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第一章:第一話 三英傑との出逢い

 小春は目の前の少年を見つめた。

 不敵な笑みを浮かべた黒髪の少年が言う。


「予はこの那古野城の城主――織田信長ぞ」


 あなたは誰。そう聞いた小春に、少年は不敵な笑みを浮かべた。

 ゆっくりと状況を整理しようと一呼吸する。先ほど、目を開けると、小春は畳に横になっているのを感じた。おかしい。リビングのテーブルに突っ伏していたはずなのに。そう思いながら、ぼんやりと視線を動かす。


「……なんか古めかしい?」


 そこはよくある普通の部屋ではなかった。なんというか、歴史ドラマで出てきそうな部屋だ。

 自身に視線を落とすと、先ほどと同じ服装であり、手にはペンケースが握られていた。自分の身につけているものは変わらない。周りの景色だけが違う。


 妙な夢だなと思いながら、ペンケースをポケットに突っ込む。とりあえず周りを見回す。ふと机の上に乗っている紙の束が目についた。


「うわ……なにこれ」


 なにやら墨で文字が綴られているではないか。達筆すぎてスラスラとは読めないが、内容が気になる。恐る恐る指を伸ばしたその時、小春はそばに人がいることに気がついてハッとした。


「うぬは……誰ぞ?」

「ご、ごめんなさいっ。えっと、私は小春っていうんだけど……あなたは、誰?」


 そして少年は先ほどの名を名乗ったのだ。

 織田信長。もちろん知っている。戦国時代の超有名な偉人だ。勉強のやり過ぎで夢にまで出てきたか、と小春は溜め息を吐いた。しかし彼は思い描いていた織田信長のイメージとはだいぶ違う。子どもだからだろうか。おそらく同姓同名だな、と小春は判断した。


「私と年変わらないよね……?まだ子どもなのに城主って」

「信長はもう元服を済ませている。妻もおる」

「マジ!?年はいくつ?」

「十六になる」

「なんだ。私より年下じゃん」

「それでも大人ぞ」

「生意気だなー」


 織田信長と名乗った少年の話し方はどこか上から目線に感じる。


「そんな口を利いてよいのか?」

「なにが?」

「うぬの着物は見慣れぬ。怪しい格好の者が城に侵入……信長が人を呼べば、うぬは捕らえられる。そうなれば打ち首、ぞ」

「あ、そう。でもこれ夢の中でしょ。だから別に気にしない」


 そう言う小春に、信長が不意に近づいてきて目の前に立つ。


「なに?……いだだだだだだ!」


 信長が小春に向かって手を伸ばし、頬の肉を引っ張る。夢ではないことを告げるには十分すぎる痛さがあった。


「夢から覚めたか?」

「え……あの、これ……夢じゃ……ないの……?」


 抓られて痛みが走る頬に手をやりながら、小春は愕然とした。


「人を呼ぶか?」

「そ、それはやめて……!」


 慌てる小春に信長は笑みを浮かべた。まだ今の状況が映画か何かのセットで作り物という可能性も残っていないわけでは――と考えてやめた。

 

 家のリビングにいたはずなのに、撮影現場に来るわけがない。わからないことを必死に考えても頭が痛くなるだけだ。きっとこれはリアルな夢なんだと自分に言い聞かせる。


「……小春よ。うぬは面白い。信長に付き合え」

「え、どこへ……」

「来い」


 小春の手を掴み、信長は歩きだす。人を呼ばれてはまずい。抵抗できるはずもなく、小春は信長に手を引かれるままついて行くしかなかった。

 部屋を出て廊下を進み、縁側に着くと信長はわらじを履いた。


「ちょ、ちょっと待って」


 そのまま小春の手を引いて外へ出ようとする信長を小春は止めた。靴下で外は歩けない。


「私、靴ないんだけど……」

「これを履け」

「わらじ……」


 今信長も履いたからなんとなく予想はしていたが……。


 なんとかわらじを履き、信長に続く。しかし慣れないわらじに足元がおぼつかない。さらに信長の歩幅は小春より大きいためついて行くのに必死だった。信長はそんな小春を気にかけることもなく、振り返りもせず足を進める。


 自分にも他人にも厳しく冷徹な戦国の魔王と知られる織田信長。だが人とは違うぶっ飛んだ行動をする尾張のうつけとも呼ばれていたのは有名な話。

 信長はどこから持ってきたのか、柿をかじりながら歩く。そんな彼を見て、あまりの自由人さと奇抜さに、本当に織田信長なのではないか、と小春は思い始めていた。


「あのさ、信長っ。足早い……」


 我慢ならずに小春は信長に抗議する。


「もうちょっとゆっくり……わっ!」


 わらじが脱げないように集中していた小春は、横から飛び出してきた何かを見ていなかった。ぶつかった衝撃で信長の手が離れ、小春は尻もちをついた。


「痛た……あ」


 ぶつかったのは人だった。青と銀の着物を着た小さな男の子だ。彼も尻もちをついている。


「ごめんね、大丈夫!?怪我してない?」


 男の子を起こしてあげると、彼はこくんと頷いた。その様を見ていた信長が、口を開く。


「売り飛ばされてきた哀れな奴か……」

「え……?売り飛ばされてきたって、どういうこと……?」

「知らぬのか。こいつは竹千代。

松平家の嫡男よ。今川へ人質に出される途中、家臣の裏切りで織田へ来た」

「そうなの……?」


 人質に裏切り。戦国時代ではよくあったことだと授業で聞いたな、とおぼろげに思いながら、ぴたりと動きを止める。つまり、ここは本当に戦国時代なのか――

 政略や生き残りのためには仕方ないこととは言え、まだ幼い少年には酷だ。ぶつかって尻もちをついた痛さからなのか、信長の言葉のせいなのか、竹千代の瞳は潤んでいた。


「えっと、竹千代?私は小春。よろしくね」


 そう言うと、少年は震えながら小さく頷いた。その様子は、飼っている子犬を思い出させた。


「竹千代は何歳?」

「……八歳」

「お父さんとお母さんは?」

「うぬは本当に何も知らぬのだな。人質が親と一緒にいるわけがない。聞いた話によると、竹千代は三歳の時に母親と生き別れになったらしい。父親も先日家臣の謀反によって殺害されたとか。哀れな奴よ……」

「ば、馬鹿っ」


 信長の言葉にさらに瞳を潤ませる竹千代は、目尻に涙を溜めている。そんな彼に小春は手を差し出した。


「私、今から信長に付き合うんだけど、竹千代も一緒に行く?」

「……うん」


 手を取ると、竹千代はやっと少しだけホッとしたようだった。

 それから竹千代の手を引いて信長の後をついて行く。城を出て町を歩いていると、向こうから一人の少年が全速力で走ってくるのが見えた。彼はそのまま信長の目の前で――盛大に転けた。


「だ、大丈夫……!?」


 あまりに勢いよく転けた少年を見て、小春と竹千代は目を丸くした。ただ信長だけは静かに見下ろす。少年は信長の姿を見るや否や姿勢を正して頭を垂れた。


「も、申し訳ございませんっ。行く手を遮ってしまい……」

「……サルのような奴よ」

「こら!出会い頭でそんなこと言わないの!」


 少年を指差していきなり失礼なことを口にした信長に怒り、小春は顔を上げるよう少年に言った。


「ごめんね、口悪くて余計なことしか言えない奴だから……」


 頭を上げた少年の顔には土が付いていた。顔だけではなく、着物もだ。転んで汚れた、というだけではないようだ。彼の山吹色の着物は、信長や竹千代の着物とは質が違う。城に住む二人より明らかに身分が低い者だとわかった。


「うぬの名は何という?」

「はっ。木下藤吉郎と申します……!」

「藤吉郎。うぬもついて参れ。面白いものを見せてやろう」


 信長はさっさと歩いていく。どこへ?という顔をした藤吉郎に、小春は苦笑いを浮かべながらおいでと手招きをした。

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