F1201号室 林さん>>Scene.02
「難波。お前、『鬼』って言われた事あるか?」
突然の先輩からの質問に、訊かれた男は面食らった。
「お、鬼?ですか?僕は新米すぎてまだ無いですけど……中にはいるんじゃないですかねぇ」
「じゃあ、『上司』は?」
「ジョウシって……新米だって知ってるくせに」
「もっと言えば、担当患者の子供にだ。しかも五歳。どうする?」
「はぁ?」
突然の謎解きのような会話に右往左往している新米医師。ニヤニヤと眺める中堅の医師。そばにいたベテランの看護師長がぷっと噴き出してフォローを入れた。
「谷脇先生、製薬会社にでもお勤めしてたんですか?」
「してないが、している事になっていた」
「えっ?!」
「あら、やっぱり。林さんね?」
師長の言葉に、谷脇は目配せでイエス、と返答する。
そうよねぇ、と師長は目をパチパチと瞬かせた。
「小さい子には、言わない家庭もありますからねぇ」
「何をですか?」
「何って、」
自分が。子供の親である身が、『重病』であると言う事。
「確かに五歳じゃ、理解に足りない年齢ですしね」
「逆に俺は、理屈の分からんガキを騙すのはどうかと思うがな」
「それもそうなんですけど」
「とにかく難波、一つだけ覚えとけ」
「はい?」
「五歳男児の想像力と体力は侮れないぞ」
「えっ!?」
「あわや、林桃太郎に退治されかけた」
「ももたろう?」
「そう。桃太郎。」
そう言うと谷脇は自身の左袖を捲った。点々と赤く滲んだ痕がある。あらやだ、と大袈裟かつ面白げに驚いた師長を端に、難波は目を丸くした。
「そのアザまさか、林さんのお子さんに?」
「パパをいじめる鬼上司にはこうだー、だ」
拳を繰り出す真似に、難波がひぇぇ、と声を上げる。師長が苦笑しながらも保冷剤を出した。
「他のナースに聞きましたよ。先生も厄介事に巻き込まれましたねぇ」
「しかも何の了承もなしにだ。理不尽な」
「どうするんですか?」
「どうもこうも難波、過ぎた事だろが。大体この俺が、子供に仕返しするとか思うのか」
一瞬答えに詰まった後輩の顔。谷脇はそんな後輩の胸にドン、と拳を当てた。
「それよりも林夫人があの後どう子供に言ったのかが気になるな」
「五歳でしょう?分かってなさそうで分かってる年頃なんですよねぇ……」
うんうん、と頷く師長と、まぁそう言う事だな、と話を終わらせた先輩医師。ベテランの二人の経験論に、新米医師はあっさりと音を上げる。
「すいません、意味が分かりません」
「少しは考えろ」
「いやもう、想定外過ぎて」
「最近の若ぇやつは……まぁいい。さっきの話に戻るがな、」
「はい?」
「騙すか騙さないか。極論で言うと俺は、『騙さない』以上に、『騙すならとことん』だ」
「はぁ」
「お前もそのつもりでいろよ?」
経験薄な青年は、谷脇の去った後、早速師長に泣きついた。
◇◇◇◇◇