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第一章:第二十二話 刃か、従属か

「おかえり、小春」


 清州城へ戻るなり、小春は濃姫に部屋に呼ばれた。


「市はどうだった?」

「すごく綺麗でした!」

「あなたも将来、経験することよ。祝言の雰囲気や作法を学ばせる、そのために同行させたんだから」

「あ、なるほど……」


 さすが信長だ、と小春は思った。

 饅頭を頬張り、湯のみに口をつける濃姫を小春は眺める。相変わらず艶かしく眩しいほど美しいが、最初の頃より一緒にいても緊張しない。濃姫の小春に向ける微笑みにも威圧的な空気も感じなくなっていた。彼女も慣れてきたのだろうか。


「いい男はいた?」


 濃姫からの問いに一瞬きょとんとする。そんなにいろんな人と関わったわけではないが、男といえばあの二人と話したな、と思い出す。大谷吉継と……小春が正体を明かして協力をお願いした男。

 そういえば、彼の名前を聞くのを忘れていた。なにかと自分のことを手ぬぐいと言っていたから……“手ぬぐいくん”でいいか。


「いい男かはわからないけど、二人知り合いはできました」

「意外と抜け目ないのね。叔母の祝言で未来の夫候補でも見つけてきたのかしら」

「それは違います」

「あら、そうなの?どんな男?」


 口調は変わらないが、濃姫の顔は好奇心でいっぱいのように感じた。こうしていると、まるで女友達と話しているみたいだ。


「二人とも下級武士なんだけどね。ひとりは大谷吉継っていって、頭が良さそうな感じの人。物腰柔らかくてオトナな雰囲気で、笑うとほんとキレイで……」


 そこまで言って、小春は自分がずいぶんと熱心に語っていることに気づき、はっと口をつぐんだ。


「つまり、小春の好みね?」


 濃姫の唇の端が、くすりと楽しげに上がる。


「そ、そうかも……」


 からかわれているとわかっていながら、小春は否定しきれず視線を逸らした。


「もうひとりは手ぬぐいくん。のし上がるって闘志燃やしてるけど、どうなるかな。なんせ取るに足らない身分の下っ端中の下っ端でいるのかいないのかわからない存在の手ぬぐいみたいな使い捨ての下級武士だからね」

「それはダメね。織田家の姫たる者、それ相応の相手じゃないと」


 ぴしゃりと言い切る濃姫に、小春は苦笑するしかない。


「そ、そうですね……」

「安心なさい。いずれあの人があなたに合う人を見つけてくれるから」

「あははー……安心できない」


 信長なら小春が嫌だと言っても無理やり嫁がせる。“泰平同盟”の一員だが、輿入れの話が出る前に未来に帰りたい、と小春は思った。長政の件はともかく、先日信長たちと話した感じでは、小春がいなくても彼らは歴史どおり泰平の世を目指して進んでいくだろう。


 それからいつものように利家と特訓に励む。慶次も参加しており、この日常も慣れたものになっていた。


 利家の一撃をかわす。その瞬間、横から慶次の木刀が振り下ろされた。小春は咄嗟に受け止める。その隙を突くように利家が詰め寄ってきて、小春は後ろに飛び退いて慶次から離れ、利家の攻めを避けた。


 距離を取り、次はどう出てくるかと木刀を構えて二人を見る。しかし彼らは顔を見合わせ、木刀を下ろした。


「小春。あんた、動き良くなったんじゃないか?」

「え。そ、そうかな」


 確かに最初の頃を思えば、動きはスムーズかもしれない。始めたばかりは筋肉痛に苦しんでいたが、もう慣れてしまった。


「叔父御。これならいけるんじゃないかい?」

「そうだな。見込みがあると思ってたが、いい具合に育ったな。楽しみだぜ」

「なにが?」


 疑問符を浮かべる小春に、二人は笑みを浮かべて衝撃的なことを口にする。


「次の戦で、初陣といこうか」


 利家と慶次の発言に小春が素っ頓狂な声をあげたのは言うまでもない。



▽   ▽   ▽



 桶狭間の戦いに勝利し、織田は一躍天下争いに躍り出た。もう弱小尾張の小大名ではない。これから信長が何を考え、どう動くか小春は知っているが、予想以上に彼の行動は早かった。


 あの後、独立した家康は今川領を攻め、義元の息子を追い込んだ。そんな徳川と同盟を結び、後方の心配をなくした信長は、市を長政に嫁がせて浅井と同盟を結んだ。着実に地盤固めを進めている。


「信長は天下に武を布く」


 部屋に呼ばれ、信長は小春にそう告げた。それは、“泰平同盟”が再び顔を揃えた時に語られた言葉だった。


「小春。うぬも信長に従い、上洛の共をせよ」

「あのー……上洛について行くのはいいんだけど……」


 先ほど利家たちに言われたことを訊いてみる。


「次の戦で初陣ってどういうことなのかなぁと」

「利家が言うに、うぬは武の才がある」

「あんたは姫を育ててたんじゃないの?」

「せっかくの才、生かさずば無価値。勝家のように料理や裁縫ができるか?」

「それは……全然できないけどさ」


 戦となれば話は別だ。平和な日本で生まれ育ってきた小春には想像することしかできないけれど、危険だということはわかる。


「信長は前室町将軍の弟・足利義昭を擁して上洛する。手始めにまずは、美濃を攻める」

「へぇー……ん?美濃……?」


 美濃といえば、濃姫の実家・斎籐家が治める領地ではなかったか。その美濃を攻めるということは――


「濃姫の実家と戦うの……!?」

「斎籐は絶やす」

「そんなっ。あんたの奥さんの実家だよ!?」

「斎籐に価値はない。ゆえに壊す」

「はぁ……!?濃姫がどんな思いするかわかってるの!?」


 信長の目は冷ややかで、何の感情も感じられなかった。


「うぬにはその戦いに出陣を命じる」

「……嫌」

「信長の命令は絶対である」

「嫌っ!なんであんたの命令なんか聞かなきゃいけないの!」


 目尻をつり上げて怒る小春の前に、信長は腰の小太刀を抜き、無造作に小春の前へ放り投げた。


「信長の命令が聞けぬなら……今ここで果てよ」

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