きっと、ものすごく運が良い
『幸運です。皆さんは。我々は――』
それが半年前から繰り返されるフレーズ。
事実、私たちは幸運だろう。
この上なく。
『生命が生まれて以来、我々しか体験できないことです』
その通りだ。
飽き飽きするほど聞いた言葉に偽りはない。
けれど、そんな幸運を前にして私がすることといえば――。
「今日、カレー?」
彼氏が私に尋ねてくる。
「うん。せっかくだから」
「嬉しいな」
「どうせこれがいいだろうなって思ってね」
十年近い付き合いだ。
好みだってよく分かっている。
十年近い付き合いだ。
それなりに喧嘩もした。
それこそもうやっていけないと思ったことも何度もある。
実際、半年前には関係に区切りをつけようとした。
それが繋ぎ止められたのは全て――。
「幸運だったのかな」
「なんか言った?」
「んーん。なんにも」
彼氏の用意してくれたお皿に温かなカレーを盛る。
いつもより少し良い品を使って、数え切れないほど作ったいつもの味を大切な人と味わう。
これ以上の幸運なんてきっとないって私にはわかる。
「外でパレードしてるらしいよ」
「へぇ」
「行ってみる?」
「うーん……」
迷う私に微笑みながら彼氏は外を見る。
まるでお昼みたいに外は明るい。
町中の。
国中の。
いや、世界中の人々にとって、今日は最も幸運な日なのだ。
誰も寝たりしていない。
誰もそんな勿体ないことをしたりしない。
「家にいよっか」
彼氏の言葉に私は頷いた。
うん。
それがいい。
だって、最期の瞬間に万が一にも離れ離れになったら嫌だから。
「にしてもさ」
食事を終えて洗い物を2人でしながら私は言う。
「よく考えたもんだよね」
「何が?」
「いや。地球最後の日を『最も幸運な日』って表現するの」
「あぁ」
彼氏は笑った。
そう。
今日は半年ほど前から想定されていた地球最後の日なのだ。
大きな大きな隕石が地球にぶつかる。
様々な手だてを考えたがどうしょうもないとわかり、その結果人類が導き出したのは――。
『いよいよ最後の瞬間が近づいてきています。さぁ、この瞬間を皆で迎えましょう』
終わりそのものを大きなイベントとしてしまうことだった。
この半年間。
世界中でずっとお祭りが続いた。
これで最後であるが故に人々はあまりにも優しく、あまりにも打算なく、そして生々しい話だがあまりにも後先を考えずに金を使ったのだ。
「人類史で最も幸運な世代、か」
この瞬間を象徴する言葉を吐いた私に彼氏は笑う。
計算によれば隕石があまりにも巨大なためあらゆる命は苦痛もなく逝けるらしい。
「さて。あとは何する?」
「んー」
私達は付き合いたての頃に撮ったアルバムを開く。
何をして過ごすかなんて、ずいぶん前から決めていた。
「のんびりしようよ」
「そうだな」
直に来る終わり。
それに気づかないほど穏やかで幸せな時間はあと少しだけ続いた。




