第一章:第三十話 運命のないもの
茂みを抜けた先には、陣幕が張られていた。
覗くと、中に一人の男が立っている。銀髪が肩で揺れる。人形のような白い肌。
なんとなく見覚えがあるが、気のせいだと言い聞かせて刀を構えた。
「……あなただね。足利義昭を捕まえて信長を釣り出したのは」
「むっふふう、活きがいいのが来た」
男がゆっくりと振り返る。
互いの顔を見て、小春と男の顔は驚きに満ちた。
「うわっ、なんで……!」
「あ!お前は……!」
それは桶狭間で会ったあの松永久秀だった。
「なんであんたがここに……」
「それは俺様の台詞だ。お前こそ、なぜここにおる」
「信長を助けに来たの。……でもまだ着いてないみたいだね」
「お嬢ちゃん、織田の者だったのか。そもそも戦えぬのではなかったのか」
久秀が面倒くさそうな顔をする。
「早くここから去れ。今から釣り出した信長を討ちに向かう。存在しないお前がその運命を歪めることは許さん」
「それなんだけど……どういうことなの?」
再会したら、聞こうと思っていたことを訊ねる。
「私が、ここに存在しない……って」
「聞きたいか」
「うん。すごく聞きたい」
しばしの沈黙。
久秀が口を開きかけた時、武装した男たちが陣になだれ込んで来た。
小春と久秀を取り囲む軍勢の中から、漆黒の鎧を着た男が現れる。
「信長……!」
二人に視線を送りながら、信長は喉を鳴らして笑いをこぼす。
これだけの兵に囲まれてしまっては、久秀はどうすることもできないだろう。
「……ちっ。ここまで兵を集めておったか、織田信長。さすがは第六天魔王、と言ったところか」
武器を手放した久秀を数人が取り囲む。
「……俺様の運命もこれまでだ。煮るなり焼くなり、好きにしろ」
「ちょっと待って。まだ話し終わってないよ」
後ろ手に縄で縛られ、連行されようとする久秀を呼び止める。
「あれは、一体どういう意味なの……?」
「……運命がない、とだけ言っておこう」
「運命が、ない……?」
「見えんのよ、お嬢ちゃんの星が。お前の運命は、ここにはない」
この時代の者じゃないから、本当ならここに存在しないはずの者だから、星が見えない――ということなのか。
「ん?だとしたら、恋仲になる人ができない運命って言ってたのは……久秀の嘘か」
「それは話が別だ。恋仲になる奴はできぬ。断言しよう」
「断言しないでほしい……」
がっくりきた小春のそばに、信長が近寄る。
「小春。うぬはこんなところで何をしておる」
「信長を助けに……まあ私がいなくても大丈夫だったみたいだね」
「……大儀」
「あ。足利義昭は?」
「無事である」
信長と共に陣へ戻ると、戦を終えた兵たちが出迎えてくれた。
皆の活躍により、織田軍は美濃・斎藤家を滅ぼし、連合軍は散り散りになった。
勝利の歓喜にわく中、濃姫が陣の奥へ消えたのに気づき、小春はその後を追う。そこには、捕縛された半兵衛がいた。
「半兵衛。織田に下る気はない?」
「何を言ってるんですか?姫様」
「あなたの力はあの人も褒めていたわ。その才、織田のために使ってくれないかしら」
「あんまり乗り気しないなぁ。まあ、捕まっちゃった俺の選択肢なんて限られてるんだけど」
「返事は後で聞くわ。でもあまり待たせないでね。あの人、気が長い方じゃないから」
濃姫が去った後で、小春は半兵衛のもとへ行く。
「……姫様は、幸せだと思う?」
そばに行ったところで、ぽつりと半兵衛が言った。
濃姫の言葉を思い返しながら、小春は半兵衛の顔を見る。
彼女の幸せを願う気持ちと、戦国の荒波に翻弄される現実が、胸の奥で混ざり合う。
「……政略結婚したり、夫と一緒に実家と戦ったり、端から見れば波乱万丈な人生だけど……でも、それでも濃姫は、信長を選んだっていうのが答えかな、と」
「姫様の居場所は、信長の傍ら……それ以外に帰る場所なんて必要ない……か」
半兵衛がぽつりと呟く。それは彼と対峙した時に濃姫が言った言葉だった。
「心配なら、濃姫の言うように織田に下ったらいいんじゃないかな。そしたら濃姫を見守れるでしょ?」
「そうなんだけどさ。でも信長に仕えるのは嫌だなぁ」
従わなければ、おそらく処断だろう。信長ならきっとやる。
信長に従うのは嫌だと言うが、半兵衛は濃姫のことを気にかけている。それにできることなら、彼に死を選ばせたくない。
「……あ、だったら秀吉とかどう?」
閃いた案を半兵衛に話す。
「え、秀吉って……」
「羽柴秀吉。半兵衛もすごいって褒めてたし、官兵衛も降伏したし」
秀吉は信長の家臣だ。その秀吉に仕えるのなら、間接的に信長に力を貸すことになる。
正式には秀吉の家臣であって信長の家臣ではないが、織田に関わることになるから、濃姫と接する機会もある。
半兵衛はしばらく黙り込み、地面に視線を落とした。
「……確かにそうだね……秀吉って人、すごかったし。彼が望むなら、仕えてもいいかな。自由にできて、官兵衛殿が一緒なら、ね」
半兵衛の顔に笑みが浮かぶ。
秀吉が訪ねて来たら話を聞いてみると言ったそばから、秀吉が官兵衛と共に現れた。
「小春。君って予言者なの?」
「いやいや、偶然だよ」
「これも何かの縁ってことかな」
「そうかもね」
話の邪魔にならないよう、小春はその場を立ち去った。




