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第一章:第六話 再会④

「殿は昔から、小春殿には弱い」


 本多家の陣に向かう道中、忠勝が言った。


「よく友の話をしてくださった。まさかそれが小春殿だったとは」

「泣き虫でかわいかったけど、今じゃすっかり立派になっちゃって」

「小春殿にとって殿は今もかわいいお子のままであるか」

「まあ、そんな感じ。守りたくなっちゃうよね」

「小春殿がそう思うなら、某は少しほっとしている。……小春殿を慕う殿の気持ちも、守りたくなるものではあるが」


 笑みを浮かべた後、忠勝はふと足を止めた。


「……だが、この先どうなってしまうのか。今は義元様がおられるが……もし。もし、義元様がいなくなったら……ようやく殿はかつての友と再会を果たしたというのに」

「忠勝……」


 忠勝の顔には微かな悲みが浮かんでいた。彼は徳川家を取り巻く不穏な何かを感じ取っているのかもしれない。


「……すまぬ。変なことを申した」


 そうして忠勝は、小春を陣幕の中に入れた。そこには小さな女の子がいて、おかえりなさいませ、と忠勝に言った。


「小春殿。これが娘の稲だ」

「初めまして。小春です」


 名乗ると、稲はこくんと頷いてお辞儀をした。


「どうした。いつもの元気がないな。さては恥じらいを覚えたか」

「可愛いね」

「まだ小さいが、本多家の名に恥じぬ姫に育てなければ」


 初めて会った時の家康もこれぐらい小さかったな、と思い返す。それでも今は立派に成長している。稲も将来、大きくなるのが楽しみだ。

 そんなことを思いながら、夜は稲を真ん中にはさんで三人で川の字になって眠った。



▽   ▽   ▽



 瞼を開けると、目の前には見慣れない天井が見えたが、すぐに天幕の中なのだと理解した。最初にタイムスリップした時のように、起きたら現代に戻っているかもしれないと少し期待を持っていたが、そうはいかないようだ。

 身体を起こし、大きく伸びをして横に目をやると、隣に寝ていたはずの忠勝と稲がいなかった。もう起きているのか、と小春は天幕から出る。辺りはしんと静まり返っていた。本多家の陣には誰の姿もない。

 なんとなく不安になり、陣幕の外に出る。森の中にぽっかり空いたような場所だろうか。周りは木々に囲まれているが、陣幕が張られた辺りは平地だった。

 周りを見回しながら歩いていると、足下に鞠が転がってきた。拾い上げてその先を見ると、義元が男と蹴鞠をしていた。


「そちは……小春と申したか」

「覚えてたんだ……昨日はどうもすみませんでした」

「そちも蹴鞠に来たのかの?」

「え?えーと、まあ、そうですね」


 たまたま通りがかっただけだが、否定して打ち首だと騒がれても面倒だったので頷く。


「そうかの。よくぞ参った。我は用があって行かねばならぬから、そちが代わりに義弟の相手をしてほしい」


 よろしく頼むの、と言って義元は付き人と共に去って行く。その場には小春と蹴鞠の男だけが残された。

 がっしりとした体格の無精髭を生やしたその男は、威圧感はあるがどこか温かみを感じられた。勇ましくも渋みのあるイケオジという風なのだが、そんな男が蹴鞠をしているのはなかなかシュールな光景だった。


「てめえ、なに見てやがる」

「いえ、蹴鞠好きなんだなぁと思いまして」

「ド阿呆。俺が好き好んでやってると思うか」


 悪態を吐き、男は遠くへ鞠を蹴った。


「まったく、どこのどいつだ。俺が蹴鞠に来たとか義元に言った奴は。おかげで昨日からずっと蹴鞠の相手させられてる。見つけ次第ぼてくり回す」

「あはは……誰だろうね」


 心当たりがある小春は苦笑いする。そんな小春を氏康がおい、と呼んだ。


「てめえ、名前は?」

「小春です。今川傘下の徳川家康の友達で……氏康さんはどうしてここに?」

「三河のガキの知り合いか。俺は、今川の親戚だから陣中見舞いだ。愛しのかみさんが義元の妹でな。それに、俺の娘は義元の倅に嫁いでる」 

「あの人も子どもいるんだ。どんな人なんだろ」


 どこか浮世離れした美貌を持つ義元の息子だ。どうしても雅で白粉と蹴鞠のイメージしかない。妄想に浸っている小春を、再び氏康が呼んだ。


「てめえ、こんなところで油売ってていいのか?」

「なにが?」

「もう昼過ぎだろ」

「そういえば、朝ご飯食べてない。お腹空いたかも」

「ド阿呆。そうじゃねぇ。戦だろうが」


 氏康の言葉にきょとんとする。戦……?その反応に氏康は溜め息を吐いた。


「朝っぱらに始めたんだよ。まさか知らなかったのか?」


 それで合点がいった。だから忠勝も稲も本多家の陣中に誰もいなかったのだ。


「とんだド阿呆だな」

「ご、ごめんなさい……っていうか、あの、戦は……」

「さっき家臣から報告を受けたが、あれは直に終わる。義元も向かったしな」


 先ほど用があると義元が言ってたのは戦のことだったのだ。


「今川が優勢ってこと?でも出陣寸前まで蹴鞠してる総大将って大丈夫かな。のほほんとしてるよね」

「てめえも同じようなもんだろうが」

「すみません……そういえば、氏康さんは参戦しないんですか?」

「俺は戦をしに来たんじゃねぇ。陣中見舞いっつったろ。義元が上洛を決めたから、その前に顔出しただけだ」

「なるほど……」


 そして空が夕焼けに染まる頃、兵士たちが引き上げてきた。

 勝利の報せを聞いてホッとし、戻って来た忠勝や稲と晩ご飯を食べた。


「稲ときたら、陣中だけでは物足りないと、もっと戦の雰囲気を味わいたいと申して、付いて来て大変であった」


 忠勝が声を漏らした。


「殿は敵の砦を落とし、大活躍であられた」

「そうなんだ。家康は無事?」

「もう徳川の陣中に戻っている頃かと」

「ちょっと行って来るね」


 今自分がここにいるのは、家康のおかげだ。半蔵のことも気になるし、顔を出しておこうと小春は徳川の陣中へ向かった。

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