第一章:第二十四話 姫の初陣
織田勢は美濃に侵攻した。
それを阻むべく、斎藤・三好・六角・小寺ら反織田勢がこの地に集結し、稲葉山城で抗戦の構えを見せていた。
「すべて打ち破り、上洛を目指す」
難攻不落と言われる稲葉山城の様子を眺め、信長は愉しそうだった。
「うぬも来たか」
「逆らえないんだから仕方ないでしょ」
わかってるくせにそんな言い方をする信長は意地悪だ。
「長政も来ておる」
「え?……それってもしかして、市も?」
何も答えなかったのを肯定と取り、小春は信長のそばを離れる。陣へ戻ると、その姿を見つけた。
「市!」
「小春。元気にしていますか?」
市は小春に優しく笑いかける。その様は織田にいた頃と変わっていなくて、小谷での生活は順調なんだと察した。
「うん。元気だよ。こんなに早く会えるとは思わなかった。長政様も来てくれたんだね」
「義兄上が上洛するための大事な戦だ。私も力を尽くす」
長政も相変わらず爽やかな笑顔だった。
「ところで、小春。聞いたのですが、私たちの祝言の際に、若い将とお話したようですね」
「え……」
なぜそれを知っている、と思って心当たりに気づく。
「……濃姫が言ったんだね」
「小春もそういう年頃。私は嬉しく思います」
市はくすりと笑った。
「気になる者がいたら、是非教えてくれ。私から義兄上に推しておこう」
「いや、本当にそんなんじゃないんだけど……」
そう言ったものの、長政も市も目を輝かせて見つめてくる。観念して小春は答えた。
「話してたのは、大谷吉継と手ぬぐいくんだよ」
「なるほど、大谷吉継か。若いが知略に優れる者だぞ」
「手ぬぐいくんとは、誰ですか?」
「名前聞くのを忘れたんだ。やけに手ぬぐい手ぬぐい言うから、勝手にそう呼んでるんだけど」
それを聞いて長政と市は顔を見合せ、頷いた。
「ああ、それは……」
「藤堂虎高の息子ではないですか?」
「そうだな。いつも手ぬぐいを持ち歩いている。間違いない」
「あ、うん。たぶんその人」
どれだけ手ぬぐいが好きなんだ、あの人は。もはや本名より手ぬぐいの方が有名なんじゃないだろうか。
「毎日鍛練を欠かさずしている真面目な者だ」
「なんでも誰かに馬鹿にされたとか……取るに足らない身分の下っ端中の下っ端でいるのかいないのかわからない存在の手ぬぐいみたいな使い捨ての下級武士だと言われたそうです」
「のし上がってその者を見返すと言っていた。上を目指すのはいいことだ。まだ早いと思っていたが、次に戦があれば初陣を果たしてもいいかもしれぬな」
「あはは、そうだね。……根に持ってるな、手ぬぐいくん……」
彼の顔を思いだし、小春は苦笑いを浮かべる。
それから陣中をうろうろしていると、秀吉が見知らぬ男女と一緒にいた。
「おー、小春。いいところに来た」
秀吉に呼ばれ、小春は彼らのそばに行く。
「あなたが小春様だね」
女が小春を見るなり、そう言う。茶髪のショートカットに山吹色の衣服を着ていた。
「あたしはねね。よろしくね」
「あ、秀吉の奥さんだよね」
「そうなの。あたしも今回は付いて来たよ。うちの人が浮気しないように見張っとかなくちゃね」
秀吉の浮気癖、派手な女性関係は史実でも有名だが、本当だったのだと小春は笑った。
「ねね……わしゃ反省しとるで……」
「ほんと仕方ないんだから!孫市も一緒になって羽目外してちゃだめだよ!」
「はぁ〜やっぱり火縄銃占いは当てにならん!孫市の火縄銃占いは百発百中……いや」
秀吉は首を傾げた。
「千発十中じゃったかな」
「倍率低っ!てか火縄銃占いって何よ」
「ばーか、秀吉。俺が外すわけないだろう!」
小春は男の方を見る。長い髪を無造作に後ろで束ね、切れ長の目をした涼しい顔立ちの男だった。
肩には火縄銃が掛けられている。戦慣れした雰囲気を纏いながら、どこか軽薄そうな笑みを浮かべていた。
「俺が雑賀孫市だ。お嬢ちゃんが織田のお姫さんなんだって?」
「小春です。初めまして」
「信長とその奥方に似ても似つかない感じだな。なかなか可愛いお姫さんじゃないか」
「そうだねぇ。うちには男の子ばかりだから、女の子と接するのは新鮮だよ」
ねねは嬉しそうに話す。
「毎日喧嘩して騒がしくて、でもみんな優しい子たちだよ。将来、小春様の夫にどう?」
「そりゃええ!佐吉も夜叉若も市松もいい奴じゃ。お前さんが誰かに嫁いできてくれたら、わしらも嬉しい!」
「婿候補じゃなくても、友達になってくれると嬉しいな」
「うん。また遊びに行くよ」
小春はふと孫市の肩に掛けられた火縄銃を見た。
「それ、本物?」
「触るな。撃つ道具だ。飾りに見えるか?」
「いや……ちょっと気になって」
孫市は銃を軽く持ち上げる。
「こいつはな。外さねぇ」
秀吉が横から笑う。
「千発十中じゃろ!火縄銃占いに従って遊女屋に行くんじゃなかったわ!」
「それはお前相手の話だ」
孫市は小春を見る。
「敵なら百発百中だ」
小春は少し首を傾げる。
「じゃあ、私が敵になったら?」
秀吉とねねが一瞬黙る。
孫市は笑った。
「その時は撃つさ」
「ほんと?」
「……たぶんな」
やがて出陣の準備が進められ、信長と濃姫は一足先に出発した。今から故郷を滅ぼすというのに、濃姫の表情は変わらない。いつものように、静かで、涼しい顔をしていた。二人を見送る小春の隣に光秀が立った。
「此度の戦、小春様も出陣なさるとか」
「信長に言われたからね。利家のお墨付きもらったし、慶次が付いててくれるみたいだから」
「……信長様と一幕あったと伺いましたが」
「まあ、ね……」
小春は溜め息を吐いた。
「わかってるんだけど、割り切ることできないんだ。……濃姫は割り切ってるみたいだけど」
「乱世ですから、心や情は捨てねばならない……」
光秀は遠くを見るように目を細めた
「そんな悲しい世を終わらせるために、今は進まなければいけません」
馬で駆けていく信長と濃姫の姿が見えなくなり、光秀は小春を振り向く。
「辛いのであれば、下がっていていいのですよ」
「……ううん。大丈夫」
小春は小さく息を吐いた。
「終わらせるために、進まないと。でしょ?」
笑ってみせると、光秀は頷き、小春の頭をぽんぽんと撫でた。
この戦は秀吉に任せると信長が言っていたため、秀吉は準備を進めていた。小春もねねや孫市と一緒に秀吉を手伝う。何をするのか、木材がいっぱい運ばれてきた。
「孫市!あの策いくで!」
「おう、任せとけ!」
意気込む秀吉に孫市は強く頷く。
「あの策って何?」
「……小春。お前さんがこの戦に乗り気じゃないのはわかっとる。お濃様のことを心配しとるんじゃな」
「……うん……」
「信長様の決められたことは絶対じゃ。わしらは逆らえん。でもお前さんの気持ちもわかる。だからわしゃ敵の命は攻めずに、心を攻める」
わしに任せとけ!と言う秀吉はとても頼もしく見えた。




