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第一章:第十話 織田の家族

 信長が退室した後、先ほど部屋にいた家臣たちは呼び戻され、小春は事の顛末を彼らに話した。


「あんたもかなり面白い御仁だねえ」


 長身で筋骨隆々。紫や紅の派手な装束、やたら長い髪、飾り紐。戦国の武将というより舞台役者みたいなこの男は、前田慶次。

 近くで見ると、その美しさが妙に現実離れしている。男なのに、妙に艶がある。まるで絵巻物から抜け出してきたようだった。


「慶次に言われちゃあ相当だな……」


 先ほど小春を捕らえて連れてきた彼は、“槍の又左”の異名を持つ前田利家。そして一緒にいた勇ましい風格の男は“鬼柴田”の異名で知られる柴田勝家だという。


「変わった奴が増えると世話が焼けるぜ……」

「その口の利き方はよせ、利家。どういう理由か知らぬが、殿が娘としたおなご。わしらにとっては姫様じゃ」

「勝家の言うとおりです」


 淡いピンクと白の明るい上品な衣装に身を包んだ女が言う。春の花のように柔らかな笑みを浮かべたその女性は、信長の妹・市だった。

 しかしただ綺麗なだけじゃない。優しい目をしているのに、どこか揺るがない芯がある。信長の妹だと聞いて、妙に納得してしまった。


「お兄様の娘ということは、私の姪。織田の家族に変わりないのですから」

「しかし姫様よ。なんでまた城の周りをうろうろしてたんだ?」

「それは信長――じゃなくて、ち……父上、に伝えたいことがあって」


 慣れない呼び方に少し恥ずかしい気持ちになる。

 娘と言われてから、いつものようにタメ口、呼び捨てにしたところ、信長に向かってその口の利き方は何事ぞ、と言われたのである。表情も口調も特に変わらずだったが、怒らせて襖の二の舞になってはたまらず、時代劇で子が親に対して使うこの呼び方を思い出して口にした。


「姫様、殿に報せとは何ぞ?」

「……今川が上洛してるでしょ」

「らしいねえ。先日の戦で砦も落とされたしなあ。今川は大軍。こちらの兵力はその二割にも満たずだ」

「でものぶな……父上なら勝てる。乱世を打ち破ることができる」

「……姫様。なぜそう思われる?」

「え?えーと……織田信長だから?」


 意表を突かれたように固まった後、皆が顔を見合わせる。そして笑い声をあげた。


「姫様。あんた、慶次に負けず劣らずぶっ飛んでるぜ」

「ほんとに面白い御仁だねえ」

「いや、しかし殿なら成せるかもしれぬ。姫様はそう信じておられる」

「多勢に無勢ですが、皆さんで力を合わせましょう」


 今川は織田を潰そうと迫ってくる。戦力差は歴然。弱小大名の滅亡は必至だ。それでも皆の顔には立ち向かう決意が表れていた。


「ところでさ……その、姫様って呼び方やめてほしいな。なんか照れるし、そもそも姫じゃないし」

「しかし殿の娘とあれば……」

「それじゃあ、公の場では仕方ないとして、こういう私的な時は名前がいいな。敬語もいらないから」


 これまた予想外だったのか、皆は一瞬固まり、顔を見合わせる。そしてふっと吹き出した。


「やっぱりあんた、面白い御仁だねえ……小春」


 それから部屋を出て、信長がいるという部屋に向かう。早く今川のことを報せなければ――


 廊下を歩いていると、少し先の壁に黄金色の衣服を着た男がもたれかかっていた。人懐っこい顔立ちだが、その目は妙に聡く、人を安心させる不思議な力があった。

 彼は、最初に連れて来られた時に部屋にいた一人だった。

 小春に気づくと、彼は軽く手をあげて会釈した。


「信長様の娘になられたんじゃな。わしは羽柴秀吉――いや、藤吉郎じゃ。木下藤吉郎……て、何を言うとるんじゃ、わしは」


 秀吉は乾いた笑みを零す。


「あれから十年も経つのに、容姿が変わっとらんはずがない」

「あ、あのっ」

「今のは忘れてくれ。わしの頭がどうかしとったんさ。お前さんが昔の知り合いにあまりにも似てたんでな。名前も同じじゃ言うし、ちいと懐かしい気持ちになっての」


 秀吉も覚えていた。そして気づいていた。きっと昔と同じ姿で、混乱したかもしれない。別人という判断をしたようだ。それならと小春も話を合わせる。


「えーと……その知り合いは、今は?」

「……消えてしもたんさ」

「消えた?」

「あの時、わしらは山を下っておった。星が綺麗じゃ、虹が出とるのぉと言っておったら、足を滑らせて転げ落ちていったんさ。探し回ったが、けっきょく見つけられんかった。何も言わず、あの場から忽然と姿を消した……不思議なもんさな」


 謎が解けたと同時に、確証を得た。やはり夜の虹が出る時に、過去と未来が繋がるのだ。


「でも、よく覚えてるね」

「忘れやせん。大切な思い出じゃ。わしはあの時、みんなが笑って幸せに暮らせる世のために働くと決めたんさ」

「……うん。そうだね。みんなが笑って幸せに暮らせる世を創ろう。そのためにも、今川が迫って来てるこの危機を脱しないと」

「ああ!そうじゃの!」


 笑うと、あの頃と同じように目が細くなる。笑顔で言った秀吉の顔は、あの時の少年と同じだった。

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