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第一章:第二十七話 守りたい場所

 一夜城の報告を終え、膝をついたまま息を切らす兵を、半兵衛と官兵衛は見つめていた。


「おかしいな~。荷駄隊が墨保に何か運んでたから、妨害するように言ったんだけど」


 ガチャガチャと鎧の鳴る音が聞こえ、数人の兵が陣中に入ってきた。どうやら戦から引き上げてきたらしい。その中の一人が半兵衛たちのそばに寄る。


「妨害するつもりが、やられ申した」

「もー!何やってるのさ!せっかく雇ってるんだから働いてくれないと」

「阻止するはずが、墨保に金ぴかで派手な男と火縄銃の名手がいて、あれは撤退するしかなく……」


 金ぴかで派手な男と、火縄銃の名手。

 ──きっと秀吉と孫市だ。

 敵を追い返したということは、彼らは無事だとわかりホッとする。


「一気に城を作り上げた手腕、素晴らしいな。何よりもこちらの戦意を折ったのが、見事」

「官兵衛殿の言うとおりだね。一夜城で戦意をくじくなんて、やるじゃん。命取らずに心を攻めるってやつ」

「しかしこのままでは置けぬ。手はずどおり、策を実行させる」


 官兵衛はそう言うと陣中から出て行った。


「どこ行ったの?」

「策を実行させるために伝令を出すんじゃない?敵を釣り出すんだけど、その先にはいっぱい兵が伏せてあるから。織田の人たちも大慌てだろうなぁ」


 まるで策の成功を確信しているかのようだ。それだけ官兵衛のことを信頼しているのだ。半兵衛は満足げな表情を浮かべた。


「敵が釣り出されて混乱するこの隙に、信長の首もらっとこっかな~」

「だ、だめ……!」


 半兵衛の服を掴み、動きを止める。


「信長を、殺さないで……っ」

「……小春。自分の立場わかってる?って聞いたよね。君は捕虜も同然なんだよ。俺の一存で生かすも殺すもできるってこと。邪魔しないでくれる?」


 目は笑わないままで、半兵衛の口元がゆるりと弧を描いた。出会ってからずっと人懐っこい笑みを浮かべていたのに、今の半兵衛からはそんな様子は感じられなかった。


「そ……それでも、だめ。行かせられない……」


 人を見た目で判断するのはよくないとは言え、この幼く可愛らしい容姿をした彼に誰が恐怖心を持つだろうか。それでも小春は今、確かに彼を怖いと感じていた。


「……震えてるのに、それでも離さないなんて」


 半兵衛は息を吐き、自身の服を掴む小春の手をとった。


「君にそこまでさせるなんてね。俺、嫌いだなあ……信長って」


 小春の手を握る半兵衛の手に力が込められる。信長が嫌い。そう言った半兵衛の顔は、なぜか悲しげだった。


「半兵衛……お前は本当に……何をしている」


 いつの間にか戻って来ていた官兵衛が、手を繋ぐ二人を見て溜め息を吐いた。


「あ、誤解だよ、官兵衛殿。小春が俺を離さなくってさ」

「えっ。それ半兵衛の方じゃ……」

「君が最初に俺の服掴んできたんでしょ。行かないで~って」

「すっごい語弊あるし!」

「それより官兵衛殿。戻って来るの早かったね。どうしたの?」


 小春から手を離し、半兵衛は官兵衛に向き直る。


「……二重の策を看破された」

「え、まじ?」

「秀吉なる男が流れを作っている。奴を討てば、戦局は変わる」


 自ら出ると告げた官兵衛を次は引き止める。小春は官兵衛の服を強く掴んだ。


「……邪魔をするなら、お前を処断する」

「秀吉は、みんなが笑って幸せに暮らせる世を創るために戦ってるの。だから秀吉を討たないで」


 官兵衛の方が半兵衛より凄みがある。でもなぜか見た目が可愛らしい半兵衛より恐怖を感じなかった。


「確かにそんな世は望ましいが、敵を見逃すとでも?」

「官兵衛もそういう世を望んでるなら、秀吉は官兵衛の敵じゃないよ。きっとあなたが思う理想の世の中を創ってくれるから」

「……ならば秀吉を見て、考えるとしよう」


 官兵衛の服を掴む力を緩めると、彼はそのまま陣を後にした。


「ねえ。織田信長って、どういう人?」


 陣の出入り口を見つめながら、半兵衛が訊く。


「信長は……なんていうか、人とは違う男かな」


 初めて会った時から今までのことを思い返す。


「他の人とは違う空気感を持ってるの。今まで誰もやらなかったこと、出来なかったことをやっちゃうんだ。だから、人を惹きつける」

「あ。俺、無理。そーゆー人」

「生意気な子だったんだよ。今も腹立つ時あるけどさ。やり方はすごいけど、苛烈でひどいし」

「それでも、従ってるんだね。君も秀吉って人も……姫様も」


 半兵衛の声が悲しく響いた。


「姫様?」

「信長は姫様が傷つくの知ってて美濃に攻めて来た……」

「姫様って、もしかして」

「斎藤の姫・帰蝶。尾張のうつけに嫁いでからは濃姫って呼ばれてるよ」


 そう話す半兵衛は懐かしげな表情を浮かべていた。


「俺は斎藤の軍師だから、斎藤のために働くけどさ。守りたいんだ。姫様が生まれ育った美濃を。斎藤が滅びたら、信長に何かあったとき、姫様が帰って来れる場所がなくなっちゃう」

「本当に濃姫のことが心配なんだね」

「まあ、姫様が子どもの頃から見てるからね」

「半兵衛……年いくつなの?」


 思わず訊いたが、答えてはもらえなかった。再び兵が駆け込んで来たのだ。


「報告!黒田官兵衛、織田に降伏!」


 彼はつい先ほど秀吉を討つために墨保に向かったはず。


「早すぎない……?」


 その官兵衛が降伏したのだから、相手は言うまでもなく――


「秀吉が……」

「へー、敵を、しかもあの陰険軍師を心服させちゃったよ、秀吉って人。やるね」

「黒田官兵衛に続き、美濃三人衆も織田軍に寝返り!北西砦と三の丸が開門されました!」

「美濃三人衆まで寝返っちゃったんだ。この流れを作ってるのも秀吉、だね……」


 すごいなぁと感心する半兵衛。落ち着き払っている彼とは対照的に兵はかなり焦っているようだった。降伏や寝返りで味方が敵に回ったのだから無理もないが、どうやらそれだけではないらしい。


「援軍が駆けつけ、三の丸を守備しております!しかし敵がもう……」

「確かにやばいかも。俺の生存確率劇的に低下中」

「なんで?」

「だってここ二の丸だから」


 危機的状況を平然と口にする半兵衛。


「うそ……?」

「残念ながらほんと。二の丸に陣を張っていつでも出陣可能にしてたんだ」


 三の丸は、二の丸の外側を守る郭だ。つまり織田軍は、すぐそこまで来ているのだ。


「半兵衛、降伏して!」

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

「何か策でもあるの?」


 しばし考え込む半兵衛だが、ハッと顔を上げた。それにつられて小春も彼の視線の先を見る。黒い煙が真っ直ぐにのぼっていた。


「うわぁ……三の丸に火をつけちゃったか」

「火をつけたって、ここまで燃えるよ!早く逃げないと!」

「龍興様が籠ってるからなぁ。外に誘き出すつもりなんだろうね。だから相手の策に乗る必要はないよ」


 しかし辺りが騒がしくなり、様子を見るため陣から出た小春と半兵衛の目に軍勢が飛び込んできた。その中に他と違う出で立ちの男がいる。


「あ、龍興様」

「城に火をつけるとは……!こうなればやけじゃ!全軍突撃ー!」

「ちょっと龍興様!それじゃ信長の思うつぼだって!」


 半兵衛の制止を聞かず、龍興は軍を率いて二の丸西門を開門して外へ出た。


「めんどっちいなぁ……仕方ない」


 刀を手にし、半兵衛は小春を振り返るとその手を握った。


「半兵衛?」

「手握っててあげるからさ……さっきみたいに吐かないでね」


 そして二人は西門に向かって走った。

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