ワケあり王子のお茶会
よろしければ、読んでみてください。
「召喚状!?」
フリージアは驚愕しながら見慣れた刻印が入った見られぬ内容が書かれた紙を食い入るように見続けた。
=====
フリージア=クライブ殿
貴殿は至急、王城に来られたし。
ラフレンティア国 国王・ラインハルト
=====
「……」
「……」
「何よこれ?」
「何だろうね…」
トリーシアという小さな町にある領主館の一室。領主の一人娘であるフリージア・一六歳は父と共にその問題の手紙を手に混乱に陥っていた。
手紙にある刻印は誰もが知っているこの国、ラフレンティア国王家の紋章である。
だがしかし、王家の紋章が施された手紙がここ、辺境の中の辺境。地方田舎にある狭い領地を治めるクライブ家に届くなど、一体誰が想像したことがあるか?
(いや、絶対無い。これは何かの間違いだよ)
フリージアは現実を真っ直ぐには受け止められなかった。
フリージアだけではない。もちろん、領主である父親も信じていなかった。
「はは…、冗談よ。これ偽物でしょう?」
「フリージアもそう思うかい? わたしもだよ。でもこれ、国璽が押してあるんだよね」
「本当ね。よく出来ているわ。ライナスの力作かしら? でも不敬よ、あとで注意しておかないと」
「ギルダスの息子か? あやつには無理だろう?」
誰だこんな悪戯をしたのか? と領主父娘は早速町に行って犯人を捜さなくては息巻いていた。
しかし、犯人探しをし始めようとした父娘はゴホンっ…と咳払いの音に室内にいたもう一人の人物に目を向けた。
「間違いなく本物です」
「「……」」
この書状を持って来た使者であった。
使者の役目は書状をクライブ家へと届け、そのままクライブ家の令嬢であるフリージアを連れて王都に戻ることだ。このままだとずれた方向へ話を反らしたままにしそうな親娘二人に制止をさせた。
「本当にわたし? わたしに王城に来いって言っているの?」
「ええ。フリージア=クライブ様、あなたに間違いありません」
このあとフリージアは絶叫したのは割愛する。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました」
「……いいえっ……えっと…」
「初めまして、私はエドガーと申します。お嬢さんのお名前を伺っても?」
「……」
突然やって来た王城からの使者によりフリージアは速やかに(半強制的に)城に連れてこられた。一ヶ月、何も説明を受けぬまま馬車に揺られ、城に到着すると息をつかぬまま城の一室で数人の侍女達に囲まれながら浴場へと連れ込まれた。あれよあれよという間に隅から隅まで磨き上げられた。
どこから持ってきたのかフリージアが見たこともない煌びやかなドレスに着替えさせられ、そのまま庭園へと連れてこられ、四阿らしき場所に座らされた。するとしばらくして一人の男性が付き人を引き連れやって来た。
フリージアはしばし身を固めていた。
現れたのはサラサラの金髪に奥まで透き通ったような碧の瞳の爽やかな笑顔の青年であった。が、しかしその青年の見た目と名乗った名に覚えのあったフリージアはしばらく思考が停止していた。
(はっ? まさか……。いや…えっ!?)
「えっと…ここ…どちらでしたっけ?」
「王城内の庭園ですね」
「ですよね。……それでこちらの方がエドガー様?」
「はい、そうです」
「わたくし、嫌な予感しかしません」
フリージアはとりあえず状況を整理しようと何とか頭を稼働させた。
今現在いる場所と今現れた青年の名をもう一度確認した。すると心得たように城までフリージアを連れてきた使者で、更にこの庭園まで案内した人物――この城の侍従らしく、フリージアの後ろに控えていた――が朗らかに答えた。
「エドガー様はこの国の王太子殿下です」
現れたのは今年で一九歳になるエドガー=ラフレンティア王太子殿下。この国で王の次に偉い人であり、次期国王様、その人であった。
今のフリージアにとっては侍従の朗らかさがとても痛かったようだ。がっくりと肩を落として項垂れていた。
「……」
(やっぱり…)
フリージアは確認の為にもう一度青年を見た。
爽やかな笑顔のまま、青年は椅子に座り、侍女に注いで貰った紅茶を優雅に嗜んでいた。
まるでフリージアの思考が戻ってくるのを待つかのように話しかけてくる様子はなかった。
その青年が噂通り、『見目麗しく爽やかな笑顔の王太子殿下』だというこをフリージアは認めた。
が、しかし―――。
(王子らしい。確かに噂通りの王子様だ。サラサラの金髪は高貴な令嬢に負けないくらいつるつるピカピカだし、お肌も絶対にスベスベ! 顔なんて超ーイケメン! あの容姿で微笑めば年頃のご令嬢だけでなく、新婚の花嫁だろうが熟年のマダムだろうが見惚れる様な王子だ。……なのに! ………なのに何故! 首から下がおかしい!!)
あろう事かエドガーはフリルをふんだんにあしらった衣装を身に纏っていた。
襟ぐり、袖口、上着の裾……白を基調に仕立てられている衣装の至る所に金糸の刺繍や白やピンクのレースがあしらわれていた。
あまりの衣装にフリージアは不敬などすっかりどこかに飛ばして、まじまじとエドガーの姿を観察していた。
「ちょっと馬車に揺られすぎて疲れたのかしら? 幻覚が見えるようだわ」
「残念ながら幻覚ではございません」
「じゃあ…」
「正真正銘、本物でございます」
フリージアは自分が疲れて幻覚を見ていると思いこみたかった。
実際に目眩のような錯覚を起きた気がしたフリージアだが、後ろに控えていた侍従に直ぐさま、否定されていた。
(さすが王族。生地も仕立ても一級品だわ。あの生地なんて最高級品の絹で作られているんじゃない? ――って、問題はそこじゃないわ。そうよ、問題はデザインよ。何この繊細なフリルやレース、刺繍だってもの凄く細かいわよ。女のわたしでさえ、こんな衣装持ってないわよ? どうせウチは貧乏よ。逆立ちしたってこんな衣装、作れないわ。いやいや、持っていたとしても着ないわよ。しかも差し色にピンクっ!! ピンクって…。しかも似合っているって……。外見が良い人って何でも似合うのね……、何だかとっても残念だわ。でも相手は王太子。王太子殿下よ。雲の上の人物よ。大丈夫、落ち着くのよ、わたし)
フリージアは凝視し終えると目を瞑り、口に絶対に出してはいけないセリフを考えていた。
しばらく瞑想し、目頭を押さえて首を軽く振ると心を決め、目を開けて持てる全てを出し切って微笑んだ。
「失礼致しました。わたくし、マギリアーヌ領 領主フレドリク=クライブが長女 フリージア=クライブと申します。お初にお目にかかります、殿下。とても可愛らしい装いですわね?」
「ありがとう。そう言ってもらえて私も嬉しいよ」
こうしてフリージアは無事に? 王太子殿下とのファーストコンタクトが終了した。
現在、王城の庭園で奇妙なお茶会が催されていた。
カップに注がれた紅茶をゆっくりと口に運ぶフリージアはその動作と裏腹に心情は激しく動揺していた。
もちろんフリージアの動揺を誘うのはエドガーの衣装についてだ。
(ダメだわ…気になって仕方がない……。何だってこんな衣装を? さっき、衣装を褒めた時、普通に喜んでなかった? あれは演技? もしかしてわたしの事を試しているのかしら? どう反応するか窺われている? いやいや、何のために? わたしを辺境の領地から引っ張り出してわざわざする事じゃないでしょう?)
考えれば考えるほど、フリージア深みに嵌っていった。
しばらく考えたが相手の意図が図れず、フリージアは心を決してエドガーに向き直った。
「不敬を承知で殿下にお尋ねしたいことがございます」
「何かな、構わないよ?」
フリージアの突然の申し出にエドガーは快く頷いてくれた。
それを見たフリージアは再度、覚悟を決め、こう告げた。
「殿下は御心が女性なのですか? それともそういった装いがお好きなのでしょうか? それてもわたくしの反応をお試しになっているのしょうか?」
「……」
フリージアのストレートな質問にその場に沈黙が走った。
向かいの席に座っていたエドガーはびっくりしたかの様に目を見開いていた。
そのすぐ側ではおかわりお茶を注いでいた侍女がティーポットを持ったまま、不自然な形で固まり、エドガーの後方に控えていた護衛であろう騎士達も動きを止め、こちらを凝視していた。
ただ、エドガーの側に控えていた侍従らしき側近だけが他の者とは別の意味で驚いた顔をしていた。
(えっ!? わたしちゃんと許可取ったよね? 予め不敬になるって了承したよね?)
周りの反応にフリージアはやや気後れし、たじたじしていると驚きから気を取り戻したエドガーが今まで一番の笑顔を披露した。
(うっ…眩しいわ! 何、この笑顔)
「これは私の趣味だね」
「趣味…?」
満面の笑みに気を取られ、エドガーの言葉が素直に取り込めなかったフリージアは呆然と同じ言葉を繰り返してしまった。
「そう。私は可愛い物が大好きなんだ。あと甘いお菓子とかもね。着飾った女性を見るのも好きだけど自分に化粧をしたりスカートを身につけたりしたいとは思わないかな? 間違いなく男だよ。体格は一般成人男子と変わらないし、道化になるのは御免だよ。だけと好きな物は好きだから、こういう衣装を作ってもらっているんだ。これなら道化になる事もないし、可愛いものを自分でも身につけられるだろう?」
(趣味…。趣味って事はプライベートの事よね!? 確かに初見の対応に困るけど、ご自分で楽しまれるだけなら実害はないし。……似合ってるし。大事だからもう一度言うけど、似合っているし! さすがに公式の場には普通の格好をしてるでしょう?)
「それなら結構です。無礼な質問に答えて頂き、ありがとうございました」
「おや? それでいいのかい、君は?」
「? …どういうことでしょうか?」
「もっと軽蔑した目で見るとかネチネチと文句を言うとか…かな?」
「人様の趣味にケチをつける様な事は致しません」
(軽蔑した目…ってそんなあからさまに? どんな鉄の心を持った人物なんだ……。殿下相手によくそんな事が出来るな~)
「……」
エドガーの格好が気になって仕方がなかったフリージアだが、一度納得してしまえばそれほど気にならず、やっとここで落ち着いて実家では絶対に手に入れることが出来ない高級茶葉の香りを楽しんでいた。
「……っく、」
「!?」
エドガーが突然、笑い出した。
何事かと、フリージアはエドガーを見たが、エドガーはフリージアから視線を逸らして笑い続けた。




