3-3 初めての意思
今回は、無気力だった王子が少しずつ変わり始める場面です。
3-3
王子が次に気づいた時には、すでに城へ戻っていた。
見慣れた石壁。
静かな廊下。
慣れ親しんだ景色を認識するたび、少しずつ意識が現実へ戻っていく。
完全に我に返ったのは、自室へ戻ってからだった。
王子はすぐに従者を呼び、人払いを命じる。
そして――少女の話をした。
少女の舞のこと。
舞台の上で感じたこと。
断片的に、だが止まらない勢いで語る。
そして最後に、舞台の上で少女へ告げた言葉も伝えた。
「求婚……?」
「本当に、そのつもりで言ったのですか……?」
従者の驚きは大きかった。
その反応で、王子もようやく自覚する。
自分が、王族としてあるまじき行動を取ったのだと。
それでも――
(少女への言葉に、嘘も後悔もない)
その想いだけは、少しも揺らがなかった。
従者は王子を見つめ、深く溜め息をついた。
それが呆れなのか、諦めなのかは分からない。
「とりあえず、大事にならなくて幸いでした」
そう言ってから、従者は少女について分かっていることを話した。
隣国の女性であること。
おそらく、どこかの貴族であること。
舞台を降りた後、他の男たちからの誘いにも応じなかったこと。
それを聞いた瞬間、王子は胸の奥から安堵していた。
だが――それ以上の情報は得られなかった。
従者は、王子が諦めてくれることを期待しているようにも見えた。
それでも、王子の気持ちは変わらない。
結局、その日の話は、そこで終わった。
後日。
従者は改めて、王子へ現実を説明した。
隣国への敵対意識。
王族としての立場。
そして、即位後に控える縁談。
一つ一つが重く、無視できるものではない。
どれもが、少女との婚姻は不可能だと示していた。
だが――
それでも、諦める気にはなれなかった。
むしろ、障害があるほど少女への想いは強くなっていく。
そして同時に、王子には確信もあった。
(自分が諦めなければ――)
(従者は、必死に道を探してくれるはずだ……)
(どうすれば可能になるのかを――)
従者への信頼は、それほど深かった。
さらに数日後。
従者は、一つの提案を持ってきた。
それは――
【両国の和平の証として結ばれる】
という形だった。
(そんな程度の理由でいいなら、簡単ではないか)
最初は、そう思った。
だが従者は、どこか申し訳なさそうな表情をしている。
王子は、急に不安になる。
(何か、問題があるのか?)
そう感じた直後、従者は静かに説明を始めた。
本来、その婚姻は戦時下で用いられる手段であること。
同盟や和平を結ぶための、政治的な婚姻。
今の両国の状況とは、まるで違う。
何より――即位式まで一年も残されていない。
対立派の敵対意識も根強い。
そして現在の王子には、実績も発言力も不足している。
そんな状態で提案しても、通る可能性は極めて低い。
つまり――
少なくとも一年以内に、対立派を納得させる実績と発言力を築く必要がある。
(……無謀だな)
王子自身も、そう思った。
しかし、従者が示すならば、それしかないのだとも思った。
(ならば、やってやる!)
王子という立場。
決められた未来。
それらは、すべて他人から与えられたものだ。
だが――
(――少女を手に入れたい)
(これこそ、初めて自分の意思で望んだものだ!)
胸に生まれた衝動を、何よりも大切にしたいと思った。
これまでの自分を思い返す。
与えられた役割を受け入れ、無気力に生きてきた。
自分自身にすら、無関心だった。
だが――
あの舞を思い出す。
あの瞬間を。
指先にまで生命力を宿していた少女を。
(明らかに、自分とは違った……)
(――輝いていた)
そして、あの言葉も。
『あなたと私では釣り合いません』
その言葉が、胸に深く残っていた。
(確かに、今の自分では釣り合わない)
(少女の隣に立つための“何か”を、自分は持っていない)
だからこそ――
少女に拒絶されるのは、当然だと思えた。
同時に、胸の奥で何かが燃え上がる。
(必ず――)
(少女に釣り合う人間になってみせる!)
(絶対に、諦めない――!)
そう決意した。
「わかった……やってみよう」
そう告げた時、従者は目を大きくして驚いていた。
それからの日々は、今までとは全く違っていた。
王子は、自ら未来を掴もうと動き始めた。
机に向かう姿勢も変わる。
ただ覚えるのではなく、一つ一つの意味を理解しようとした。
原理と応用の繋がりを考える。
他国の知識も積極的に学び、自国へ応用できないか模索した。
国の問題点を洗い出し、改善策を考える。
経費と効果まで予測する。
家臣たちとも、積極的に議論した。
否定されても改良を重ね、新たな案を出し続ける。
やがて家臣たちも熱を帯び、新たな意見が次々と生まれた。
王子は、現場へも足を運んだ。
民の声を、直接聞いた。
各分野の代表者の一覧は、従者が用意してくれていた。
特に若い世代は、王子のやり方へ強い関心を示した。
様々な改善策を、現場の人間たちが試していく。
失敗する案も多い。
だが――
少しずつ成果の出るものも現れる。
そこから、さらに新しい知恵と工夫が生まれていく。
王子を中心とした、新たな流れが生まれつつあった。
王子の心は、満たされていた。
(人々と苦労や成果を共有し――)
(喜びまで分かち合う……)
(それが、こんなにも嬉しいことだったのか)
その全てが、王子にとって初めての感覚だった。
そして、胸の奥に確かな実感が生まれる。
(“父王の子”ではなく――)
(“王子”として見られている)
かつての悔しさは、もう感じなかった。
王子は、やりがいと生きがいを感じていた。
(これも全て、少女のおかげだ……)
感謝と共に、少女への想いはさらに強くなる。
秋の収穫期を迎える頃。
王子への評価は、明確に変わっていた。
【国の若き指導者】
そう呼ばれるようになっていた。
誰かから与えられた称号ではない。
自分自身で積み上げた結果だった。
その言葉を耳にした時、王子は素直に嬉しかった。
そして――
即位式。
正式に、“次の王”として認められる日が近づいていく。
もはや、不安はなかった。
(――ようやく、少女の隣へ立てる人間になれた)
その確信が、静かに胸を満たしていた。
次回【3-4 綻び始める希望】は、本日19時に公開予定です。




