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◆ 5 ◆

初めて訪れた公営墓地は思いの外いい所だった。墓地というより公園のような感じで、近くには大学のスタジアムがあり、野球の試合をしているのか賑やかな声援が聞こえてきていた。春の土曜日の昼下がり、少しばかり暑かったが時折心地よい風が吹いていた。

「いいところだね」

「そうでしょ? 駅からはちょっと遠いけど、決めてよかったでしょ?」

「ここなら親父も寂しくないんじゃないかな」

「ふふふ、野球の試合を観てたりしてね」

 母は嬉しそうに笑った。親父は野球がとても好きだった。

 事務所で簡単な手続きを済ませると男性の職員に遺骨を安置する場所まで案内された。そこは小山になっており、斜面には水の流れる大きな円形のモニュメントがあり、その前の献花台にはたくさんの色取りどりの花束が供えられていた。

すいきょうっていうらしいの」

 母がそう説明してくれた。後で辞書で調べてみると、何でも水鏡には、水がありのままに物の姿を映すように、物事をよく観察してその真意を見抜き、人の模範となること。またはそういう人を指すらしい。なるほど、仏様の前では人は真実の姿をさらけ出すということなのだろう。

 小山の後ろへ回り込むとそこには扉があり、その前に台が置かれていた。

「では遺骨をこちらへ」

 職員の方に促され僕は持っていた遺骨を台の上へ置いた。

「では、故人のお骨とはこちらでお別れとなります。この後は地下の納骨室へ安置させていただきます」

 最後のお別れをと言われ、母と僕は並んで手を合わせた。

 職員と別れ、献花台の前に移動をし、母と二人でそれぞれに花を供えた。僕と母はここでもう一度手を合わせた。母は先ほどよりも長く目をつむり祈りを捧げていた。

「はぁ」

 溜息とも安堵とも取れる吐息をもらした母。

「疲れた?」

「ううん、ただ何だかホッとしちゃってね」

「少し休んで行こうか」

 事務所の横には参拝者に向けた休憩室があった。そこには数組の家族の姿があり、中で弁当を食べたりしていた。春にしてはやはり少し暑い陽気で、外にいると若干汗ばむ。その点、休憩室の中は空調が効いていてとても心地良かった。昼食には少し早かったが僕たちもここで済ませることにした。

「少し歩いたらコンビニがあるらしいから何か買ってくるよ」

「うん、お願い。軽いものでいいから」

「了解」

 僕は母を残して休憩室を後にした。

 サンドイッチとサラダ、それにお茶を買って十分ほどで戻ってくると、母はぼんやりとある家族を見つめていた。おそらく母親と娘だろう。僕のところと逆の親子設定である。

「どうしたの?」

 僕の問いかけにも母は視線を移すことなく、

「ん? ちょっとね、考え事」

「あの母娘おやこを見ながら?」

 母は少しはにかむように微笑んで、買ってきたサンドイッチを手に取った。僕が椅子に腰掛けお茶に手を伸ばすとおもむろに話し始める。

「多分亡くなったのはご主人だと思うんだけどね。どんな方だったのかしら…なんて考えちゃって。亡くなってからどれくらい経つのか分からないけれど、何だか今でもすごく悲しんでいるみたいに見えて」

 母の言葉に僕もその母娘の方へチラッと視線を走らせた。母親の方も娘さんの方も、うちより少し年上に見えただけで、僕にはそれ以上のことは分からなかった。こちらと同じように普通に話をし、時折笑い声を上げながらきっと故人のことを偲んでいるのだろう。いや、ひょっとしたらまったく違う、今夜の夕食のことや今度行く温泉旅行の話でもしているのかもしれない。だが母は、それとは違う何かを感じ取り、そして考えているようだった。

「母さんはもう悲しくないの?」

「そうねぇ、悲しいというよりは寂しいという方が合ってるかもしれない。ただ、そういうこととは違って…なんて言ったらいいのかな、あの二人を見てたら、お父さんではない違う人のことを思い出したりしちゃって」

「えっ」

 僕は率直に驚いた。何だろう、まったく予期していなかった返答に胸がドキドキしてきた。

「それって親父じゃない別の好きだった男の人のこと?」

「まぁ、そんな感じかな」

 母はサンドイッチをかじりながら、

「私ったら何考えてるんだろうね。不謹慎よね、お父さんの納骨の日に。今言ったことは忘れて忘れて」

 そう言って手を左右に振った。

「そんなことないよ。逆にすごく聞きたい。見合いした親父以外に母さんに好きな人がいたなんて、オレ、初めて聞いてちょっと驚いてるんだ。ね、少しでいいからさ。聞かせてよ」

「そんなこと言われてもねぇ」

 母は恥ずかしそうにうつむいてしまったが、「こういうのも供養のうちに入るのかなぁ」そう独り言のようにつぶやいて、ゆっくりと口を開いた。

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