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第一章:第二十九話 死なせない

 濃姫と共に織田の陣へ戻ると、勝家が待っていた。


「お濃様、ご無事でなにより。――っ、小春……!」

「敵陣で見つけてきたの。本当に人騒がせな子」

「すみません……」

「稲葉山城は落城したわ。勝家、あの人はどこ?」

「信長様は先ほどまでおられましたが、伝令を聞いて再び出陣なさった」

「そう。何か面白いことでもあったのかしら」


 陣の奥へ濃姫が消えた後で、勝家が再び口を開く。


「小春、慶次が探し回っておったぞ。心配して途中から戦どころではなくなっていたようだ」

「ごめんなさい。敵に捕まってて……」


 無用心に半兵衛について行ったのが悪いのだが、捕まっていたのは本当だ。しかしそれで織田軍には迷惑をかけたと思う。特に慶次には。


「安心して戦に集中できるよう、お主が無事だと伝令を出すか。とにかく無事戻って来て良かった」

「うん……ごめんね、ありがとう」


 後で慶次にも謝ろう、と思った時。馬の鳴き声と蹄の音が聞こえた。

 陣の外でそれが止むと、一人の兵が走り込んで来る。


「申し上げます!信長様が敵陣に突っ込んでおります!」

「殿が!?」


 織田軍の総大将は信長である。万が一彼が討ち死にしようものなら、その時点で戦は終わる。

 それどころか上洛もできず、織田家臣は路頭に迷う。


 当然、泰平の世への道も遠のく。


「どうすれば……わしは本陣を任されておる……動けぬ……」

「……勝家は予定どおり本陣を守ってて」


 小春は勝家に持っていた服を託す。


「これお願い。……私が、信長のところへ行く」

「なんじゃと!?敵に捕まり、先ほど戻ってきたばかりだというのに、また戦場へ出るか!」

「私も織田の一員だよ。信長のために動かないと、ね」


 それを聞いて、勝家は感嘆の息を漏らした。


「立派なおなごよ……さすが姫様じゃ」

「……行ってくるね」


 陣を出て、一人戦場を歩く。

 織田軍と連合軍がぶつかり合った辺りから、累々と死体が横たわっていた。見たくなくて戦場を避け、わき道に逸れる。

 そのまま茂みの中を進み、慶次と別れた辺りまで来ると、利家から手渡された刀が落ちていた。


 これは命を奪う道具だ。それと同時に、命を守る道具でもある。この時代を生きるには、どうしたって頼らなければならない物――


 拾い上げてそれを見つめていると、隣に何者かが立った。

 先ほど三の丸で出会った矩影だった。


「どうしてこんなところに?危ないですよ」

「……危ないのは、矩影に会っちゃったから?」

「そうですね。私は、不幸を呼びますから」


 矩影がふふっと笑う。それだけでも妙に品を感じた。


「あなたは、あっちから来た。織田の陣がある方向。つまり、あなたは織田の者。私の敵。……別に怖がらなくていいですよ。とても戦えそうに見えないあなたが、なんでこんなところにいるか気になっただけです」

「……信長が、敵に突っ込んでるって聞いて……」


 矩影から目を逸らさず、小春は慎重に答える。


「だから、信長のところへ行くの」

「大変ですね。勝手に動く主を持つと。まあ将軍候補が捕縛されちゃ動かないわけにもいかないんでしょうが」

「え、足利義昭って捕まってるの!?」

「そうです。その挑発に乗って、信長が動きました。まんまと釣り出されるなんて、馬鹿な男ですね」

「ほんとにね……そんなの罠だってわかるのに、総大将が何やってんだか」


 しかし矩影の言うとおり、将軍候補に担いでる義昭が捕まっているのを無視はできないのだが。


「馬鹿だと思ってても助けに行くんですね。織田の一員だからですか?」

「それもあるけど、ちょっと違う」

「違う?」

「泰平の世を目指す約束をしたの。だから――こんなところで、信長を死なせるわけにはいかない……!」


 小春は刀を構え、矩影に向ける。


「……私とやるんですか?」

「本当はやりたくないから……黙って通してくれると有り難いんだけど」

「いいですよ」

「……え、いいの!?」


 小春をなめているのかわからないが、とにかく好機だ。


「私はいったん手を組んだだけです。報酬さえもらえればそれで……。まあ、織田に多数の寝返りが出て、稲葉山城も落ちたんじゃ無理そうですけどね」


 矩影は軽く息を吐いて横に逸れる。そしてある方向を指差した。


「この先に足利義昭を捕らえた男がいます。気をつけてくださいね。食えない男なので」


 最後に小春を振り返り、そう言った矩影は茂みの奥へ消えた。


 敵なのに、まるで助言を与えるような彼の言動に違和感を覚える。いったん手を組んだだけと言っていたが、あくまで敵なのだ。それなら罠である可能性が高い。


 小春は静かに矩影が指差した方向を見つめた。


「無事でいてよ、信長……」


 だが、信頼に足る。それが小春の下した判断だった。


 着物の裾を捲し上げ、意を決して小春は走った。

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