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第12話 月光

 夜の帳に包まれた無音の荒野を、一匹の傷付いた機械竜が往く。


 一歩また一歩と大股に踏み出す毎に、だらしなく垂らされた尾が地面を削って砂煙を起こし、巻き上げられた砂塵が月光を浴びて淡く輝く。


 太陽の熱く苛烈な光とはまた違う、冷たくもどこか優しげな淡い明かり。


 それは荒野に身を横たえた文明の残骸達を憐れむように、ぼんやりと仄かに照らし出す。


『“社”からの通信を確認。 現時刻を持って作戦の終了を宣言。 アーマメントビーストの搭乗員とその補助AIは現在位置より最も近い拠点にて、指示があるまで待機せよ、だそうです』


 元々光沢の目立つボディをより一層美麗に輝かせるドラグリヲの中に、カルマの元気な声が響く。


 だがそれに対して雪兎の反応は至極鈍かった。


「あ?……あぁ分かった、行き先はお前に任せる」


 シートに力無く身体を寄り掛からせながら、何時もの調子よりもワンテンポ遅れて指示を出し、すぐに物憂げに黙り込み俯く。


折角大きな戦果を上げたのにも関わらず陰鬱な雰囲気を醸し出し続ける雪兎。 それを見かねたのかカルマはコックピットの中に姿を現すと、雪兎の顔を正面から見据えながら尋ねた。


『本当にどうしたんです?さっきから様子が変ですよ?』


 曇り一つ無い大きな瞳の中に雪兎の疲れ切った顔を映し、小さく柔らかなボディを傍に寄せながらカルマは問う。


淡雪の様に白く儚げな小さな両手が、雪兎の生傷だらけの右手を掴み、胸の中にそれをそっと抱き寄せる。


 その行為に対し雪兎は軽く微笑んで返すと、カルマの柔らかい頬を人差し指で軽く撫で上げた。


「何ちょっとした杞憂だよ。 馬鹿げた話だけども聞きたいかい?」

『……ユーザーの気が少しでも紛れるのなら幾らでも』


 雪兎自身の鼓動とは全く異なるリズムを秘めた異形の手が、カルマの頬を優しく包む。


 しかしカルマはそれを忌々しいとばかりに払って遠ざけると、雪兎自身の腕に黙ってしがみ付く。

 

 まるで本物の子供の様に振舞うカルマに、思わず顔を綻ばせる雪兎。


 そして人の子と変わらぬ温もりを宿したカルマのボディを抱き上げ、自分の膝の上に行儀よく座り直らせると、静々と語り始めた。


「普通の生命体と害獣の最も簡単な判別方法は知っているな?」

『勿論存じています。 全ての害獣は緑の血潮を流す。 人類が奴等と戦い始めた時から伝わる常識です。でもそれが何か?』

「奴はそれを流さなかったんだ。そして旧都で会ったあの竜も……」


 自分の中に確かに刻まれたどこかの誰か人生の記憶。


 それを思い起こしながら、雪兎は自分の顔を頻りに見上げるカルマの頭を撫でる。


 そして正面のモニターに僅かにこびり付いた赤い血痕に視線を向けると、僅かながらの後悔が入り混じったような弱気な声を絞り出した。


「僕は同類を殺してしまったのかもしれないと、そう思っただけさ」


 先程まで自分の意識を蝕んでいた“夢”の内容を語っても正気を疑われるだけだと考え、適当に端折りながら雪兎は簡潔に語る。


 ――が、それに対して返って来たのは論理だった反論等という甘っちょろいものではなく、硬質化したグロウチウムの拳による痛烈な乱打だった。


 メリメリッと嫌な音を立てて、鋼鉄よりも硬い拳が雪兎の腹を抉る。


「いでででででで! 馬鹿野郎いきなり何しやがる!」

『馬鹿野郎と言いたいのはこっちですよ! 貴方は一体何を言い出すんですか!?』


 突然の暴行に面食らった雪兎の戸惑いなど構わず、カルマは雪兎の上に馬乗りになると雪兎の白い頬を引っ掴んで思い切り捻り上げる。


『ユーザーの解放に反対したお偉方が何と言っていたかお忘れですか? あの連中は貴方のことを人の皮を被ったバケモノ扱いしたのですよ!? 貴方が奴等の言葉を肯定してどうするんですか!?』

「痛い痛い痛い! 分かった! もう二度と言わないから離せって!」

『悪いと思っているのなら、私の目の前で二度とそんなこと言わないで下さい。

 それに、貴方がそう言って一番悲しむのは他でもなく哀華さんだと思いますよ』


 涙目になりながら許しを請う雪兎をゴミを見るような目で睨みつけ、見せ付けるように溜め息をつくカルマ。


 彼女はこれでもかとばかりに抱いた不満と不快さをアピールすると、雪兎の身体の上からそそくさと降り、そのままドラグリヲの内部へと戻っていった。


「……僕はただ可能性の一つとして提起しただけだ。 自分の手を汚したことも無いような連中の妄言を諸手を挙げて肯定した訳じゃない」


 赤く腫れた頬を撫でつつ雪兎は零すと、改めて己の左手に視線を向ける。


 夢の中で邂逅した男とのやり取りの中で確かに感じた、異常な殺意の昂ぶり。


 それを引き起こした原因は間違いなくコイツにあると断じると、返事が無いことが分かっていながらも左手に向かって問いかける。


「本当にお前は何を目論んでいるんだ? なぁ居候の化け物よ」


 掌を抓ったり、爪で引っかいたりして様子を見るも、左手に擬態した化け物は一切の反応を示さず、ただ沈黙を守るのみ。


「まぁ、なるようにしかならないか」


 いつまでも返事をしない輩相手に構っていても時間を浪費するだけだと雪兎は溜め息をつくと、シートに背を持たれかけて暫しの休息を取ろうとする。


 しかしふと目にしたコンソールの表示から通信が入っていることに気が付くと、足を伸ばして大雑把にスイッチを押し、回線を開いた。


「はい、こちら真継雪兎と申しますが……」

「よう相棒、まだ生きてるか?」

「はっ、何だお前かよ馳男」


 長々と話す気などさらさら無かった雪兎をその気にさせたのは、気心知れた同僚の明るく爽やかな声。  


 別の場所で同じく危険な任務に就いていた友人が未だ健在である事を知ると、雪兎は安堵を胸に笑いながら嘯き、カメラのスイッチを入れる。


「死ぬ訳無いだろ。 僕は悪運だけは妙に強いのさ」

「ほぉ羨ましいじゃないか。 少しは俺にも分けてくれよ」

「やだね、普段から苦労している連中なら兎も角として、何で家柄も財産も女も才能も恵まれているお前に譲ってやらなきゃならんのだ」


 そんなもん道理が通らんだろうと、雪兎はムスッとした顔をして男に当たる。


 すると何がおかしいのか、名を呼ばれた鳶色の髪の男はけたたましく破顔して見せると、おもむろに栗色の目玉を動かした。


「うん? どうしたんだよその馬鹿みたいな髪色は? まるでV系の出来損ないみてぇじゃねぇか。 アホなことばっかしてるとまた木乃花にどやされるぜ」

「好きでこんな姿になった訳じゃない、こっちにはこっちの事情があるのさ」

「ふぅん、まぁ命に関わらないなら別にいいさ。 お前がまた朝から晩までクドクドと説教を喰らおうが知ったこっちゃねぇ」


 世話焼き女に惚れると苦労するな色男と、馳男はニヤニヤと絶えず頬を吊り上げながら雪兎を冷やかす。


 しかし雪兎はそれらの戯言に一切答えず静かに姿勢を正すと、穏やかだった態度を一気に切り替えた。 馳男が連絡を寄越す時には大抵碌なことが起こっていないと、経験上分かっていた故の反応である。


「で、一体何の用があって連絡を入れたんだ? お前の仕事はどうしたんだよ」

「それを含めて話がしたいのさ。 お前もお前で色々と厄介事に遭ったんだろうが、今後のことを考えればこっちの方が余程重大だろうからな」

「他の連中はどうしたんだ、別にお前一人でやりあった訳じゃないはずだ」

「さぁ、どうなったと思う?」


 雪兎の態度が変わったのに合わせて、馳男の軽い口調も途端に重々しいものへと変化する。


 そこには先ほどまでの軽薄な雰囲気は一切無く、地獄を見た一人の兵士としての険しい表情があった。


「……分かった、これから指定された都市に向かう」

「話が早くて助かるぜ。 指定場所は要塞都市『呉』にあるうちの会社の事業所だ。

 落ち合った後はどっかで飯でも食いながらゆっくり話そうぜ」


 事情を察した雪兎の返事を聞いて馳男は再び快活な笑みを浮かべると、奢りじゃねぇからなと一言付け加え、カメラに手を振りながら一方的に通信を切る。


 前触れも無く突然現れ、嵐のように去っていく馳男とのいつも通りのやり取り。


 しかし雪兎はその中で、友人の確かな異変を感じ取っていた。


「カルマ、僕が監禁されていた間に一体何が起こっていたんだ?」

『私が話すよりも、直に戦闘を経験した彼の言葉の方が聞くに値するでしょう』


 既に何が起こったのか知っているのか、返答するカルマの声色はとても暗い。


 だが現実から逃げたところで何も変わりはしないと、雪兎は良くない知らせを受ける覚悟を決めると、友が待つ都市へ向かい急いでドラグリヲを走らせた。


 人一人に出来ることなど高が知れていることを、否応が無く思い知らされながら。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


すでにエンディングまで書き上げた作品でありますが、もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。


たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。

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