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第一章:第二十八話 終わりにしましょう

 三の丸に出ると、すでに織田軍と斎藤軍が入り乱れていた。鉄の臭いに混じり、何かが焼ける臭いもする。


 半兵衛は手に持つ刀を構えた。


「気遣ってあげたいけど、そうも言ってられない状況だから……ごめんね」


 こちらに向かってくる兵を目掛けて半兵衛も走った。容赦なく敵の身体を切りつける。直後、血が霧のように飛んだ。


「なんか俺が戦うといつもエグくなるんだよねぇ。腕のせいなのか武器のせいなのか……」


 刀を見つめ、半兵衛が言う。


「さあ、こっちだよ。大丈夫?」

「うん……」


 敵を倒しながら進んでいく。むせるような血の臭いに思わず口元をふさぐ。しかし半兵衛が手を握っていてくれるからか、それほど恐怖は感じなかった。


 やがて囲まれながらも敵兵を易々と倒している男の姿が見えた。すらりと伸びた長身。夜のような忍装束。墨色の長い髪は後ろで一つに結ばれている。


 半兵衛に連れられて彼に近寄る。


「矩影さんだっけ?援軍、ありがとね」

「いいのです、久秀殿に頼まれて来ましたから」

「久秀……?」


 聞き覚えのある名前に小春は反応する。銀髪のあの男が思い浮かんだ。


「まあ、もうここは引き上げた方がいいかも。龍興様も出て行っちゃったし」

「そうですね。十分戦った……逃げよう」


 刀身が身の丈以上もある大きな太刀を持ち直した彼が、小春を見る。


「大切な奥方を連れてるんですから、火の手が回る前に逃げてくださいね」


 矩影の後ろ姿を小春は苦笑いで見つめた。


「……なんかすっごい勘違いされた」

「まあまあ。俺たちも早く行こう」


 半兵衛が小春の手を引いて歩き出した時──


「あら、半兵衛。成長したわね」


 背後からそう声がする。小春は声の主がすぐにわかった。それは半兵衛も同じだったようだ。振り返らずに答える。


「それは姫様もですよ」


 その顔には笑みが浮かんでいた。声がした方を振り向くと、濃姫が立っていた。


「お久しぶりですね、姫様」

「懐かしいわ。私が美濃を離れてから何年ぶりかしら。元気そうで良かったわ」

「俺はいつでもサボってるので元気ですよ」


 他愛ない会話をしつつも、牽制し合っている。お互いに少しも動かない。


「こんなところで半兵衛に会うなんて。……小春、あなたにもね」

「あはは……どうも」

「やっぱりこの子、織田の者で間違いないんですね」

「織田の姫よ」


 それを聞いて、半兵衛が驚いた顔で小春を見る。


「え……まじ?つまり信長と姫様の――」

「娘よ」

「うわぁ……姫様の要素皆無。信長にも似てないし。何なの、小春。突然変異?」

「血が繋がってないんだから似てなくて当然でしょ。顔はともかく、信長に中身は絶対似たくな――」


 言いかけて口を噤む。濃姫の後ろから信長がやって来るのに気づいたからだ。彼女の傍らに立つと、信長は稲葉山城を見回した。


「悲しいか?お濃」

「……いいえ。もう斎藤に価値はない。だから、徹底的に壊す……そういうことでしょ」


 濃姫の返答を聞いて満足げな顔をした信長は、陣羽織を翻して去っていく。


「姫様は斎藤を攻めるだけでも苦しいはずなのに、ましてや滅ぼすなんて……信長め……」


 半兵衛の瞳が怒りに燃える。刀を持ち直し、信長に向かってその手が伸びる。しかし信長には届かなかった。それを阻止したのは――濃姫。


「半兵衛。いいのよ、もう」


 半兵衛に語りかける濃姫の口調は、どこまでも優しい。


「私の居場所は、あの人の傍らなんだから。それ以外に帰る場所なんて必要ないわ」

「姫様……」

「――斎藤は絶やす。もう終わりにしましょう」


 半兵衛はしばらく動かなかった。

 そして、ゆっくりと刀を下ろした。その顔には、どこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいた。


「さあ、彼を捕らえて。殺しちゃダメよ」


 織田の兵士たちが半兵衛を後ろ手に縛る。


「ところで、半兵衛」


 すれ違う瞬間、濃姫が名前を呼んで半兵衛は足を止めた。


「手を繋いで登場なんて、なかなかやるのね。小春を手に入れたのかしら」

「姫様の娘だって知ってたら手を出しませんでしたよ。……あ、この言い方は誤解を与えるか」


 楽しそうに口元を歪ませ、半兵衛は兵士に連れて行かれた。それを見送ってから、濃姫は小春に向き直る。


「無事のようね。慶次が探し回っていたわよ」

「あ……っ」


 茂みの中で待っているよう言われていた。迎えに来ると言っていたが、半兵衛について行ってあの場から姿を消したため、心配させただろう。


「まさか戦場で未来の夫を探して迷子になってたわけじゃないわよね?」

「当たり前です!」

「早くここを離れましょ」


 気づけば辺りは煙でうっすら雲っていた。濃姫に従い、火の手を避けて三の丸から外へ脱出する。


 離れた丘の上まで移動し、そこで振り返る。

 龍興がどうなったのかはわからない。だけど、一つ確かなことは。


 斎藤家は、滅亡したということ――


 落城した稲葉山城を、小春と濃姫は静かに見ていた。


「ねぇ。これで、よかったの……?」

「わかりきったことを聞くのね。これで美濃はあの人のもの。その傍らに私があるんだから、悲しくないわ」

「強いね、濃姫は」


 信長が美濃を手に入れれば、濃姫も美濃には行き来できるだろうけれど、そこにはもう彼女の故郷はない。


「小春。今、私のこと呼び捨てにしたわね」

「ご、ごめんなさいっ。母上……」


 慌てて謝る小春を見て濃姫は微笑み、着物の裾を翻した。

 その背中に、小春はこっそり呟く。


「ほんとに強い人だよ……美濃・斎藤家の姫様は」

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