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第一章:第十八話 泰平同盟

 とある一室に信長はいた。部屋には秀吉と、信長から清洲城に招かれた家康がいる。


「家康。この者を覚えておるか」

「……わしは、羽柴秀吉。幼名は藤吉郎じゃ」


 その名前に、家康はハッとする。


「家康殿は、あの時の竹千代……じゃな?」

「……その通りでございます」


 家康は懐の巾着から小春が手渡したお守りを取り、信長と秀吉の目の前に差し出した。


「小春殿は、何者でしょうか。昔と変わらずお若い姿のままでございます。信長殿のご息女と聞きましたが、確か信長殿より年上だったかと……」

「今は信長の方が明らかに年上、ぞ」

「ああ、そうじゃ……信長様より年上だった小春が、今じゃどう見てもわしや家康殿よりも年下になっとる……どういうことかさっぱりわからんが、見かけが若いとか、年を取らないとかではなさそうじゃ」


 信長はしばし黙り、小春の名を指でなぞるように呟いた。


「未知の存在よ」


 そして、喉を鳴らして笑う。


「……愉しい」


 信長は秀吉と家康を見た。


「サル、家康。うぬら、あの日のことを覚えておるな?」

「もちろんです、信長様」

「皆で夕陽を見ながら語り合ったこと、忘れませぬ」

「泰平の世のため、乱世を打ち破り、天下統一を成し、泰平を維持する……小春が言いだしたことよ」


 子どもだった彼らは、小春のその言葉に感銘を受けたのだ。


「だが姿を消した。ゆえに小春を信長の娘とし、そばに置く。枷がなければ、また行方をくらます」

「そういえば、斜面を滑り落ちてそのまま……でございましたな」

「ぴんぴんしとるから、無事だったんじゃろな」


 秀吉と家康は苦笑いを浮かべる。


「――信長は乱世を打ち破る」


 立ち上がった信長は、そう口にした。そして秀吉と家康に命を下す。


「家康、信長の背後を任せる」

「は……っ!」

「サル、信長の上洛に共をせよ」

「ははーっ!信長様の上洛、必ず果たしましょう!」


 平伏する二人に、信長は続けた。


「上洛のため、すでに手は打ってある」

「さすが信長様!」

「手始めに、美濃を征す。そのために市を近江の浅井家に嫁がせる」

「お、お市様を……?」


 秀吉が驚きの表情を見せる。


「尾張と近江で挟み、美濃を攻める」

「な、なるほど……」

「小春の婚姻も、いずれ考えねばならぬな」

「……え?小春もですか……?」


 秀吉が顔を上げる。家康もわずかに目を見開いた。


「小春は信長の娘ぞ」


 信長は当然のように言う。


「信長の利となる者へ嫁ぐ。駒として使う」


 部屋が一瞬、静まり返った。

 今の時代、婚姻関係を結び、家同士の繋がりを持つのは当たり前のこと。主家や家臣、他国など生家にとって利になる家に嫁ぐのは当然のように行われている。

 わかってはいるが、それを小春にまで適用しようとする信長の意思に、秀吉と家康は驚いた。


 彼らにとって小春は、進むべき道を示してくれた特別な存在である。そんな者まで自らの利に使う考えと、そうしてまでも目的を成そうとする信長の決意に、二人は深い驚きと感嘆を吐き出すように溜め息をつく。

 もし自分が信長の立場だったなら、小春を駒にできるのか。きっと迷うし、まずその考えすら浮かばないだろう。しかし信長は、それをやってのける者だ。


「これは……小春も逆らえんな」

「さすが信長殿……」


 その時。


「失礼します」


 障子の向こうから声がした。信長は口の端を上げる。


「――来たか」


 障子が開けられ、小春が部屋に入って来る。


「家康!元気にしてた?」

「小春殿。その節はお助け頂き感謝致す」

「私の方こそ、ありがとね」


 秀吉がいることに気づき、小春は慌てる。


「今はよい。あの時の者たちが揃っておる」

「小春。わしは、藤吉郎じゃ」

「藤吉郎……侍になったんだね。夢叶えてるじゃん。挨拶が遅くなってごめんね。――秀吉」

「気にせんでええ!お前さんにも何か事情があったんじゃろ。正直、よくわからん状況じゃが……」


 出逢い、再会、彼女の言動など謎は多いが、突っ込んでもキリがない。なにより小春自身がよくわかっていないらしいと信長たちは察していた。それなら訊いたところで答えられやしないし、真実がわかるとも思えない。


「とにかくわしは、またお前さんに会えて嬉しいんさ。信長様も家康殿も、きっとそうじゃろて」

「小春。昔うぬが言ったことを覚えておるか。泰平の世の話、ぞ」

「……うん。覚えてるよ。乱世を打ち破り、天下統一を成し、泰平を維持する……だよね」


 小春は頷き、三人を見た。


「お前さん、あの時言うたじゃろ。わしらに付き合うと」

「小春殿の申したとおり、信長殿は乱世を打ち破る決意をされた。桶狭間で見事、今川を下された」

「今が好機」


 小春を見る三人の瞳は、まるで焔のついた瞳だった。あの夕陽の時に交わした約束の時と同じ。


「……うん、そうだね。泰平の世を目指そう。私は信長の娘として、支える」


 互いに顔を見合わせた信長、秀吉、家康、小春はあの日あの時と同じ表情をしていた。


「よし」


 信長が笑う。


「“泰平同盟”――行動開始、ぞ」

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