第一章:第五話 再会③
そうしてしばらく話していると、なにやら陣幕の外が騒がしい。
「なに……?」
不思議に思っていると、幕が捲られ一人の人物が入ってきた。
薄紫や淡い金色の衣装、緩く流れる長髪を後ろで少し結んでいる。いかにも人の良さそうな顔立ちは、白粉で華やかだった。武将というより貴族のような格好の、のほほんとした雰囲気が漂う者だった。
「そち、見ない顔じゃ。名は何と申す?」
その声を聞いて、男だとわかった。
「小春だけど……あなた誰?」
「義元様……!」
慌てて家康が平伏する。一方小春は現れた男を見つめた。義元……どこかで聞いた名前――
「っあ!……今川義元!?」
“海道一の弓取り”の異名を持つ戦国大名だ。信長に桶狭間で敗れたと本に書いてあったのを思い出す。偉い人なのはわかるが、見た目がどうもそう思わせない。華やかで気品で、美しい。
「小春、とな。そち、我に対してその態度は失礼じゃの」
「ご、ごめんなさい……」
「打ち首にするかの」
「え、打ち首って」
「義元様、どうかそれだけは……!」
小春の助命を願う家康の焦りようとは対照的に、小春は危機感をまったく持っていなかった。言葉自体は絶体絶命なのだが、義元の顔と雰囲気を見ているとどうも危ない感じがしない。と――
「義元様!」
大声で義元の名を呼ぶ声がする。そして忠勝が陣の中へ飛び込んできた。
「先ほど義弟君が陣中見舞いにとお見えでした」
「なに、義弟がかの。我と蹴鞠に来たのかの?」
「おそらくそうだと思われます」
「そうか。我はもう行く。打ち首はどうでもいいの」
義元は、蹴鞠るのが楽しみであるの、と言いながら立ち去った。それを見送り、忠勝は小春たちに頭を下げた。
「申し訳ござらぬ。突然押し入ってしまい……」
「ううん。なんかよくわかんないけど、助かったよ」
「忠勝。小春殿を助けてくれて感謝する」
「殿のお役に立てて良かった」
頭を下げるなら小春の方なのに、なぜか忠勝がさらに頭を下げた。
「その……某も殿と小春殿に混ぜてもらってもよろしいか?」
「え?」
「陣幕の外を通りがかったら、とても楽しそうな声が聞こえたゆえ……」
それで中を覗いたら、ちょうど小春が義元に打ち首を言い渡されていて、彼の義弟が訪ねて来ていることを思い出し、機転を利かせてくれたらしい。
「もちろん大歓迎だ、忠勝」
「うん。みんなで仲良くしよ。……あ、半蔵」
気づけば忠勝の横に半蔵が立っていた。
「ご苦労、半蔵。異常はないか?」
「何も……」
「ねぇ。半蔵も一緒に話そ?」
「私に戯れは無用……お前の言動を聞いているだけで十分面白い」
「私そんな面白いこと言ったっけ?」
「義元に打ち首を言い渡された時の殿とお前の反応の違い」
「……半蔵。実はけっこう最初の方からここにいたんだね」
忍の彼については未知だった。新たに忠勝も加わったことで、談笑を始める。半蔵も発言はないものの、小春たちの会話に耳を傾けていた。
「忠勝って子どもいるんだ」
「稲という。女ながら武芸に興味を持ち、お転婆で困っている」
「さすが忠勝の娘という感じですぞ。此度の戦にも連れてきているそうだ」
「へぇ。後で会ってみたいな。そういえば家康も結婚してるんだよね」
「去年、息子が生まれもうした。名は竹千代という」
「あんなにかわいくて泣いてた家康がお父さんかぁ。感慨深い……半蔵は?」
話を振ってみるが、半蔵から返答はなかった。
「あの……半蔵……?」
「聞こえている」
「申し訳ござらぬ、小春殿。半蔵は口数が少ないゆえ。決して冷たい男ではありませぬ」
「半蔵は奥さんとか子どもとかいなさそうだよね」
そう言うと、半蔵はぴくりと反応した。
「お前もいなさそうだ」
「私はまだ結婚とか早いし」
「小春殿……一体おいくつでございますか……?」
「それは……女性に年齢訊くなんて失礼だよ」
「も、申し訳ござらぬ……」
家康には悪いが、本当にその点だけは説明しようがなかった。
「ところで忠勝。頼みたいことがある」
「なんでございましょう」
「小春殿を忠勝の陣に泊めてもらえぬか」
家康の発言に小春は目をぱちくりさせた。
「我が徳川の陣営は男ばかりにて、小春殿が気を遣われるかと」
「殿。それは我が陣営も同じことでは」
「だが忠勝の陣には稲がおる。まだ幼いが、同じおなごがいる方が小春殿も少しは安心できるであろう」
「小春殿は殿の古くからの友。今日知り合ったばかりの某より殿と一緒の方が……」
「っ、私の陣はだめだ!」
珍しく語気が強かった。普段は穏やかな家康の声が、ほんの少しだけ上ずっている。
忠勝はわずかに目を細めた。
「……承知いたしました」
「あの、家康。泊めてくれるってどういう……」
「小春殿。もう遅い時間でございます。出発は明日にされては……」
出発もなにも、この時代では行く当てがない。
「うん……ありがとう」
お腹がふくれて、そろそろ眠くなってきたところだった。お言葉に甘えて、小春は忠勝について徳川の陣営を後にした。




