ワケあり王子の求婚
「……っく、」
「!?」
エドガーが突然、笑い出した。
何事かと、フリージアはエドガーを見たが、エドガーはフリージアから視線を逸らして笑い続けた。
(何? どうして突然、笑い出すの??)
固まってばかりいた侍女や騎士達は今度は驚愕な表情をしていた。
フリージアは訳も解らずに笑うエドガーを見る事しか出来なかった。しばらく待ってみたが、一向にエドガーの笑いは止まりそうになかった。
待っていても仕方がないとばかりに、フリージアは手に持っていたティーカップを置き、皿に綺麗に盛られている焼き菓子に手を伸ばした。
(うわっ~美味しい。バターの香りがとても凄い。これを毎日、食べれられたら幸せだろうな)
笑う主賓、動けずにいる使用人。そんな中、フリージアは一人、お茶とお菓子を楽しんでいた。
「ご、ごめん」
エドガーの笑いが収まったのはフリージアのカップのお茶が無くなった頃だった。
エドガーは自分とフリージアの分の新しいお茶を淹れてもらい、笑いすぎて乾いた喉を潤していた。
「こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
「??」
「君が…あまりにもさっぱりした事を言ったから」
(えっ? わたしのせいだって言うの? 笑われるような事、言ったかしら?)
自分が笑われるような失言をしたかは分からず、フリージアは首を傾げた。
「……何か、気に障るような事を言ったでしょうか」
「いや、大丈夫」
(はぁ? 大丈夫って何? 気に障ったけど大丈夫って事?)
分からないままは問題だろうと、正直にエドガーに聞いてみるも返ってきた言葉はフリージアが求めるものではなかった。
「……殿下、何が大丈夫なのでしょうか…」
「うん。君がいいな」
「あの…?」
(どうしよう……話しが通じてない…。殿下が笑いすぎて、おかしくなちゃった~)
全くかみ合わない会話にフリージアはおろおろし、周りに助けを求めたが今までの衝撃のお陰でまともに動ける者が少なかった。
「殿下、そろそろお時間です」
そんな中、側近の一人が時間を告げた。なんでも次の来客の予定があるということでエドガーは退席の言葉を言うと侍従と庭園を離れていった。
その場に残されたフリージアはしばらく状況を把握出来ずに首を傾げていたが、終わったものは仕方がないとばかりに、残っていた侍女に再び紅茶を淹れてもらい、改めて優雅な一時を過ごした。
◇ ◇ ◇
お茶会が終わるとフリージアは客室に案内され、ここで数日滞在するようにと言われた。
滞在期間や滞在中の予定などは一切、教えられなかったフリージアは図書室から本を借り、ほとんどの時間を自室で静かに過ごした。
領地の家にある本の数とは比べられないくらいにある蔵書に黙々と目を通していた。
そんな時間を過ごし、お茶会から3日が経ったある日、フリージアはまた侍女の手によって問答無用に着飾れ、ある一室にいた。
(わたし、何もした覚えがないんだけれど……)
白一色で統一された壁や柱に囲まれるの大きな広間の中央に真っ赤な絨毯が道が作られ、最奥の少し高くなった場所には立派な椅子が3脚、厳かに置かれいた。フリージアは赤絨毯の中央辺りで膝を着き、中央の椅子に座っている一人の男性と向かい合う形になっていた。
椅子に座る男性の傍と広間の扉近くには騎士が立っており、相手が身分の高さが嫌でも分かってしまたフリージアは頭を下げながら、心臓を早打ちさせていた。
そこは謁見の間、それも国王陛下の前にいた。
「フリージア嬢。突然、呼び出してすまなかった」
「…い、いいえっ。拝謁の機会を与え頂き、嬉しく思います」
「嘘でも、そう言ってもらえると助かる」
「嘘、だなんて…」
(陛下に会えるなんて、普通なら名誉な事だ。ただ理由が解らないから不安なだけで…)
「フリージア嬢を呼んだのは他でもない、エドガーについてだ」
「殿下の……」
呼び出された理由がエドガーだと知ったフリージアはますます呼び出された理由が分からなかった。
「フリージア嬢をエドガーの婚約者にしたいと思っている」
「……。はぁ!?」
(何の冗談かしら?)
あまりの内容にフリージアは間抜けな声しか出せなかった。
しかしそんな様子は関係ないとばかりに陛下は話しを続けた。
「あの! あのエドガーが君に興味を持っていたのだよ!! 女性に全く興味を見せず、ただただ己の趣味に没頭してあのエドガーが! 君、フリージア嬢の事を語ったのだよ!!」
「はぁ…」
「私や側近達がどんなに興味を他に移そうと気を回したことやら。あんな容姿をしているんだから浮ついた噂の一つや二つ、あったっていいだろうに! 私の育て方が間違ったのか……。そのエドガーが! 君とのお茶での席の事が笑いながら報告してきたのだよ!」
「……」
「そうとくれば、早々に手は打たねばならないと、こうして君を呼んだ訳だ!」
「……」
「この国の未来の為にも君にはエドガーの婚約者となって、ゆくゆくは王妃になってもらいたい!」
陛下の心の叫びに近い訴えをフリージアはただ聞くことしか出来なかった。
「わ、わたくしには無理です」
呆気にとられ、少しの間氷漬いていたフリージアは何とか我に返った。
「何を言う。君以外に王妃になれるような逸材なんてこの国にはいなぞ。見目は親の私が言ってはなんだが、女性受けする容姿だと思うし、性格は趣味さえ関わらなければとても真面目な男だと思うぞ」
「いいえ、そういう問題ではなく…」
「では何だ?」
「わたくしでは不釣り合いです!」
「そんな事か」
(いや、そんな事って…)
「王である私が大丈夫だと言えば、大丈夫だ!」
(それ全然大丈夫じゃない――!!)
何を言っても取り合ってくれない国王にフリージアは心の中で絶叫していた。
その時、
バタンッ!
広間の扉が大きく広げられ、慌てたようにエドガーが入ってきた。
「父上!」
「何だ、エドガー」
「何だ、じゃありませんよ! この件に関してはもう少し待って下さいと申したではありませんか!」
「しかし、その少しで手遅れになってしまっては事だろう?」
謁見の間に乱入してきたエドガーによって、有無を言っても取り合ってもらえず困惑していた状況から抜け出すことが出来たのだった。
フリージアはホッと息をつき、どのようにしてこの状況を抜け出すかを考えていた。
「さ、フリージア嬢。行きましょう」
「へっ?」
思考を巡らせていたフリージアは周りの会話など一切、聞いていなかった。
突然、エドガーに手を取られ、訳も分からないまま謁見の間から出ることになった。
どうにかこの場から逃げ出そうとしていたフリージアの目論見通り、抜け出すことが出来たのだが、一番厄介な退室の仕方だったということは今のフリージアには考えが至らなかった。
エドガーに手を引かれるまま歩かせられ、やってきたのは先日、エドガーとフリージアがお茶をした庭園だった。
四阿を通り抜け、奥にある薔薇が咲く生け垣へとやって来るとエドガーは立ち止まり、振り返った。
「父が突然、変なことを言ったようで申し訳ありません」
「ああ~やっぱり、冗談だったんですね」
「いえ、冗談ではありません。本当は私の口からあなたに申し込みたかったのに。父が余計なことをして」
「……………は?」
(ちょっと待て! 今、何て言った!?)
フリージアの手を握るエドガーの手に更に力がこもった。
「あなたは私の趣味を知っても別に構わないと言ってくれた。それがとても嬉しかった」
至近距離でエドガーに見つめられたフリージアは視線を離せず、身動きも出来なかった。
「その時、思ったのです。私はあなたと共にいたい、と…」
「……」
エドガーはそこで言葉を句切り、その場に膝を着いた。
その行動にフリージアは目をいっぱいに見開いた。
「フリージア=クライブ様。あなたの事が好きです。私と結婚してください」
「っ!」
エドガーの行動から予想した言葉だったが、エドガーの口からその言葉が紡がれるとフリージアは息を飲み込んだ。
(えっ!? 何? 嘘でしょう?)
フリージアは跪いて自分の手を取るエドガーを無言のまま見つめていた。
「フリージア嬢?」
「えっ……と、あの…」
「ふふっ。返事は急ぎませんよ。ただ、逃がしてあげませんからね」
立ち上がったエドガーはフリージアに近づくと身をかがめ、フリージアの頬に口づけした。
「―――――――っ!!」
薔薇の咲き誇る静かな庭園にフリージアの声にならない悲鳴だけが響き渡っていた。
読んで頂いてありがとうございました。
これで一応、完結になります。
出来れば、続編・番外編を書きたいと思っていますので、その時はご愛読お願いいたします。