が欠けているのだ。

感情がどんなものか、人間がどんなものか。そういう理解をなくしてしまう。

帳尻を合わせるかのように生まれた、人未満。まるで満ち欠けだと学者は語る。

マイナスの特徴。

まずは色褪せた心象風景を象徴するかのように、髪や目から色素が抜ける。だからマイナスの奴らは、歩いているとプラス以上にパッと目立つ。雪のように真っ白な髪で、うつろな目をして歩いているからだ。

もう一つだけ、特徴。マイナスは、完全記憶能力を持つ。

一度見聞きしたことは、まるで映像の編集みたいに引き出しが自在だ。 

試したことはないが、言語習得にも強いという。

一度聞いただけの曲すら完全に覚えられるくらいだから、当然といえば当然か。

身体能力だって、一般人と比べれば高い。六花ほどとはいかないが。

ただ、俺たちは、日常生活でそれらを役立てることはない。何にも興味がないからだ。

学ぶことに特化した、けれど目立って振るわれることのない力。

一体どうして、何の為に発達したのか。未だ誰にもわからない。

紙を投げ捨てて、遅めの夕食を取る。そろそろ眠らないと構造上まずい。

マイナスは稼働力に乏しく、よく眠る。徹夜なんて神話だ。

テーブルの上から、一桁ばかりの自分の数字の中で異彩を放つ項目が見えた。

『憧憬:42』

異端の中で、更に特別。嬉しい、とは思えなかった。いつも通り。


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