第一章:第三話 十年越しの再会
ズキズキと痛みを感じ、小春は目を開けた。リビングの机に突っ伏しているのがわかり、息を吐く。
夢だ。夢だったのだ、先ほどのことは。有名な偉人と同姓同名の信長という少年に連れられて、侍を目指す藤吉郎や人質生活を送る竹千代と共に山を登り、地平線を眺めたのは――
あの後も四人で語り合い、すっかり暗くなってしまった山道を下っていた。当然ながら周りにビルもなく、闇の中に満天の星が輝いていた。その空に大きく弧線を描いた虹が見えた。
綺麗だなぁ、とその光景に気を取られていたのが原因だった。足下の柔らかい土が崩れ、小春は足を滑らせた――そして、気がついた時にはリビングにいた。
なんとも微妙な目覚めだ。重い身体を起こし、小春はまとめて置いてある参考書やノートを片付けようとして、ふと気づく。ペンケースがない。テーブルの上には見当たらず、下を見ようと立ち上がると、布越しに太ももに何かが触れる感覚。スカートのポケットにペンケースが突っ込まれていた。
「なんでこんなところに……?」
不思議に思いつつも、教科書やノートと一緒にまとめて持ち、自室に戻ろうとして、はたと足を止める。目がついたのはリビングの壁掛け時計。時刻は22時――22時?
まったく時間が変わっていない――
「きっと疲れてるんだね……」
寝る前に見たのは勘違いだと言い聞かせ、小春はベッドに潜り込んだ。
次に目が覚めたのは昼過ぎだった。簡単に食事を済ませ、図書館へ出掛ける。
日本史について調べる課題。夢に出てきたのも何かの縁だと、戦国時代を調べようとそれらしき本を探して読んでみる。
手始めにまずは織田信長について書かれた本から……と読み進めていくなか、小春はとある名前を発見した。
信長に仕官した木下藤吉郎、織田で人質生活を送った松平竹千代。覚えがある。夢の中に出てきた少年たちの名前だ。しかし小春が驚いたのは、彼らが後の豊臣秀吉、徳川家康だったからである。名前ぐらい聞いたことはあるが、幼名までは知らなかった。
戦国三英傑が揃って登場するとは、なんて夢を見たものだ。しかも子どもである。生意気な信長に、目標のために進む頑張り屋な秀吉。そして家康は泣き虫で可愛くて……。
歴史上の偉人とはかけ離れていた彼らを思い出し、苦笑いする。とりあえず情報をまとめようとノートを出し、ペンケースを開けてハッとした。
「これ、なんで……」
そこにあったのは、油性ペンで黒く塗りつぶした星――その半分だけが描かれた小さな消しゴムだった。
確か昨日新しくしたばかりの、まだ二、三回しか使っていない消ゴム。こんなに早く小さくなるなんてことが……。
しかし小春はわかっていた。その消しゴムは、カッターナイフで切ったような綺麗な断面だった。
——その切り口に、見覚えがあった。泣きじゃくる竹千代をあやすため、「お守りだ」と言って渡した片割れ。
「夢じゃ……なかった……?」
背中に冷たい風が通り抜けていくような感覚に襲われる。
あれが夢でなかったとして、彼らが本物の歴史上の偉人たちだったとして、自分は時空を越えたというのか――?
何かの間違いだと否定する思いと、もしかしたら……という考えの板挟みになりながら一週間が経った。
以来、夢を見ていない。
あれから気になって、図書館で借りた織田信長について書かれた本を読んだ。戦国時代の全てを知れたわけではないが、信長が辿った歴史と有名な合戦はだいたいわかった。桶狭間、稲葉山城、観音寺、本圀寺、姉川、小谷城、長篠、信貴山、甲州征伐、そして本能寺――
そして今日も図書館からの帰り道を歩く。ふと空を見上げると、薄暗くなってきた空に虹が出ていた。
「あの虹……」
見たことがある。予感がした。また、戦国時代に行くのではないかと。夜の虹が現れると、過去と未来が繋がる――?
思い返せば、行く時も帰って来た時も夜空には虹が出ていた。前回は、リビングでうたた寝をしていた。
「それなら、もしかして……」
家に帰り、リュックとボストンバッグに必要だと思いつく物を入れる。たくさん詰まった荷物を抱えて靴を履いたままベッドにもぐり込む。
窓の外に虹が見えることを横目で確認し、小春は目を閉じた。
そして――
「……ここどこ?」
小春は茫然と立ち尽くす。
目を開けると、地面に突っ伏していた小春は、起き上がり、辺りを見回す。周りに広がるのは木々。遠くには山が見える。そして振り返ると、どこまでも草木が生い茂っていた。
一体どうなっているのか。頭が混乱するなか、何かの気配を感じた。振り向くと、そこには人がいた。月の光で姿が露になり、鎧を身に着けた男が浮かび上がった。
長い黒髪を高い位置で結い上げ、切れ長の鋭い瞳は威圧感があり、その出で立ちから剛勇さが伝わってくる。そして手には、巨大な両刀の付いた槍のような物を持っていた。
「何者!」
男は叫び、小春に槍を向ける。危険だ、と頭に警告が鳴り響く。そして――後ずさりをしつつ小春はその場から逃げ出した。
「逃がさん!」
男が追ってくる。しかしあの鎧だ。あまり速く動けないだろう。それに小春は走りには自信がある。追いつかれることはない――
そう思った時、足に何かが巻き付いて、小春は思いっきり前に転んだ。
「痛……っ!」
巻き付いた何かに足が引っ張られて動けない。倒れた姿勢のまま顔を後ろに向けると、先ほどの男とその横にまるで忍装束のような格好の男が立っていた。ゆっくりと小春に近寄る。二人の迫力に心臓が張り裂けそうだった。
「待てっ。忠勝!半蔵!」
彼らの手が届けかけた時、それを制止する声がした。
「殿、危険です。お下がりくだされ」
「構わぬ」
現れた男はそう言い、小春の前で膝をついた。驚きの表情を浮かべながら真っ直ぐに小春を見つめた後、彼はこう口にした。
「小春、殿……」




