父様に憎まれるわたくしの静かなる報復
『いつでも誇り高き淑女であることを忘れてはなりません。それが貴族家に生まれた女の務めです』
今は亡き母様は、よくそうわたくしに言い聞かせてくださいました。
おそらく父様に愛人がいることを知っていて。
身体の弱い母様が天に召されればすぐ、父様が後妻として愛人を迎え入れると思っていたからでしょう。
先妻の娘という、わたくしの立場は微妙になりますから。
母様の予想は当たっておりました。
ただうちムーカッサ子爵家の場合は少し話がややこしいのです。
子爵家の正統な血を継いでいるのは母様だったから。
父様は婿として子爵を名乗っているだけなのです。
正しくは子爵代理ですね。
しかし父様もムーカッサ子爵家の遠縁に当たる家の出なのですよ。
直系の子であるわたくしさえいなければ、おそらく父様に子爵位の継承は認められるという状況です。
やはり政略で結ばれた母様より、愛人であった義母様とその娘異母妹への愛情が深いのでしょう。
わたくしはほぼ空気みたいな扱いです。
空気……濁った空気ですかね。
義母様はわたくしに関わろうとしませんし、異母妹ベッキーは見下そうとしますし。
使用人もわたくしに対する態度が雑なのですよ。
居心地はよろしくないです。
わたくしは淑女学校、異母妹は王立アカデミーに通っています。
淑女学校は一般に他家に嫁に行く者が通う学校です。
まあ高度な教育と強い人脈を求めて通うアカデミーより、格段に入学費や授業料が安いわけですが。
父様は完全に異母妹ベッキーを後継者として考えているのだなあと、これだけで明らかになります。
正統な後継者のわたくしが無下に扱われるのは、ムーカッサ子爵家の乗っ取りに近いです。
亡き母様は無念だと思います。
しかしこのケース、どうやら法律もわたくしに味方してくれそうにないですしね。
いかんともしがたいです。
それでも母様の言いつけを守り、淑女たらん貴族の娘たらんとの意識を忘れないようにしていました。
慈善や奉仕の活動もまた貴族の務め。
わたくしは積極的に参加することにしています。
すると教会の慈善の炊き出しで、ある令息に声をかけられました。
「やあ、初めまして。僕はカーティス・フィルアマーストという者だよ」
淑女学校生のわたくしでも存じております。
だってカーティス様は凛々しい貴公子として有名ですから。
フィルアマースト侯爵家の後継ぎでいらっしゃいます。
「こちらこそ初めまして。ムーカッサ子爵家の長女ネルシーと申します」
「うん、慈善活動の際によく見かける令嬢だけどどなたかなって、修道士に聞いた。話しかけても大丈夫かな? 婚約者がいるとかなら遠慮するけど」
「全然構わないですよ」
高い身分なのに気さくな方ですね。
今日はいい日です。
「いや、妹のベッキー嬢のことは知ってたんだ。ただこんな美しい姉がいるとは知らなかったな」
「うふふ、カーティス様はお上手ですね。わたくしは淑女学校生ですから、御存じなかったのでしょう」
「ふうん?」
あ、不審がらせましたかね?
異母妹ベッキーはアカデミー生ですのに。
孤児達が話しかけてきます。
「ねえねえ。お兄さんとお姉さんは恋人同士なの?」
「ん? まあそんなものかな」
「とってもお似合いだ!」
「あっ、お姉さん赤くなった!」
「かわいい!」
もう、何なのですか。
思わず具を大盛りにしちゃいましたよ。
わたくしとカーティス・フィルアマースト侯爵令息との関わりはそれだけだったのです、が……。
父様の言葉にドキリとしました。
「フィルアマースト侯爵家から縁談が来た」
――――――――――ネルシーの父、ザカリー・ムーカッサ子爵代理視点。
ムーカッサ子爵家に婿入りできると知った時は喜んだものだ。
しかしそこに愛情なんてなかった。
俺の実務処理技能が買われただけだった。
妻でありムーカッサ家の直系の血を継ぐベルシアは、確かに美人ではあったが気取った女で。
娘ネルシーにいつも淑女たれ、貴族らしくあれと言っていた。
元々貴族じゃない俺への当てつけか?
俺が愛人と情を通じたのはムリからぬことだったと思う。
そこでふと閃いた。
俺は元平民ではあるが、ムーカッサ家の血を引いている。
俺が子爵家を継ぐことは可能なのでは?
調べた結果、俺くらいの血の繋がりで爵位継承が認められたケースはいくつかある。
より血の濃いベルシアとその子ネルシーがいなければだ。
特に決定権のある妻ベルシアが厄介。
幸い妻は身体が弱い。
医者を抱き込んで毒殺することに成功した。
愛人とその娘を家に迎え入れた。
ああ、俺の理想とする生活に近付いた。
残る邪魔者はネルシーだけだ。
ネルシーよ、お前は実の父親からこんなに恨まれていることを知らないだろうな。
ベルシアの娘なのが悪いのだ。
ネルシーを殺すことを何度も考えた。
しかし気を落ち着かせた。
ネルシーまで殺して爵位を継げば、どう考えても俺が疑われる。
冷静に考えろ。
嫁に出して籍を抜いてしまえばいいのだ。
ネルシーを淑女学校に放り込み、機会を待った。
ネルシーは亡き妻によく似ている。
それが憎悪と後ろめたさを増幅させるが、顔立ちは悪くない。
いずれ婚約の打診はあるだろう。
ハハッ、ネルシーが細かい嫌がらせをされている。
新しき妻に、もう一人の娘ベッキーに、使用人達に。
何でもない顔をしているが、実は堪えているのだろう?
じわじわと苦しめ!
そんな時、パーティーで侯爵ヴィクター・フィルアマースト殿に声をかけられた。
「ザカリー殿、久しぶりですな」
「これは侯爵殿」
俺は現在ムーカッサ子爵家の代理当主に過ぎない。
普通なら直系の血を引くネルシーが成人すると、婿を取るか女当主となるかの選択になり、俺は隠居となる。
元平民で権限の弱い俺に話しかけてくる者など少ないのだが、侯爵殿のような高位の方が何の用かな?
「ザカリー殿には美しい娘が二人もいるそうではないですか。私も男やもめに飽きましてな」
「えっ?」
つまり侯爵殿が後妻を?
うちから?
断る筋などない!
「そ、それはありがたい話ですが」
「やあ、ありがたいと思ってもらえますか。では承諾と取ってもよろしいですかな?」
「もちろんですとも」
「では近日中に顔合わせさせてくだされ」
笑顔のまま侯爵殿が去っていった。
待て待て、よく考えろ。
どちらの娘をと指定はされなかった。
ネルシーとベッキー、どちらを嫁がせるべきだ?
侯爵ヴィクター殿の思惑はわかっている。
昨年次男を不慮の事故で亡くしたからだ。
子が長男一人というのは心許ない。
侯爵殿もまだ四〇歳になるならずの年齢のはずだから、他の子を得ておきたいということだろう。
しかしそれなら既に成人している者を後妻に迎えるべきだろうに。
少しでも若く美しい令嬢をという魂胆だな?
あの好き者めが。
思わず笑ってしまった。
ネルシーを追い出すという既定路線がある。
とするとネルシーは侯爵夫人と呼ばれてしまうわけか。
どうしてあの忌むべき娘にそのような栄誉を与えなくてはならないのだ。
暗い憎悪の炎が身を焦がす心地がする。
ではベッキーを嫁がせるべきなのか?
それこそあり得ん。
ムーカッサ子爵家は愛娘ベッキーが継ぐべきなのだ。
また侯爵殿の後妻は、嫡男カーティス君の代になった際に冷遇される可能性が大だ。
そう考えると……。
家族会議で発言する。
「フィルアマースト侯爵家から縁談が来た」
皆唖然としている。
当然ではある。
うちとは家格が違い過ぎるから。
「ネルシーかベッキーのどちらかを嫁に出すことになる」
最も早く反応したのはベッキーだった。
「お父様、本当にフィルアマースト侯爵家から婚約の打診なの?」
「本当だ」
「それって評判の貴公子カーティス様よね? わたしが嫁ぎます!」
「落ち着け。お相手は現当主ヴィクター殿だ」
「ヴィクター……侯爵様?」
「そうだ。後妻を求めておられる」
急速にベッキーの目が平静に戻る。
「なあんだ。そんなことだろうと思ったわ。じゃあお姉様が嫁ぐことになるのね?」
「うむ。ネルシー、構わんな?」
「はい」
……若干喜ばしげなのが気に入らない。
うちにいるよりマシと考えているんだな?
ふん、いつまでも侯爵夫人でいられると思うなよ。
お前はいずれフィルアマースト侯爵家で日陰の身となるのだ。
「三日後フィルアマースト侯爵家邸で顔合わせがある。迎えが来るが、本人のみ寄越してくれとのことだ。ネルシーよ、よいな?」
「はい。行ってまいります」
◇
――――――――――三日後、フィルアマースト侯爵家邸にて。ネルシー視点。
人生がどうなるかって、わからないものですね。
わたくし、ヴィクター・フィルアマースト侯爵様の後妻になるのですって。
ヴィクター様にお会いしたことはありませんが、カーティス様の父君ですもの。
きっと素敵な殿方だと思います。
……母様、申し訳ありません。
わたくしではムーカッサ子爵家をいかんともできませんでした。
父様が、そして異母妹ベッキーが家を継ぐのでしょう。
みすみす乗っ取りを許してしまったわたくしをお許しください。
「やあ、ネルシー嬢。いらっしゃい」
「お招きいただいてありがとうございます」
カーティス様がにこやかに迎えてくださいました。
カーティス様のエスコートで邸内へ。
うふふ、役得ですね。
「ネルシー嬢とベッキー嬢のどちらをという指定をしなかったろう? あれは父上のイタズラ心でね」
「そうだったのですね?」
「ネルシー嬢が来てくれると思ったんだ。僕は嬉しい」
「まあ、カーティス様ったら」
「ネルシー嬢とベッキー嬢のどちらが来るかで、我がフィルアマースト侯爵家の対応も変わる予定だったんだよね」
「はい?」
どういう意味でしょう?
ちょっとわかりませんが。
「初めまして。ネルシー嬢だね?」
「はい。ネルシー・ムーカッサと申します。どうかよろしくお願いいたします」
わあ、さすがにカーティス様の父君です。
素敵なおじ様ですね。
「いや、実はよろしくするのは息子のカーティスなんだ」
「はい?」
カーティス様によろしくされる?
わたくしが成人して結婚できるようになるまで、カーティス様預かりということですかね?
「ネルシー嬢がどう聞いているかわからないが、カーティスの婚約者にどうか、ということなのだ」
「わたくしをですか? ええと、ヴィクター様の後妻ではなくて、カーティス様の婚約者ですか?」
「そうだ」
「わたくしとしてはどちらでもありがたい話なのですが」
でもヴィクター様の後妻ならともかく、カーティス様の婚約者なんてすごい競争率なのでは?
子爵家の娘なんて員数外だと思うのですが何故?
「カーティス。ネルシー嬢はどちらでもいいそうだぞ。お前はモテ男だと聞いているが、私もまだまだ大したものだろう?」
「実に悔しいですね。その内僕にべた惚れさせてみますよ」
「あの、どういうことなのです?」
サッパリ事情がわからないのですが。
あ、ヴィクター様カーティス様が真面目な顔になりましたね。
「ネルシー嬢。今から話すことは外に出せない話も含まれているのだ。内密に頼むよ」
「心得ました」
「まずカーティスがイベント等でしばしばネルシー嬢を見かけ、凛とした淑女であると気に入ってしまったという前提がある」
「僕に対しては距離を詰めようとする令嬢が多くてね。ネルシー嬢はそういう傾向がなくて、すごく好感を持てるんだ」
「うむ、姿勢が優雅で美しい。カーティスが惚れただけのことはある」
「ありがとうございます」
母様の『淑女たれ』という教えが利いているではありませんか。
天国からわたくしを見守ってくれているみたいで心強いですね。
「私は封爵省の副大臣という職に就いていてね」
「はい、存じております」
封爵省は領主貴族や爵位等に関わる役所です。
「そうだったか。職務柄ムーカッサ子爵家にも以前から調査を入れていたのだ」
「えっ?」
以前から?
ということはわたくしの婚約事情とは関係がなく?
ますますわけがわからないのですが。
「ムーカッサ子爵家の正統な後継者はネルシー嬢だ。ザカリー殿は当主代理に過ぎない」
「はい。しかし父様はムーカッサ子爵家の縁に繋がる者ですので、爵位の継承が認められるのでは、ということでしたが」
「ネルシー嬢の認識は正しい。ただし正統後継者であるネルシー嬢が認めればだ」
「ええと、わたくしが他家に嫁いだ場合はどうなりますか?」
「ネルシー嬢はムーカッサ子爵家から籍が抜ける。ムーカッサ子爵家は新たな後継者を求めることになり、ザカリー殿が正式な当主となる道筋はある」
やっぱり父様が当主代理から当主になるだけですよね?
ヴィクター様の顔が皮肉に歪みます。
できる男という感じです。
「しかしザカリー殿はムーカッサ子爵家を継げない。封爵省はそれほど甘くない」
「どうしてでしょうか?」
「ザカリー殿はムーカッサ子爵家の正統な血を引く妻を毒殺した疑惑がある」
「えっ?」
父様が母様を?
まさか!
「ネルシー嬢の母君を診ていた医師が先日死んでな。遺書が残されていたんだ。その中でムーカッサ子爵家の夫人を毒殺したという告白があった。遺族が封爵省に届けて発覚したんだ」
「何てこと……」
「もちろん直接証拠に繋がる品はない。墓を掘り起こすことが許されるなら、遺書に残された使用毒と遺体に残された毒との照合はできるかもしれないという話だが」
「それはちょっと」
「だろうね。しかしやはりムーカッサ子爵家を継ぐべき正統な資格を持つネルシー嬢を淑女学校に通わせ、後妻の子を王立アカデミーに通わせていること。また子爵家内部でのネルシー嬢のぞんざいな扱い。これらを考え合わせると、ザカリー殿が子爵位の簒奪を企んでいたと見做されることは疑いないね。ムーカッサ子爵家は取り潰しになる」
ああ、母様ごめんなさい。
ムーカッサ子爵家は取り潰しになってしまうようです!
「さあ、ここでネルシー嬢に提案がある」
「何でしょうか?」
「君の父親は救えない。後妻とその娘も放逐だろうな。しかしムーカッサ子爵家の名跡を残すことはできる」
「可能なのですか? 母様が大事にしていた家名ですから、できれば残したいものですが」
「よく言った。ネルシー嬢が成人すればムーカッサ子爵家を継ぐ権利が発生するだろう?」
「はい」
でも婚約している場合、成人したら間を置かず結婚するのが常ですから、籍はムーカッサ子爵家から抜けてしまいます。
そこをどう解決するのでしょう?
「ネルシー嬢が成人しムーカッサ子爵家を継ぐ権利を保持した時点で、我がフィルアマースト侯爵家と帰属契約を結べばいい」
「あっ?」
「その場合、ムーカッサ家の持つ子爵号はフィルアマースト侯爵家の余剰爵位となる」
なるほど、ムーカッサ子爵家はフィルアマースト侯爵家の寄子となるということですか。
わたくしがカーティス様の婚約者になるなんて家格の釣り合いが全然取れていないと思いましたが、子爵位を持参するということならば話は別ということですね?
ようやく納得できました。
「ムーカッサ子爵家領にはフィルアマースト侯爵家から代官を派遣する。ネルシー嬢にしてもらうことは帰属契約書への署名だけだな。後は特別面倒なことはないと、封爵副大臣ヴィクター・フィルアマーストの名において保証しよう。どうかね?」
ヴィクター様の提案は一番母様の意に沿うと思います。
「はい、全てお任せします」
「よく言った! これでネルシー嬢は僕の婚約者だ!」
「きゃっ」
カーティス様に抱きしめられました。
情熱的ですね。
とても素敵です。
「こら、カーティス。気が早い。当主代理殿の了承が取れていないからな」
「そうでした」
「……ちなみに今日わたくしでなくて妹のベッキーが伺った場合は、どうなる予定だったのです」
「私が責任をもって可愛がるつもりだった」
「父上にもそれくらいの甲斐性はあるんだってさ」
一癖も二癖もある笑顔ですよ。
悪い人達ですねえ。
でもそれくらいのほうが頼り甲斐があります。
「では今日はこれで失礼いたします」
「カーティス。ムーカッサ子爵家へ行って、婚約の承諾を得てこい。うまく誤魔化してくるんだぞ?」
「承知いたしました」
「となるとネルシー嬢をムーカッサ子爵家に置いておくわけにはいかん。本日より教育のためフィルアマースト侯爵家で預かるという名目で、引き取りの許可をもらえ。それくらい任せてもいいな?」
「もちろんです!」
カーティス様がやる気満々ですねえ。
母様が亡くなってから期待されることがなかったわたくし。
求められることが嬉しいのです。
◇
――――――――――後日談。ネルシー視点。
カーティス様とわたくしの婚約が決まった時、ベッキーが大騒ぎしていました。
こんなことならわたしが侯爵邸に行ったのにって。
でもベッキーが行った場合は当主ヴィクター様の後妻……ではなくて愛人ですかね?
どの道カーティス様の婚約者にはなれなかったですよ。
淑女学校でも友人方から質問の嵐です。
「どうしてカーティス・フィルアマースト侯爵令息と婚約などということになったのですの?」
「カーティス様とは慈善事業の現場などでよくお会いしていたのです。それでお話をいただいて」
淑女学校で慈善事業や奉仕作業に積極的に参加しようというブームが生まれました。
もちろんわたくしも積極的に参加しておりまして、カーティス様の婚約者ということが知られ始め、新たな知り合いも増えたのですよ。
いいことです。
一年後、淑女学校の卒業とともに、フィルアマースト侯爵家への帰属契約書にサインしました。
父様がすごく文句を言っていたらしいのですが、ヴィクター様がシャットアウトしてくださったので、わたくしのところには何も聞こえてきませんでした。
ヴィクター様に聞かれたのはこれだけ。
「救いたい使用人はいるかな?」
「いえ、特には」
考えてみると使用人も父様の意を酌んで、全員義母様とベッキー寄りでしたからね。
わたくしと親しい者は一人もおりませんでした。
当主代理の意向に沿うのは当然だとは思いますけれど。
……最終的に父様を諦めさせるのに、母様毒殺の話を持ち出したのですって。
証拠はないが元奥方の遺体は残っている、宮廷魔道士に依頼して調査することは可能だがどうするね? と。
「ザカリー殿以下の面々は退去した。王都ムーカッサ子爵家邸内にある物品は持ち出しを認めたんだ。当座食うには困らんだろう」
「お手数おかけしました」
「何、追い込み過ぎて逆恨みされても面倒だからな。ネルシーの実の父親であるし」
「……わたくし、母様を殺した父様を許せそうにないのです」
「そうだったか。しまったな。彼がもう一度尻尾を掴ませるようなアホウなら、ネルシーの期待に応えよう」
それよりも傍からはわたくしの実家が潰れたように見えるものですから、一時期結構質問されたのですよ。
ムーカッサ子爵家の正式な跡取りはわたくしで、フィルアマースト侯爵家と帰属契約を結びましたから問題ないのですよと説明している内に収まって。
父様が婿だったこと、わたくしが先妻の子だったこと、わたくしが淑女学校生だったのに異母妹がアカデミー生だったこと。
その辺から事情を察してくださった方もいるようです。
その後は平穏な生活だったのですが……。
「ネルシー」
「はい? きゃあ!」
一年後、街中で突然斬りつけられました。
犯人は父様でした。
従者のおかげで傷一つ負いませんでしたが。
お腹の赤ちゃんにも全然問題はなく。
お前のせいだと怒鳴られましたが、既に憐憫の情すら湧きませんでした。
堕ちるところまで堕ちましたね、とだけ声をかけました。
平民落ちした父様がフィルアマースト侯爵家の嫁であるわたくしを襲い、現行犯で捕らえられたのです。
数日中に縛り首でしょう。
「母様に言うべきことはありますか?」
「お前らのせいだ!」
「安心しました。父様の行く先は間違いなく地獄ですから」
天国の母様とニアミスすることはないですね。
義父ヴィクター様とカーティス様に心配されました。
「危なかったな」
「そうだぞ。ネルシー一人の身ではないのだから」
「申し訳ありません」
でも目の前で決着したのはよかった、と思っている自分もいるのです。
わたくしはずっと受け身でしたから。
「心配したんだよ。抱きしめさせろ」
「はい、お願いします」
「む? 震えているじゃないか。怖かったのかい?」
「そうではないのですが……安心したのですかね」
わたくしの居場所はここなんだなあと再確認できたことに、でしょうか。
カーティス様ありがとうございます。
「……カーティスとネルシーを見ていると、私ももう一度身を固めたいと思ってしまうね」
「父上はベッキー嬢と愛人契約しようか、なんて言ってるんだ」
「えっ?」
ベッキーはアカデミー退学後、父様とは離れ、義母様と商売を始めたとか。
看板娘としてかなり活躍していると聞きました。
「いや何、近くでベッキー嬢を監視したほうが危険がないかと思ってね」
「趣味が悪いと思わないか? ネルシーも何とか言ってやってくれ」
「生まれてくる子が、お爺ちゃん嫌いって言いますよ」
「それはいかん。耐えられそうにない」
アハハウフフと笑い合う、この一瞬が幸せなのです。
最後までお読みいただき大変感謝です。




